第106話 貴族の少年は友人の発想に呆れている
入学して1週間。
父上――アオスビルドゥング公爵から頂いた赤のローブをはためかせながら、私ことアンスカイト・フォン・アオスビルドゥングは、魔力渦巻く魔術学校の廊下を進む。
入学時点では右も左も分からなかったのだが、そろそろ学校生活にも慣れ、我が物顔で歩けるようになっている。
「アンスカイト様、昼食をご一緒しませんか? 今日はとある筋から入手した珍味が……」
「アンスカイト様、こちらには一流の
「アンスカイト様! こっち見てください!
手を振ってください! 火の魔術をぶつけてください!」
「すみません、昼食は先約があるので。
それと魔術は危ないからこれで勘弁してくださいね」
手を振ると「きゃあ!」と黄色い悲鳴が返ってくる。
少し大袈裟だとは思うけれど、反応してもらえるのは嬉しい。
……若干遊ばれている気もするけど。
私本人が目的というより、私をダシに騒ぐこと自体が楽しいという感じだろうか。
「さてと……」
今は午前の授業を終えた時間帯。
つまりは昼食時間だ。
誘ってくれた子たち――といっても私より年上の人が多いが――に応えても良かったが、少し気になることがあったので、
「それでルングは確か……」
私のお目当ては、魔術において類稀な才を持ち、無類の知識欲と好奇心を秘めた少年。
その行き過ぎた知識欲によって、歴史ある入学式を「図書館に行ってた」などという理由で、サボタージュした恐るべき友人だ。
……ちなみに。
彼の面倒を見てあげようとか、授業を頑張っているか確認しようなどという気は一切ない。
あの友人は、どんな環境であろうと好き勝手にしているだろうから、気を遣ったり心配するだけ無駄なのだ。
……では、何のために彼を探しているのかというと。
少し
「入学式をサボった子なら、向こうに歩いて行きましたよ?」
「黒髪の子ですよね? 確か上級生と一緒でした!」
「クーグルン先輩の弟なら、実験室に行くみたいでしたよ?」
道行く生徒たちに話を聞きながら、奴の居場所を絞っていくと、ある一室に辿り着く。
「ここ……かな?」
第31実験室。
魔術の実験や、実戦練習に用いられる部屋だ。
表には使用中の掛札。
その掛札には「大位クラス、ルング」と書かれた許可証が、貼ってある。
……本来なら、ここで礼儀正しくノックすべきなのだが、そこは私とルングの仲。
「別にいつでも入っていい」という入室許可は、既に貰っているので、躊躇わず扉を開ける。
ガチャリ
するとそこに展開されていたのは……無数の魔法円。
実験室の中では、2人の少年による魔術戦が開催されていたのであった。
「良い手合わせでした。勉強になりました」
「いや、こちらこそ。
負けて残念だが……流石はクーグルンさんの弟。
いや失礼、さすがルング君だ」
しばしの魔術戦の後、2人の男子が熱い握手を交わしている。
1人は先程から探していた少年。
殊勝な台詞を口にしているが、その顔は相変わらずの無表情だ。
もう1人は私たちよりも年上の少年。
授業で数回見たことがある気がするので、高位クラスの先輩といったところだろうか?
先輩はルングと何かしらを軽く語り合い、教室から出る際に私と目が合う。
その瞳には、驚きの色。
意外とでも言いたげな表情だ。
「……アンスカイト様も、
……挑戦。
彼の言い回しに、ここ1週間で流れ始めた
「いえ、私はルング……君に少し用がありまして」
「そうですか……
そう言うと少年は、慇懃に退室していく。
ガチャリ
扉の閉まる音が響き、室内には私とルングの2人きり。
そこでようやく、ルングが私に水を向ける。
「それでアンス、俺に何か用か?」
「何か用というか……聞きたいことがあるんだ、ルング」
「何だ? 改まって。何でも聞いていいぞ?」
許可も出たところで、遠慮なく無表情の友人に尋ねる、
「君は一体、何をしているんだ?」
ここ1週間で私の耳に入ってきた噂。
ルングの姉――
……まあ、それは分かる。
クーグルンさんと何度か顔を合わせているが、とても魅力的な人だった。
その上魔術の技量は、ルング以上。
王宮魔術師入りを確実視されている逸材である。
そんな彼女に、お見合いやデートの申し込みが殺到するのは、理解に難くない。
ただその申し込みにルングが介入し、あまつさえ金銭が関わっているという話が出回っている。
やれ希望者は、料金を払って参加できるだの。
ルングとの魔術戦に勝利することで、婚約者となれるだの。
初めて聞いた時は、耳を疑った。
ルングがいくら変わり者とはいえ、そんなことはしないと否定したかったのだが――
……絶対ないとは言い切れない。
この友人との付き合い上、私の予想など超えてくるのが常。
むしろこちらの考えを外すことに心血を注いでいるのではないかと疑ってしまう程、変なことしかしないのだ。
故に私は、その真相を明らかにするために、この少年の下を尋ねたのだった。
「はあ……アンス」と、少年は呆れた様に私を見つめる。
「流石にそれは尾ひれがついているぞ?」
友人のその答えに、ほっと胸を撫でおろす。
「そうだよね。いくらルングでも、そんなことを商売にしたりしない――」
「
姉さんにも、好みがあるからな。あくまで候補だ」
……婚約者じゃない?
