第110話 研究の始まりと上級魔術。

 ザンフ先輩の家――その庭園にて。


 先輩との共同研究が、いよいよ始まった。


「無詠唱魔術で畑を耕すのは、必ずしなきゃいけないのか?」


 先輩が話す間も、土は躍動し、畑を耕していく。


「それが必須というわけではありませんが、基本的にはしてますね。

 畑を耕す速度も速いですし、ヴァイの宿す魔力にムラが出にくくなるんですよ。

 ただ、これをする際の注意点が――」


 ぽい


 土から何か・・が、ザンフ先輩の足元へと放り出される。


「うおおっ⁉」


 先輩は大慌てで、そこから飛び退いた。

 元居た場所には――


「こいつです」


「なぜ、が⁉」


 地中に住む虫だ。


「基本的に魔力ヴァイは、病気に強く、虫にも食われにくいんですが――」


 その虫をひょいと拾う。

 前世で言うところの、ミミズに似た形状。


 虫はうねうねと体をくねらせている。


「畑を耕す段階で、こいつらを放っておくと、魔力ヴァイを食べてしまう虫に進化することがある・・・・・・・・・ので、最初は畑から排除しておいた方が賢明です」


 ひょい


 少し離れた土の上に、虫を帰す。


「……それなら、処理した方が良いんじゃないのか?」


 そんな俺の様子に、先輩は若干引き気味だ。


「こいつらも土を耕してくれるので、処理するのは勿体ないです。

 慣れれば可愛いものですし」


「……そんなものなのか」


 先輩は屈み、ビクビクしながらも虫を突いている。


 ……意外だ。


 てっきり、見慣れているものだと思っていたが。


「先輩は、畑を耕すのって――」


「……申し訳ないが、初めてだ。

 俺の研究は畑に用いられる土や水、空気等の成分分析に偏っているからな。

 実った作物と環境の関連性を、魔術で研究することが多い。

 実際に畑に出ることはあるが、作物が育ち切った畑ばかりだ。


 今回みたいに、1から耕すのは初だな」


 ……なるほど。


 農業伯爵家だからといって、実際に農業をする必要はないのか。

 領民たちが農業に従事し、その領民の農業せいかつを支える研究をするのが、ザンフ先輩――ランダヴィル家の方針なのかもしれない。


「だから」と先輩は続ける。


「だから、今回の研究は楽しみなんだ。

 自分で畑を育てることで、ウチの領民たちの気持ちが少しでも分かるのなら、それだけで収穫だからな」


 その瞳には、責任や義務といった使命の炎が燃え上がっている。


 アンスもそうだが、貴族家の後継者かれらはよくこんな目をしている気がする。

 貴族としての特権と引き換えに、自身のすべきことを強く自覚しているような。


 ……正直、少し格好良い。


 格好良いのだが――


 ぽいぽいぽいぽい


「ああっ⁉ おい、何しやがる! やめろ!」


 なんとなく気に食わないので、地中の虫を先輩の足元に送り続ける。


 ……顔立ちが整っていて、不器用・・・で、領民思いの次期伯爵。


 そんな高水準ハイスペックな先輩は、罰が当たるべきだと思う。


「おい! やめろルング! 聞けバカ!」


 こうして新たに耕された畑に、先輩の悲鳴が木霊したのであった。




 畑を始めて約1週間。

 その日俺たちは、ザンフ先輩の屋敷の中にいた。


「なあ……ルング。

 俺は土属性だからよく分からないが、雨を降らせるって、難しくないのか?」


 カキン


 呟く先輩の手元から、金属音が響く。

 音源に目を遣ると、そこには展開された魔法円。

 その円の中心では、銀の光沢を放つ金属がゆっくりと回転していた。


 土の魔術によって生成された金属だ。

 どうやらその成形加工が、行われているらしい。


 ……面白い魔術だが――


 これって錬金術では?

 というか、錬金術師みたいな職はこの世界にあるのだろうか?


 そんな疑問を抱きながら、俺は答える。


「そうですね……。

 雨を降らせる魔術――天候操作魔術となると、中級から上級魔術扱いになると思います」


 こちらはこちらで作業中だ。


 手元で魔法円を展開しては切り抜き、消すをひたすら繰り返していく。

 

