第112話 魔道具制作の真の狙い。

 びしょ濡れの部屋と人を風の魔術で乾かしつつ――先輩は既に着替えているが――魔道具の今後について話し合う。


「……残る大きな問題は1つか?」


「ええ……そうですね」


 ……個人的には・・・・・それ・・が最大の問題だ。


 魔石と魔法円の連結は完璧。

 魔法円の起動も問題なし。

 魔術の発動も完了。


 規模の調整はこれからだが、それはすぐに終わる。


 細々とした修正点は多々思いつくが、それは後回しで良いだろう。


 では、何が問題なのかというと――


「だが、もう完成で良いんじゃないか?

 魔術師でなくとも使えるのが、魔道具の長所。

 その代わりに使用適性がある・・・・・・・のは、仕方ないだろ」


 ……魔道具の使用適性。


 魔術師なら・・・・・全員が魔道具を扱える・・・・・・・・・・

 非魔術師は、使用者を選ぶ・・・・・・


 つまり非魔術師の場合、使用者次第で魔術が発動したりしなかったりするらしい。


 しかし――


「先輩、俺はその使用適性云々・・・・・・という話自体・・・・・・眉唾物だと思う・・・・・・・んですよ。

 魔道具の専門書にも、同じ内容が載ってましたが」


 俺の言葉に、先輩は首を傾げる。


「何故、そう思うんだ?」


「そもそもその使用適性の条件について、調査が全く進んでいないことが、妙だと思ってます。


 魔道具の使用を『魔術師全員が出来る』。

 その結果も思うところ・・・・・はありますが……まあ、構いません。


 しかし『非魔術師は使用者による』という結論は、明らかに奇妙です。

 変です。


 そんな結論を出すのなら、せめて魔道具毎に使用可能な人・・・・・・はこういう人、使用できない人はこういう人と、明示すべきです。


 なのにこれまでの魔道具研究では、精々『非魔術師の実験参加者の中で、可不可はあったが、その法則は見いだせなかった』程度の結論に終始しています」


 どの魔道具も、非魔術師の適正に関する明確な線引きが出来ていない。

 研究論文はあれども、どれも明瞭な法則は見つかっておらず、一般化を断念しているものばかり。


 おそらく、そんな研究が幾度も続いてしまったのだろう。


 その結果根付いたのが「非魔術師の魔道具使用には、可不可がある」という考え方なのだと思う。


 ……加えて。


 魔道具を制作す・・・・・・・るのは魔術師・・・・・・というのも、それに拍車をかけていたと思われる。


 誤解を恐れずに言うのなら、非魔術師のことを重要視する必要がなかったのだ。


 別に、非魔術師かれらが魔道具を扱えなくとも、魔術師せいさくしゃは魔道具を扱えるのだから。


 魔道具制作者たちは、開発した魔道具を扱えのだから、そこに着目する必然性はない。


 そんな積み重ねによって「非魔術師には、魔道具の使用適性がある」という定説が、深く根を下ろすことになったのだろう。


 しかし――


「……先輩。『平民は魔術師になれない』というのも、定説でした。

 でもそれが、今は嘘だと・・・・・知っています・・・・・・


「……そうだな。

 お前とクーグルン先輩こそが、その証拠だもんな」


 先輩は、感慨深げにこちらを見る。


「貴族だけが魔術師になれる」


 そんな定説を覆して、平民の姉弟おれたちは今、魔術学校ここにいる。


 俺たちを皮切りに始まった、アンファング村における魔術の素養のある子どもの増加。


 それは、未だに続いている。


 結果、魔術師になる――魔力に目覚める条件は「貴族であること」ではなく「大気の魔力濃度次第」というのが、現在の定説となっている。


「それに、魔術の属性に関する認識も、怪しいと思っています。

 1人当たり1属性が基本で、2属性使えるなら凄い魔術師として扱われていますが、本当にそうでしょうか?」


「……そうか。それもお前たちが、反証になるわけか」


 姉弟おれたちは、基本4属性とそれ以外の魔術も扱える。

 そして――


「はい。それに俺はトラーシュ先生と会ったからわかります。

 あの人は・・・・全ての属性を使えます・・・・・・・・・・


 面接の際、火水風土といった基本4属性の魔術を、彼女は見せなかったが。


 あの黄金と白銀の魔力に、対峙したからこそ分かる。

 あの最強の魔術師は、姉弟おれたち同様――といっても力量は遥かに向こうが上だが――全ての属性魔術を扱えるだろう。


「……だがそれは、トラーシュ様やお前たち姉弟が特別だっただけじゃないか?