「そこは1番どうでもいい。
それより、金銭のやり取りの方は――」
「事実だが?」
……どうしてそんな悪びれないでいられるのか。
少年の茶色の瞳には、罪悪感など微塵もない。
どこまでも、透き通っている。
「君は、どうして実のお姉さんを賞品に商売しているのさ⁉」
私の至極真っ当なツッコミにも、友人はいつもの無表情だ。
「やりたくてやっているわけではない。だが、仕方ないだろう?
姉さんが『
「まさか、あんな幼少期のやり取りを覚えているとは」と少年は、悔やむ様に呟く。
……なるほど。
これはルングの仕込みではなく、クーグルンさんが原因で始まったことらしい。
「でも、それでお金を取るのはおかしいんじゃ?」
「アンス……俺は姉とお近づきになりたい男たちのために、時間を使っているのだぞ?
本来ならその時間で働き、姉さんとの生活や
その補填はどうしたらいい?」
「そ、それなら勝負自体を断るとか……」
「何年も姉さんに、片思いをしているお貴族様相手にか?
そんな人道に外れたことを、していいのか?」
そう言うと少年は、ニヤリと笑う。
「俺は魔術研究以外の時間は、金を稼ぎたい。
貴族の方々は、俺を打ち倒し、姉さんに見合いや婚約を申し出たい。
俺のこの
友人は握り拳を握る。
頬が上気しているあたりが、友人の熱量を物語っている。
「ふ……安心しろ。ちゃんと皆にチャンスがあるように、相場は調整済みだ。
1勝負で銀貨3枚コース、5枚コース、10枚コースに分けてある。
当然銀貨の枚数が多い参加者程、優遇し、優先して勝負を受けている」
「アンスもどうだ?」と勧誘してくる友人は無視する。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず高くないかい?
私のお小遣いでも、厳しい金額だよ?
そんな金額だと、希望者なんていないんじゃ――」
しかし少年は「逆だ」と断言する。
「ある程度、高くするからこそ
アンスが厳しいのなら、他の参加者も同様に厳しいだろう?
自身の懐具合が厳しいからこそ、両親――貴族の親に頼むことになる。
そのハードルを越えてでも、姉とお近づきになりたいという猛者のみが、俺に挑むことができるのだ」
ニヤリと少年は、不敵な笑みを浮かべる。
「結果この1週間だけで、俺の魔術戦の予定は、既に1ヶ月先までいっぱいだ。
無論、懐具合もな。
ふふふははは……流石姉さん。
魔術の圧倒的な才に、輝く美貌。
加えて性格も完璧とくれば、ある程度稼げると思っていたが、まさかこれほどとはな!
先週、上級生から呼び出された時はどうなるかと思ったが……大成功だ!」
……珍しいことに。
彼は今、腹の底から笑いが止まらないようだ。
初めて姉上から魔術戦で一本取った時でも、もっと落ち着いていた様に思う。
残念なのはその理由が、恐ろしく俗っぽいことであろうか。
ひょっとすると、この友人の綺麗な瞳の色は、銅貨の色なのかもしれない。
「まあ……わかった。とりあえず
いや、本当は良くない。
本当なら、真っ当な稼ぎ方を考えるべきだと言いたい。
だがこの天才であり変態でもある友人は、斜め上の思考回路の持ち主。
この商売を否定した結果、更なる惨事を引き起こす可能性すらある。
……厄介過ぎる。
どうして私は、こいつと友人になれたのだろうか。
「……とりあえず、もう1つだけ質問してもいいかい?」
「いいぞ。ちなみに商売の秘訣は愛想だ」
少年は、一切愛想のない顔に戻っている。
……どの口が言っているのだろう。
そんなことを考えて、ふとした気づきが口から転び出る。
「もしかして、アレかい?
君が今の先輩に
私の指摘に、少年は少し目を見開いた。
「……よく気付いたな」
「それは気付くさ。
君、魔力を抑えていたよね?
その上、使用する魔術も制限して、わざと接戦を演じていただろう?」
彼らの魔術戦は、面白くはあったが、あくまで基本に沿った戦い。
この
……その上。
ルングは、魔力量を制限していた様に思う。
具体的には、先輩と同等か少し多い程度に制御していたはずだ。
「ふふふ……よく見ていたじゃないか。褒めてやろう」
……こんなことで、この友人から褒められても嬉しくはない。
「あれには、どんな意味があるんだい?」
……愛想と言っていたが。
何かしら魔術的な意味があったのか。
それとも、純粋に魔力制限下での魔術運用の練習をしていたのか。
「
しかし少年からは、想定外の答えが返ってくる。
「圧倒的に俺が勝ってしまっては、
それを避けるための、完璧な作戦だ。
愛想よく、客の『もう少しで勝てる』という感情をくすぐる策だ。
更に言えば……接戦は楽しい。
ギリギリの戦いは互いを成長させる。
つまり客は、姉を手に入れられるかもしれないという期待感と、魔術戦の楽しさを味わえるのだ。
これは
友人の滑らかな弁舌が続いていくが、とりあえずこの段階である程度全て判明した。
……どうやら、私の友人は――
早くもこの魔術学校で、
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