12歳 先輩との共同研究
第108話 新たな出会い。
ザシュ、ザシュ
柔らかな日の射す早朝。
仄かな水と植物たちの草の葉の香りが、鼻を刺激する。
気持ちの良い快晴の下に響いているのは、くぐもった音だ。
何度も何度も、小気味良く刻まれる音。
それは振り下ろされる
使い慣れているのだろう。
一定のリズムで、鍬は更に何度も振るわれ、小規模ながら立派な畑が作られていく。
魔術学校の研究用庭園――その1区画。
各クラスの魔術実験が行われている場所で、こうして1つの畑が耕された。
「……ふう。とりあえずこれで良し」
汗を拭う。
畑を弄るのは、故郷アンファング村にいる時からの日課だ。
アオスビルドゥング公爵領――教育公爵領に来るまでは、毎日土に触れていたのだが、入学試験前後から諸々忙しく、長らく農耕生活から離れてしまっていた。
……土の匂いが、心を癒す。
転生して約12年。
両親や姉と作物を育ててきた日々は、ちゃんと俺の血肉となっているらしい。
その何気ない事実が嬉しくもあり、誇らしくもある。
屈んで、耕した土に触れる。
……実家の畑とは、随分違うんだな。
触り心地が完全に別物だ。
実家の畑の土は、もう少しフカフカしていた気がする。
土の質は全く異なるが、これから作物を植えることを考えると、ワクワクが止まらない。
食費も多少抑えられるだろうし。
……さて、何を植えようか。
耕し終わった畑と、隣り合う
使用許可は2区画分取っている。
この2つの土地を利用して、作物の成長度合いを比較する予定だ。
1区画は完全手作業。
もう1区画は全て魔術で育てる。
気候・土壌条件を揃えることで、魔術の影響の大きさを作物で確認するつもりだ。
ぐるり
周囲を見回すと俺の畑の他にも、既に様々な種類の植物が畑で育てられていた。
魔術で植物を育てるという試みは、以前公爵様が言っていた様に、浸透してきているらしい。
万緑の植物たちが、この庭園では
……しかしその中に――
一際輝いている畑があった。
他の追随を許さない程育った作物に、濃密な魔力。
見覚えのあるどころか、慣れ親しんだ魔力だ。
……あれ多分、姉さんの畑だよな。
「作物? 私も学校の庭に、趣味で育ててるよ!」と元気に言っていたし。
他の畑とは、明らかに質が違う。
土の質に手入れ、雑草の有無、作物の出来。
全てが別格だ。
加えて作物だけでなく、畑全体が魔力によって輝いている。
……さすが、共にヴァイ研究をしていただけある。
「畑が恋しい」という理由で耕し始めたらしいが、質は既にそんなものではない。
やり過ぎだ。
今すぐにでも、研究機関で扱えそうな
……趣味とは。
と疑問に思うが、むしろ逆か。
そんな全く参考にならない姉の畑から目を切り、再び自身の畑(と土地)に思考を戻す。
さて、それで何を育てるかだが――
……やっぱりヴァイかな。
最初の作物は、見知ったヴァイが良いだろう。
理由としては、故郷――実家の畑と
実家の畑は父が長年汗を流し、丹精込めて育て上げた畑。
その畑と俺が今作った畑では、天と地程の差があるはずだ。
土や水の質の違い。
空気や気候の違いもひょっとしたら、作物の生育に影響が出るかもしれない。
その差異を敏感に感じ取れる作物は、ヴァイの他にない。
12年間育ててきたヴァイは言うなれば、俺が生態を最もよく知っている作物。
そんなヴァイを育てることで、この庭園――土地の特徴を把握する。
初めての土地の畑で――
魔術の有無から生じる作物の成長度合いの比較。
ヴァイの生育状態の確認による土壌調査。
この2つを主目的として、ヴァイを育てていこう。
そして取れた研究データを元に、今後どの作物を育てていくか方針を決めればいい。
……よし。
方向性が決まれば、動くのも早い。
魔力を練って、もう1面の畑を魔術で耕そうとしたところで――
「おい、お前がアンファング村のルングで合っているか?」
声変わりの終わった低い声が、背後から響く。
振り向くとそこには、茶ローブを羽織った青年が不機嫌そうな表情で立っていたのであった。
……大きい。
俺が青年に抱いた第一印象がそれだ。
声をかけてきた青年との距離は、まだ幾分かあるにも関わらず、それでも彼の体格の良さがわかる。
身長が高いのは勿論だが、
……
魔術師のローブを羽織っている段階で、貴族ということはわかる。
そして魔術師は知的労働が多いこともあってか、インドア派が多い。
つまり、貴族の魔術師にはインドア派が多いのだが、青年は肌こそ白いものの、身体に線の細さは感じられない。
程よく鍛え上げられ、芯の通った肉体だ。
「おい……聞いているのか?」
綺麗に切り揃えられた茶髪。
威圧感を感じさせる吊り上がった目。
整った顔はしかし――
……あれ?