 目まぐるしく入れ替わる魔法円。

 少しでも、俺が望む現象ものを。

 良いものを。


 魔法円を切り・・・・・・貼りしていくにつれて・・・・・・・・・・少しずつ新たな魔法円・・・・・・・・・・が形を成していく・・・・・・・・


 俺がしているこの作業は……新たな魔法円・・・・・・の創造作業・・・・・だ。


「お前、魔法円の組み立て作業、速いな」


「はい、大得意な作業です。

 姉さんも、師匠も褒めてくれましたし」


 ……同時にドン引きしていた気もするが。


 姉と師へんじんコンビに対して俺もドン引きすることは多いので、お互い様である。


「そうか……お前ってあの・・レーリン様の弟子で、クーグルン先輩の弟だもんな。

 あの師匠にして、この弟子あり。さすが姉弟ってわけか」


 先輩は「なるほど」と頷きながら、こちらの作業を興味深そうに見ている。


 ……そんなに見つめないで欲しい。


 そう思うものの、俺も先輩の成形加工をもっと観察したいのでどっちもどっちか。


 先輩が俺の作業を見つつ尋ねる。


「中級はともかく上級魔術だとすると……できるのか?」


「これはダメだな」と呟くと、先輩は加工していた物質を消してしまう。

 どうやら満足のいく成形が出来なかったらしい。


 ……個人的には――


 その失敗作も残しておいて欲しいのだが。

 観察し甲斐がありそうだし。


「というと?」


「いや、純粋な疑問だ。

 上級魔術は、俺もまだ使えないし・・・・・・・・・


 ザンフ先輩の言葉に、俺の魔法円弄りの手が止まる。


「ザンフ先輩でも、使えないんですか?」


 先輩との研究が始まって、既に1週間程経過しているが、彼には驚かされてばかりの毎日だ。


 土壌に関連する知識の深さ、土の詠唱魔術の機転、研究への姿勢。

 先輩から得られることは、いくらでもある。


 魔道具について一通り学んだとはいえ、まだ魔道具分野に関する知識が雛鳥レベルしかない俺は、先輩に助けてもらうことも多い。


 ……そんなザンフ先輩ですら、上級魔術は使用できないのか?


 そんな俺の驚愕にザンフ先輩は気付かず、再び金属の生成から始める。


「使えないというより……上級魔術は、教えてもらえないってのが大きいな。

 ルングはレーリン様から、詠唱魔術を学んだのか?」 


「まあ……そうです」


「特別家庭教師枠だろう? やっぱお前はすげえよ。

 俺は申請したけど無理だったからな……羨ましいぜ」


 ギロリ


 先輩が鋭い目を向けるが、付き合う期間は短くとも、共にした時間は結構長い。

 それが睨んでいるわけではないのを、もう俺は知っている。


「悪い……気にしないでくれ。泣き言だ」


 先輩は申し訳なさそうな表情を浮かべて、話を続ける。


「……でだ。レーリン様は、お前に上級魔術を教えてくれたか?」


「教えてもらってないですね……」


 というか――


「そもそも、師匠に魔術を教えてもらったこと自体、ほぼないです」


 最初の詠唱魔術こそ、教えてもらったが。

 それ以外の魔術を、師は教えてくれなかった。


 ……代わりに。


 詠唱魔術の学び方・・・は教えてもらえたのだ。

 姉と俺の詠唱魔術は、それを下地に自身で身に付けたものばかり。


 師匠が持ってきた書物や、実験の手伝い。

 その中から、姉と協力して学び取ってきたのが、俺たちの詠唱魔術だ。

 

 要所要所で助言を頼んだこともあるが、基本的に教わることはほとんどない。

 

 ……ちなみに。


 助言も高度――あるいは感覚的――過ぎて役に立たなかったことも多い。


「レーリン様は厳しい人なんだな……。

 

 まあ、でもそれが上にいる魔術師・・・・・・・の姿勢なのかもしれないな。

 俺は魔術学校に中位クラスからいるが、やはり上級魔術を教わったことはない。


 教授たちに尋ねたこともあるが――」


 先輩は一呼吸置くと、


「皆、同じこと言うんだよ。

『自分で探すのが、魔術の醍醐味』ってな。


 大位クラスでようやく閲覧可能になる書物にも、上位魔術はなかったし。

 多分、自分で探し出せってことなんだろうな」


 淡々と告げる。


 彼の目の前には、先程とはまた異なる金属が、黄金の光沢を放ちながらくるくる回転している。

 

 ガキン


 芯の太い金属音が響く。


「……自分で探せって話ですけど」


「うん?」


 呟いた俺の声に、先輩は律儀に反応する。


「自分で魔術を探せって話ですけど、どうやって分かるんでしょう?

『自分が使用した魔術が、上級魔術だ』って」


 俺の疑問に、先輩もまた考える仕草を取る。


「自分で探せ」というのは、別に構わない。

 魔術を身に付けるのは、希望があって、想いがあって、なにより夢があることだから。


 しかし、自身の見つけた魔術が上級かどうかなんて、本人には判断できないのではなかろうか。


 俺のそんな素朴な疑問に、どうにか先輩は応える。


「うーん……トラーシュ様や、教授方、王宮魔術師とかが判断するとか?」


「そうなんですかねえ?」


 確かにそうであるなら判断できるとは思うが、何か違う気もする。


 ガキ


「あちゃあ、また失敗だ。

 ……まあ、とりあえず今その話は置いとこう。

 問題は雨を降らすのが上級魔術だった場合、できるのかどうかって話だ」


「ああ……その話でしたね。

 雨といいましたが、そんな大規模なことてんこうそうさをする気はないので、大丈夫ですよ。


 設定した領域内で、任意の量の水を生成する魔術にしようと思ってます。

 多分、初級魔術の規模で収まりますよ。


 上級魔術規模の魔法円を、魔道具で扱うのは大変そうですし」


 上級魔術は知らないが、代わりに頭にあったのは中級魔術だ。

 俺の扱える中級魔術の魔法円は、最小のものでも、かなりの大きさサイズを誇る。


 もし、上級魔術に辿り着けたとしても、その魔法円を魔道具の媒体に乗せるとなると、恐ろしい大きさになる可能性が高い。


 魔道具制作を優先するなら、今回それは避けた方が良いだろう。

 

 ……まあ、そもそもの話として。


 上級魔術を発見・開発するのに、どれ程の期間を費やすことになるのかも分からないし。


「そうか……まあ、今回は仕方ないよな」


 先輩は、自身に言い聞かせるように呟く。


 その声色が少し寂しそうだったのは……きっと俺の勘違いではないのだろう。

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