第111話 魔道具の目途が立った。
俺たちの魔道具制作は続いている。
共同研究開始から約10日。
「先輩、魔力ヴァイ畑の単位面積当たりに必要な水量がこれ位で、総面積になるとこうなるんですけど……このサイズの魔法円って刻めます?」
「いや……流石にデカすぎる。もっと魔法円の規模を小さくしないと厳しいな。
俺が設計した媒体だと壊れる……というかそれ以前に。
そのサイズの魔法円を起動できる出力を持つ魔石って、ないんじゃないか?」
「以前倒した魔物の魔石なら、いけそうな気がしますね……。
止むを得ません。先輩が倒してくるということで、ここはひとつ」
「魔物の出現数が増加傾向にあるとは、聞いているが……。
何で魔物を、簡単に倒せる存在だと思ってるんだお前は。
そして何が『止むを得ない』だよ。
お前は何も妥協してないし、譲ってもねえよ。
なにより、俺たちにそんな時間の余裕はねえよ!」
媒体容量と魔法円の規模、魔力の貯蔵を担う魔石についての討論は尽きない。
この日は夜中まで話し合いが続き、結局俺はザンフ先輩の家に泊まったのであった。
共同研究開始から約2週間。
「……なあ、ルング?」
「何ですか、先輩?」
「確かお前……魔法円の構築作業は終わってたよな?」
「勿論ですよ。初週の俺の奮闘を忘れましたか?」
「……それならどうして今お前は、また魔法円を弄っているんだ?」
「先輩……それは愚問ですよ。
より良さそうなものを思いつけば、試したくなるのが人の性です。
それが人類種の発展を――」
「そういう輩程、目的を見失ったり、脇道に逸れたりするんだよ!
おい……聞け! 新しい魔法円を展開するな!」
「いえ先輩の脇道発言で、また新たな術式を思いついたので。
先輩は責任を取って、新媒体の成形作業を――」
「できるか! 大体なんでお前、魔法円の円枠から構築するんだ!
絶対術式から練った方が良いだろ! 円枠は後で調整できるだろ⁉」
「……先輩、個人の好みに口出しするのは、良くないですよ?
円枠から作成して、中に術式をびっしり書き込みたいんですよ、俺は。
そんなんだから、モテないんですよ。怖がられるんですよ」
「お前を怖がらせてやろうか? ああ?」
個人のこだわりは、突き詰めていくときりがない。
結局この日俺たちは、夜通しぶつかり合い、互いの価値観を高め合ったのであった。
共同研究開始から約3週間。
「兄様⁉ ルング君⁉
顔色悪すぎるけど……大丈夫なんですか⁉」
「ああ……フリッシ。まだまだ俺たちは、生きてるぜ。
意識があるなら、後は根性でどうにかなる」
「……大丈夫です、フリッシ様。
ああ、大丈夫だと答えましたが、それは個人の価値観に依存した回答ですね。
いやその話をするならまずは、個人という概念から議論しなければ――」
「うん、とりあえず2人が疲れてるのはわかった。
……そういえばルング君、昨日も泊まってたよね?
というか一昨日もいたよね?」
「すみません……お世話になってます。
このお礼は、いつか
覗かないでくださいね?」
「訳が分からないこと言ってる……。
とりあえずお返しとかはいらないから!
兄様、ルング君は大丈夫って言ってますけど、
「徹夜生活はしてないぞ? 仮眠もとってるしな!」
「……では仮眠時間は?」
「ルング、何時間だっけ?」
「確か……
「ちゃんと寝なさい! 今日は解散!
兄様は自室……の前に、お説教です!
私と同い年のルング君に、どんな無茶をさせてるんですか⁉」
「いや……むしろそれはルングが提案――」
「言い訳は聞きません! ルング君はこっちに!