どこか既視感がある。
ひょっとして、会ったことがあるのだろうか?
「……もしかして、違うのか?」
無言で観察していると、青年に落ち着きが無くなる。
大柄の青年が、小動物の様にオロオロする姿は、少し可愛らしい。
「いえ、俺がルングですが」
名乗ると、青年はほっと安堵の息を吐く。
ぶっきらぼうに見えるが、その仕草は意外と幼い。
「……どうして早く返事をしないんだ」
不服そうな青年に答える。
「姉さんから『知らない人相手に迂闊に返事してはならない』。
『都会は田舎と違って、怖い人も多い』と教わったので」
「そうなのか……まあ、それは仕方ないな」
……嘘だったのだが。
貴族の青年は、それを鵜呑みにする。
一見すると威圧感のある青年。
しかし、その性格は純粋な様だ。
……アンスもそうだが。
貴族の子どもたちは、純粋過ぎはしないだろうか。
詐欺師に騙されないか、彼らの将来が心配だ。
「……それで、俺に何か用ですか?
姉さんへの求婚の申し込みなら、3ヶ月先まで予約で一杯ですが。
料金プランは――」
「違う。俺はルング――お前に用があるんだ!」
俺の言葉を遮る、青年の強い言葉。
彼の吊り目には、真摯な光が宿っていた。
……え?
姉ではなく俺が目的?
つまり、
急な申し出に、少し驚く。
「えっと……申し訳ありませんが、お断りします。
俺の返事に青年は一瞬考えて……顔を真っ赤に染める。
「違う! そうじゃなくて……っておい、待て。
それは何が起きている? 面白いな」
ツッコミの途中で、青年の目が俺の無詠唱魔術に奪われる。
魔力を以って土を操る耕作魔術だ。
使い慣れた魔術だったのだが、
「土の無詠唱魔術です。
「……俺のことを知っているのか?」
驚いたように目を見開く青年。
正直、彼のことは
ただ、彼の
土色に輝く、穏やかな魔力。
柔らかくフカフカな土壌を感じさせる、豊かな魔力だ。
「いいえ。でも、見たらわかります」
青年はそんな俺の言葉に、笑みを浮かべる。
「……やっぱりお前
……失礼。自己紹介がまだだったな。
俺は大位クラス土属性の2年、ザンフ――ザンフ・
……ああ、なるほど。
彼に抱いていた既視感の正体に、ようやく辿り着く。
「ランダヴィル……ということは貴方は、
俺の述べたフリッシ様――フリッシ・
ちょっと吊り上がった目に、青みがかった茶髪。
一本の太い三つ編みおさげの髪型の、穏やかな性格の少女である。
あのクラスは、好奇心旺盛な子たちばかりで、共に学んでいて非常に楽しい
中でも彼女は特に好奇心が強く、よく水の魔術について質問されたものである。
……ちなみに。
既に俺は、中位クラスの授業を受け終えている。
水の魔術の基本は理解したので、後は書物と独学でいけると判断したからだ。
……決して。
長期休暇の補習が嫌だったわけではない。
「
浮かべている表情は違えども、言われてみれば、目鼻立ちがそっくりだ。
「いえ、世話ということはしてません。
フリッシ様は、やる気に満ち溢れた素晴らしい方でしたから。
お元気ですか?」
「ああ。元気に魔術学校生活を過ごしているよ。
お前が受講を終えてしまったから、少し寂しそうにはしていたが」
フリッシ様――妹の話になると、青年の表情が和らぐ。
どうやらこの青年は、表情こそ少し怖いものの、
「それで、フリッシ様のお兄さん――ザンフ様が、一体俺に何の用ですか?」
「様は付けなくていいぞ……落ち着かないしな。好きに呼べ」
「では、ザンフちゃんは――」
「……訂正しよう。様でもちゃんでもなく、先輩と呼べ」
「我儘ですね……それで、ザンフ先輩は俺に何の用なんですか?」
「……そうだったな。すっかり話が逸れてしまったが――」
ザンフ先輩は、照れ臭そうに頭をガシガシと掻くと、
「ルング、俺と共同研究をしないか?」
……とても魅力的な提案をしたのであった。
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