第109話 共同研究の内容。

 ザンフ先輩から共同研究のお誘いを受けて早3日。

 諸々の確認作業と準備を進めながら、俺は教育公爵領――魔術特区内にある先輩の邸宅にお邪魔していた。


 薄いライトグリーンを基調としたお屋敷。

 俺の想像する貴族邸宅の雛型からは大きく外れ、煌びやかな装飾は排されている。


 ……アオスビルドゥング公爵邸もそうだが。


 貴族といえども、案外質素な生活を送っているのかもしれない。

 あるいは、金をかける部分を選んでいるのか。


 ……先輩のランダヴィル家は、間違いなく後者か。


 そう言い切れる理由は明白。


「凄いですね……」


 なぜなら今俺の目の前には……広大な土地が広がっていたからだ。


「まあ、これくらい・・・・・はな。一応ウチも貴族・・・・・・・だし」


 先輩の答えは素っ気ない。


 ……当然といえば当然か。


 彼にとっては、これが日常なのだから。


 魔術特区に居を構えるのは、姉弟おれたちを除けば魔術師の貴族ばかり。

 人口そのものは、他の特区と比べれば少ない。


 故に、邸宅の規模は大きくなる傾向にあるとはいえ――


 ……それにしても広すぎる。

 

 この敷地面積で「これくらい」なんて、価値観はどうなっているんだ。


「……一応なんて、謙遜が過ぎますよ」


 ザンフ先輩があっけらかんと告げるから何とも思わないが、人によっては嫌味に聞こえてもおかしくない。


 ……まあ、その謙虚な言葉もひょっとすると――


 ザンフ先輩の家門・・・・・・・・の方針なのかもしれないが。


 ザンフ・ランダヴィル・・・・・・


 彼は、ランダヴィル伯爵・・家嫡男。

 すなわち友人のアンスの様に、ザンフ先輩も伯爵家の跡取り息子。


 そして、アンスの父――アオスビルドゥング公爵領領主に「教育公爵」という呼称があるように――ランダヴィル伯爵にもまた別名がある。


 その名は……農業・・伯爵。


 我が国1番の肥沃かつ広大な大地に、整った気候背景を持ち、農業分野を一手に担っている領地。

 だが、その領地の重要性はそれだけでなく――


「ランダヴィル辺境伯・・・様が、一応貴族だなんて言っていたら、アーバイツ王国我が国の貴族のほとんどが一応貴族ってことになりますよ?」


 農業伯爵領――ランダヴィル領の隣に位置するのは、獣極じゅうきょく国シュティア。

 人類種でありながら、動物の身体的特徴を持つという獣人の住む国だ。


 ランダヴィル領は、アーバイツ王国自国シュティア他国を隔てている領地。


 すなわちの伯爵は、長年我が国の境界線を護り続ける有力な伯爵――いわゆる辺境伯なのだ。


「……よく知っていたな」


 先輩は目を見開く。

 そして俺は、青年の感心の言葉に目を逸らす。


 ……正直な話、知らなかった。


 ただ、ザンフ先輩との共同研究を行うにあたって、これまでの研究成果を彼に開示する必要が出てくる可能性があった。


 故にアオスビルドゥング公爵様に、共同研究の了承を貰いに行ったところ、今の話を聞けたというわけである。


 ちなみに、共同研究の許可はあっさり貰えた。

 どうやら公爵様は、ランダヴィル伯爵と懇意にしているらしい。


「ランダヴィル伯爵の息子も人格者だし優秀だ。遠慮なく全力で研究しておいで」との後押しも貰っている。


 ……ありがたい話だ。


 そして今回の俺たちの研究成果は、アオスビルドゥングとランダヴィルの共同研究として扱われることになるようだ。

 

 ……それもひょっとすると、何やら裏に思惑があるのかもしれないが。


 とりあえず、権利関係は大変そうだ。


 そういう意味でもやはり……人脈は必要不可欠。


 今回もそうだが、アオスビルドゥング公爵様との繋がりが、あらゆる所でプラスに働いている。


 ザンフ先輩はくしゃくけとの繋がりも、今後何かしらの利益になるかもしれない。


 ……というか既にある。


 研究は未だ始まっていないというのに、既に利益は出ている。


 ぐるりと周囲を見回す。


 これ程広大な土地。

 それを、俺たちの実験のために大々的に使用できるのだから。


「まあ、先輩のことは偶々耳にしまして……。


 それで、この土地を使っていいのは分かりましたが、何を研究するか決めてるんですか?

 特に決めていないのなら、個人的には土壌研究とかしたいのですが」


 このお屋敷の土地は、見栄えの為の手入れはされていても、未だに農地として利用されたことはないらしい。


 言い換えればそれは、土作りもまだ為されていない、真っ新な土地ということだ。


 学校での作物育成と並行して、農業伯爵家嫡男であるザンフ先輩から、土や土壌作りの知識を得る。


 それができれば、今回の収穫としては十分だろう。


 そしてその知識はきっと……故郷アンファング村の――父の農地の役に立つはずだ。


 ……まあ、個人的には――


 それ以上にしたい研究・・・・・・・・・・もある・・・わけだが。

 それ・・については、先輩の話を聞いて提案することにしよう。


「そうだな……俺としては――」


 先輩はこちらをジッと見つめると――


「魔力ヴァイの育成方法が学びたいな。

 後は、噂の新入生・・・・・の実物を見ておきたかったのもある」


 魔力ヴァイの育成は、姉と俺から始まった研究分野だ。

 故に俺たちに、その詳細を尋ねたい気持はよく分かるが――


「……噂の新入生?」


 ……どうして俺が噂に?