私が部屋まで案内するから、早く寝なさい!」
水の中位クラスで、一緒に授業を受けたザンフ先輩の妹――フリッシ様の世話になり、この日は泥の様に寝たのであった。
こうして1ヶ月程、ザンフ先輩の屋敷と自宅を往復する日々を過ごして――
「これで……完成だ」
最後の術式が、手のひらサイズの薄い直方体型金属板に刻み込まれる。
「では……本体の起動確認を行います。
先輩は念の為、下がっていてください」
魔法円を刻み終わった媒体を手に取り、裏返す。
長方形の裏面の中心には、親指大の窪み。
そこに、仕入れた魔石をはめ込む。
パチリ
乾いた音が、室内に響く。
この魔石に蓄えられた魔力が、先輩の成形した媒体を経由して、魔法円を起動させるエネルギーとなるわけだ。
魔石の明るい白光とは裏腹に、手の中にある直方体は冷たい。
……起動できるのか?
初めての魔道具。
ここ1ヶ月の通い詰め(泊まり込み)の成果物。
先輩との努力の結晶。
……だからこそ感じる、失敗した時の恐怖。
身震いしそうになって――
ポン
肩に手が置かれる。
振り向いたその先には、
「び、ビビるなよ! ルング!
失敗したとしても、いいいじゃねえか! また作り直すだけだぜ!」
引きつった顔で、笑顔らしきものを浮かべている。
……自分だって、緊張しているくせに。
見れば見る程、強張っている。
「……ありがとうございます。まあ、ビビってなどいませんが。
その気遣いが、気になる子にできれば完璧ですね」
「は、はあ⁉ そ、そんな奴いねえよ⁉」
普段は低い声が、変な裏返り方をする。
……冗談半分で言ってみたのだが――
案外、
先程とは打って変わって、自身の頬が緩むのが分かる。
……そうだ。
忘れがちだが、大切なことを思い出す。
失敗は成果が出なかっただけであって、全ての否定ではない。
魔術に不正解などないのだ。
ただその方向性が、思っていたものと違っていただけに過ぎない。
くるりと媒体を再びひっくり返すと、先輩によって刻まれた魔法円が目に入る。
時に道を逸れ、右往左往し、試行錯誤を重ねてきた俺たちの集大成。
スッとその魔法円に触れる。
……もう、決して――
俺の手は震えていなかった。
「やっぱお前、すごいな……」
先輩が何やら呟いたが、耳に入らない。
自身の魔力を極限まで抑えることに、集中していたからだ。
ここで魔力を流してしまっては、魔道具の動作確認はできない。
……さてどうなるか。
沈黙の中で――
「っ⁉」
「きたきたきたきた!」
刻まれた魔法円が輝く。
直ぐに裏に設置された魔石の魔力と金属の光沢が入り混じり、魔道具そのものが不思議な色彩を帯び始めた。
「魔法円の起動確認――完了。
次の段階――魔術発動段階に入ります。
……いきます。
『
詠唱と一瞬の静寂。
直後に魔法円が室内へと一気に広がり、魔力が場を満たす。
「おお……成功だ! やったな……やったぞ!」
「……はい」
先輩が、喜びのあまり拳を突き上げる。
……不思議な感覚だ。
自身や世界の魔力を扱っているわけでもないのに……魔術が起動している。
そこまで強力なものではない。
今回のは精々、室内を満たす程度の規模の魔術だ。
魔法円と、それを起動させる媒体の完成。
そこを優先したが故に、まだ
……だがそれでも。
起動できたこと――俺たちの努力に結果が付いてきたことは、純粋に嬉しかった。
……これで、基礎となる魔道具はできた。
今後はここに刻まれた魔法円を基に、術式を書き換え、発動規模を広げていくだけだ。
最早この魔道具の完成は、見えたといっても過言ではない。
魔法円に魔力が満ち、刻まれた魔術が遂に産声を上げる。
ぽつ
頬に落ちる水滴。
見上げても雲はない。
そこにあるのは、すっかり見慣れた天井だ。
しかし、水滴は数を増やし続け――
「魔術の発動も確認完了。望み通りの現象ですね」
「ああ! 完璧だな!」
はしゃぐ2人の魔術師の声が室内に響く。
こうして努力の結晶である雨は室内を覆い……俺たち2人と部屋を水浸しにしたのであった。
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