第107話 魔術学校の授業風景。
……この魔術、面白いな。
「『
俺の詠唱と共に、小型の魔法円が机上に展開される。
大きな魔力は込められていないが、中身の術式は繊細かつ複雑。
俺の魔法円の記述に従い、水が生じ、その水がグネグネと形を変える。
……初級魔術ながら、色々と使い道がありそうだ。
水がない状況では、水を顕現させて形を変える。
水が存在するなら、その水を制御し形を変える魔術。
特筆すべきは、負担の軽さだ。
無詠唱魔術と異なり、飛ばしたり動かしたりすることはできないが、創造した水の存在時間は遥かに長い。
顕現した水は、最終的に美しい鳥へと変化する。
「『
その鳥を囲うように、再び展開される魔法円。
次の瞬間、鳥が球体へと変化したかと思うと、羽ばたく瞬間の鳥へと変化する。
……これ、1コマ1コマを魔術で作っていけば、動画みたいにならないか?
魔術で作るパラパラ漫画。
この世界で映像作品を作れたら、それはそれで面白そうだが。
……まあ、現状だと。
無詠唱魔術で、水を動かした方が早いのだが。
「――グ君」
……そういえば、写真の様に記録する方法ってあるのだろうか?
そんなことを考えながら、魔法円を細かく観察する。
初めての水の詠唱魔術。
興味がないはずがない。
魔法円がその名の通り円型で展開されるのは他属性も同じだ。
しかし、中の文様――術式の記述法則は、火と風の魔術とはまた異なる。
この鳥の形に整えるまでに、術式と数百以上の格闘があったが、その甲斐もあって鳥は生き生きとした存在感を放っている。
……次は何を作ってみようか?
試行錯誤のお陰で、コツは掴んだ。
次はいっその事、自分自身でも作って――
「ルング君!」
ビクッ
声の方向に目を向けるとそこには――
「それ、どうやったの⁉ 魔法円のどこを書き換えたの⁉」
「鳥か⁉ すげえな!」
「質感再現すごっ! 触っていい?」
「……別に構わないが、ただの水だぞ?」
同年代の子どもたち。
姉を景品とした
……水の詠唱魔術を学びたい。
トラーシュ先生との恐怖の面接を経験して、最初に思いついたことがそれだった。
火・水・風・土。
基本4属性において、詠唱魔術を扱えるのは、師匠から学んだ火と風の2属性。
水と土は、未だに1つも知らなかった。
それとの関連は不明だが、面接後のトラーシュ先生との語り合いも、付いていけない部分が多々あった。
「
故に水と土属性の詠唱魔術を基礎から学ぶために、今期は中位クラスの授業を受けてみることにしたのだ。
チラリ
正面の黒板には、今発動した『
そしてその周囲には、魔法円のどの部位が、発動する魔術に対してどんな影響を与えるのかが、
前者は先生が授業前から、書き込んでいたもの。
「先生、水の詠唱魔術は初めてなので、魔法円の内部術式の内訳を教えて欲しいのですが」
先生の驚きの表情から、俺の中位クラスでの授業は始まった。
他の生徒たちは、貴族家出身。
きっと『
しかし先生は「勿論良いですよ!」と、爽やかな笑顔で対応してくれたのだ。
俺の細かいともいえる質問に答えられるものは答え、答えられないものは答えられないと述べる真正直な指導。
……正直な話。
師匠と比べると、圧倒的に分かりやすかった。
そんな風に、先生とのやり取りを通して水の魔術への造詣を深めていると、中位クラスの生徒たちもそのやり取りに参加し始めたのだ。
幼少期から詠唱魔術を学んできた彼らにとって、『
できて当然のものだと考えていたのだろう。
そして最初に学ぶ魔術だからこそ、その魔法円の意味を詳しく考えたことはなかったらしい。
「えっ⁉ この記述ってそういう意味だったんだ……」
「こんな所、書き換えられるのか⁉」
「じゃあ、こう弄ったらどう変化するんだ?」
そうやって先生と生徒が入り乱れて話し合いを進めている内に、誰彼無しに黒板の基礎魔法円への書き込みが始まり、気付けば記述だらけになっていた。
そして1人だけ別クラスで、遠巻きに見られていた俺も、いつの間にかこのクラスに馴染んでいたのだ。
「おい、ルング! 無愛想な顔をしてないで、早く教えろよ!」
「そうよ、ルング君! 無表情で何も言わないと怖いから、早く言いなさいよ!」
……馴染み過ぎている気もするが。
やいのやいのと騒いでいる生徒たち。
彼らは俺と同い年の、水の魔術の素養がある子どもたちだ。
……魔術だけでなく、彼ら自身もまた興味深い。
村の子どもたちも面白かったが、同じくらい興味深い。
なぜなら中位クラスの生徒たちは、村の子どもたちよりもずっと
この差異は多分――
……育ってきた環境の影響だろうな。
魔法円の重要性を、幼少期から学んできたからこそ、体に染みついた学習方法なのだろう。
新たに提示された魔法円を、暗記するのが早いのだ。
『
それを先生は、満足気に頷いている。
……しかし、良いのだろうか?
ふと疑問が浮かぶ。
この授業は初回。
そして初級魔術『
魔法円を暗記し、即座に詠唱と発動。
なんなら、生徒たちは既に知っているという前提で、
「広がっていた水が、球体になるね。皆出来るね。はい終わり」
そう進められる予定だったのではなかろうか。
生徒たちが基礎魔法円の応用に、ここまで深くのめり込むのは、想定外だったのではないかと思う。
彼らは既に夢中になって魔法円をいじり続け、水が自身の望む形になるよう、あらゆる模索を始めている。
「これ、本当は高位クラスでやる予定なんですけどね……」
当初遠くを見る目でそう言っていた先生も、今では開き直って好き勝手に水の形を変えては、生徒との力量差を見せつけている。
……ひょっとするとだが。
先生が、最もこの授業を不満に思っていたのかもしれない。
魔術は、どこをとっても興味深い。
それは詠唱と無詠唱、初級・中級・上級問わず。
なのに初級魔術は、簡単な魔術だからとあっさり指導を終わらせなければならない悲しさ。
初級魔術の可能性を、進度を確保するために話せないもどかしさ。
……魔力を見る限り。
先生の魔力は濃い青。
優秀な水の魔術師だ。
だからこそ、初級魔術の奥深さを伝えたいのに、その時間が取れない辛さにひっそりと涙を呑んでいたのかもしれない。
……だとしても、この授業ペースで良いのかという疑問は残るが。
このままでは『
この教室で今、そんなことを気にしているのは俺だけだ。
皆、初級魔術にのめり込んでいる。
……別にいいか。俺のせいじゃないし。
前世では、怒った先生を職員室に呼びに行って、授業が潰れるなんてイベントもあったくらいだし。
きっとどこかで、帳尻を合わせるのだろう。
「ルング君! 私の魔術、なんか変な形になってない?」
「……なんだ、これ? どう弄ったんだ?」
質問してきた少女の魔法円へと、目を向ける。
姉や師匠、アンスとはまた違う魔力に、異なる考え方。
中位クラスの生徒たちと受ける授業は、新鮮で刺激的だ。
……魔術学校の生活は楽しい。
以前届いた姉の手紙に書いてあったように、俺もきっと両親への手紙にそう書くのだろう。
……ちなみに余談だが。
この授業速度で、当初の授業日程をこなすことなどできるわけもなく。
長期休みに補習があったことを、追記しておく。
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