 才能があっただけじゃないのか?」


 ……トラーシュ先生は、計り知れない存在だから置いておくとして。


 俺に才能はない。


 生まれた時から、天才あねが隣にいたが故に、それをよく知っている。

 俺はただ、その才能の差を転生ズルで埋めているだけだ。


 姉や師匠。


 そんな天才たちに憧れ焦がれた凡人が、ありとあらゆるものを駆使――酷使して、どうにか追い縋っているに過ぎない。


 彼女たちに、置いて行かれないように。


 いつかきっと……追い付けると信じて。



 そして、そんな凡人おれだからこそ、魔道具の適性を認める気はない。


 魔道具は、あくまでも道具だ。

 人々の生活を、便利にするための道具。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 そんな魔道具どうぐを使用できるか否かが、先天的なナニカ・・・・・・・で決められているなど――


 ……そんなことを、認める気はない。


「……とりあえず才能云々の話は、この際置いておきましょう。

 先輩は、この魔道具を扱えますよね?」


 先輩に、魔道具を差し出す。


「ああ……そのはずだが」


 先輩が手に取ると、魔法円が再び輝きを帯びる。

 後は詠唱するだけで、この魔道具の魔術は発動するだろう。


「良かった。ちゃんと・・・・使えるな」


「それは、どうしてですか?」


「どうしてって……魔術師だからだろう?」


「そうです。

 もし適性があるというのなら、それがまずおかしいと俺は考えています」


 先輩は頭に疑問符を浮かべる。


「この魔道具には、水の魔術が刻まれています。

 そして先輩は土の魔術師。水は使えないはずですよね?」


「ああ。妹と違って、俺は水の魔術は使えない。断言できる」


「屁理屈に聞こえるかもしれませんが、先輩は魔道具を通じて・・・・・・・水の魔術を使っているじゃないですか。

 どうして水の魔術を使用できないはずの先輩が、魔道具になった途端扱えるんですか?

 おかしくないですか?」


 俺の問いに、先輩もまた真剣な表情で考え込む。


「確かに言われてみれば……そうだな。

 どうして俺は、この魔道具を使えるんだ?

 水の魔術への理解度も、足りていないはずなのに」


 ……そうだ。


 先輩の言う通り、適性――才能がないのなら、水の魔術が発動すること自体おかしい。


 なのに、水の魔道具が扱えるということは――


「先輩も本当は・・・、水の魔術を使えるんじゃないですか?」


「……だが初めて魔法円に触れた時には、確かに土が――」


「土が『最も向いていた』ってだけの可能性は、あり得ません?」


 ……なんなら。


「土の魔術に適性がある」ことを「土の魔術しか使えない・・・・・・」のだと思い込んだ可能性すらあると思う。


 魔術で重要なのは、想像力と理解力。

 もし、土が向いている――土しか扱えないという固定観念が生まれてしまえば、それ以外の魔術が扱い難くなる可能性は高い。


「となるとまさか……俺にも眠っている水の力が⁉」


 ザンフ先輩は、冗談めかして言っているが――


「十分あり得ると思います。

 実際、故郷の村の子どもの中には、複数属性使える子もいましたし」


「そうなのか⁉」


 先輩は、驚愕の表情を浮かべる。


 俺たちは、現代魔術の常識を知らなかったからこそ、全ての属性を扱えるようになったのではないか。

 先入観がなかったからこそ、自由な魔術師になれたのではないか。


 それが、俺の持論だ。


 そして、その論が正しいとするなら。


「魔術師は基本的に魔道具を全て扱える」という事実は、こう言い換えることも可能なのではないだろうか。

 魔術師たちに先入観がなかった・・・・・・・・から、全属性の魔道具を扱えるのだと。


 すなわち全ての魔術師は・・・・・・・、先入観さえなければ本来、全ての属性を扱え・・・・・・・・のではないかと。


「そしてそれは、非魔術師――魔術を使えない人たちにも、言えると思ってます。

 魔術を使う感覚が・・・・・・・・分からないから・・・・・・・魔道具を扱えない・・・・・・・・人がいる・・・・のだと。

 つまり――」


 更に続けようとした言葉を、先輩が引き継ぐ。


「つまり、魔道具を扱えない人たちは『魔術を使えないから、魔道具も扱えない』と、思い込んでいる可能性があるってことか?」


「はい。少なくとも俺はそう考えています。

 だから先輩との共同研究で、適性条件さいのうなんかではなく、魔道具が誰にでも使え・・・・・・・・・・る使用条件・・・・・を探したいんです!」


 先輩との共同研究――魔道具制作の、真の目的はそれだ。


 魔術を扱えなくても、誰にでも使える・・・・・・・魔道具。

 あるいは制作した魔道具が、誰にでも扱え・・・・・・る条件を探す・・・・・・


 それが発見できれば、皆がこう考えるようになるのではないか。


 ……魔道具は、誰にでも扱えると。


 その考えが広まり、定着すれば、魔道具は魔術師以外にも広く使用されることになるだろう。


 俺の故郷――アンファング村では、両親を始めとして魔術を使えない人が多い。

 同じ公爵領にあって、この魔術特区と村では、利便性に雲泥の差がある。


 しかし、魔道具が普及すれば、その差は縮まる。


 魔力を宿した作物を、誰もが育てられるかもしれない。

 暑くとも、食物が腐らないようにできるかもしれない。

 冬に家族で一塊になっても尚寒い、なんてことが無くなるかもしれない。


 ひょっとすると、魔物の脅威を魔道具で退けることすら可能になるかもしれないのだ。


 そんな故郷の明るい未来のためにも、誰もが魔道具を扱えるようにするのが、俺の真の野望なのだ。


「まあ……共同研究を持ち掛けたのは俺だからな。

 お前が満足のいく結果を得られるまで、付き合うさ」


 呆れた様な、仕方なさそうな。

 そんな響きを持つ言葉を、先輩は俺に向ける。


 ……しかしその割に。


 彼の口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいたのであった。

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