 と考えて、直ぐに解が浮かぶ。


 ……おそらく姉が原因だ。


 年若くして大位クラスに所属し、あらゆる属性魔術を使い熟す平民の少女。

 性格も良く、その上外見も整っている。


 そんな少女の弟となれば、有名になるのも当然といえる。


 ……やれやれ、天才の姉を持つと苦労する。


「ああ……。

 クーグルン先輩を利用して、金儲けに奔走する弟だと」


 ……なんてことだ。


 事実とはいえ、言い方ってものがあると思う。


「……そんな怪しい噂話は、放っておきましょう。

 どうせすぐ無くなるでしょうし」


「……それならいいが」


 先輩の目に疑惑の色が見える気がするが、それはあえて無視する。


「そんなことより、共同研究の話をしましょう。

 魔力ヴァイの育成方法ですが、教えるのは問題ないですよ。

 ちなみに、姉や公爵様からの許可は貰ってます」


 俺の言葉に、ザンフ先輩の気難しそうな表情が和らぐ。


「そうなのか? 仕事が早いな」


「ええ。

 公爵様からは『ランダヴィル家ザンフせんぱいと協力して頑張れ』と仰せつかっています。

 ですが――」


 ……ここだ。このタイミングだ!


 更に言葉を続ける。


「折角ですから、やったことのない研究・・・・・・・・・・にも着手したいんですけど、良いですか?」


 俺のしたい研究は、土壌研究だけではない。


 ザンフ先輩は、優秀な土の魔術師だ。

 それは魔力を見ていれば分かる。


 そんな人と共にしてみたい研究など、いくらでもある。


「……何の研究がしたいんだ?」


 先輩の瞳に警戒の色が宿る。


 ……気持ちはわかる。


 魔術師からの研究協力の要請。

 それは興味深い研究も多いが、時に危険が伴い、時に大きく時間を取られる。


 俺も師匠や姉からこんな提案をされれば、警戒するに違いない。


 しかし、安心して欲しい。

 俺には、彼女たちと違って良識があるのだから。


魔道具開発・・・・・なんて如何でしょうか?」


「魔道具?」


 ザンフ先輩は目を丸くする。

 吊り目で圧のある顔立ちだと思っていたが、そうしていると可愛げがある。


「はい、魔道具です。

 土属性の方は、魔道具開発がお好きな方も多いと伺っていたので。

 仲良くなったら、お願いしてみたいと思ってました」


 魔道具とは、本来魔術師が自身の魔力を以って顕現させる現象まじゅつを、魔法円を刻んだ媒体と魔石を用いて再現する道具だ。


 火を起こしたり、水を出現させる単純なものから、遠距離でも声を届かせる――ある意味電話のような――複雑なものまで多岐に渡る。


 噂では、攻撃魔術すら再現できる魔道具も、作成されているらしい。


 しかしそれ以上に、魔道具の1番の特徴といえば――


 ……魔術師でなくとも・・・・・・・・条件さえ合えば・・・・・・・魔道具を扱えるという事。


 すなわち魔力を扱えない人・・・・・・・・でも、魔術に近い現象を起こせるということだ。


「まあ、お前の言う通り魔道具作りは好きだし、得意だが――」


 青年はそう言うと、警戒を解かずに尋ねる。


「だが……ルング。

 お前、魔道具の知識はあるのか?

 最低限の知識がないと、研究なんて夢のまた夢だぞ? 危険だし」


「はい、そこは重々承知してます。

 魔道具の勉強はまだ始めて・・・・・3日目・・なので、今週はヴァイと土壌研究を中心にしましょう。


 その間に空き時間を全て魔道具勉強に費やします。

 なので魔道具開発は、来週あたりから取り組むということで」


 大位クラスは、自身の学びたいことを優先することのできるクラス。

 時間割の変更も、研究内容の切り替えも自由自在だ。


 ……まあ、教授たちの手伝いとかだと厳しいかもしれないが。


 そういうのを除けば、ほぼ望み通りに調整できる。

 その特権を、最大限活用するつもりだ。


「それならいいが……ってお前、最初から魔道具作りをするそのつもりだったろ?」


 ……バレたか。


 土壌研究は正直、自分でもできる自信があった。

 似たようなことを、姉と既に故郷で試していたからだ。


 先輩との土壌研究は、あくまで手間の少なさと利益の大きさを重視している。


 だが、魔道具研究は違う。

 魔道具はこれまで、触れたことのない研究分野。


 好奇心だけで突き進んでもいいが、優秀な導き手がいるのなら、それに越したことはない。


「どうして決まってもいないのに、魔道具の勉強が始まってるんだよ……」と先輩は呟きつつ――しかし、責める雰囲気は感じられない。


 むしろ、俺を興味深そうに眺めている。

 まるで同好の士を見つけたかのように。


「……ちなみに、聞かせて欲しいことがあるんだが」


「はい、何でしょう?」


「魔道具に設定する魔術は、どんなものにするつもりなんだ?」


 ザンフ先輩の吊り目は、分かりやすく輝いている。

 先程の警戒心が嘘の様に、好奇心に満ちた瞳。


「それは、ヴァイ作りにも土壌作りにも少し関係ある現象にしようと思ってます。

 端的に言うとそうですね……雨を降らせたいと考えています」


 俺の紡いだ言葉に、先輩の表情は更なる輝きを帯びることとなったのであった。

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