第105話 魔術師の過去と初めての呼び出し。

「ルンちゃん、どうだった?」


「無事合格だ」


「ううん、その結果は分かってるから。

 そうじゃなくて、トラ先生に伝言してくれた?」


「……ああ、そっちも無事こなしたぞ。

 それにしても、よくトラーシュ先生に挑戦できるな……」


「えへへへへ」


 と、姉とやり取りをしたり、


「ルング……君、トラーシュ様と面接だったの⁉」


「少し苦労したが、楽しかったぞ。

 ところで師匠。俺がトラーシュ様と面接になること……知ってましたね?」


「い、いやあ……何のことですかねえ?」


「しらばっくれても無駄ですよ? 師匠といえども許しませんよ?」


「ふふふ……ルング、貴方が私に魔術戦で勝てるとでも?」


「面接で鍛えられた俺が、負けるわけないでしょう?」


「……どんな面接だったのさ」


 と、師匠とアンスの姉弟に結果報告をしたり、


「リッチェン、試験どうだった?」


「実技の試験官の方を、殴り倒してしまったので、私は不合格かもしれませんわ。

 ルング、私の分も学校生活を楽しんでくださいな……」


 と嘆くリッチェン(ちなみに無事合格した)を慰めたりしながら、公爵邸を拠点に住居や新生活の準備をして早数週間。


 いよいよ、マギザライ魔術学校入学の日を迎えた。




「……なるほど。

 トラーシュ様……半端じゃないな」


 パタリ


 厚手の本を閉じる。

 閉じた本の表紙には「魔術と人類種の歴史」の厳めしい金銀の文字。


 俺が面接で、魔術戦を演じた黄金と白銀の魔術師。

 歴史と生涯の重さを感じさせる、濃厚にして美しい魔力。


 俺がこれまで出会った中でも、間違いなく最強の魔術師である少女。


 トラーシュ・Zツァウベアー・ズィーヴェルヒン。


 彼女は、俺の出会った中で最強どころか……歴史上最強の魔術師・・・・・・・・・だったらしい。


 夢の始まりを見た者。


 世界を語る者。


 そして、勇者と共に魔王・・・・・・・を滅ぼした英雄・・・・・・・


 俺の読んでいた本には、そんな大仰な二つ名を持つトラーシュ先生の偉業が、いくつも記されていた。


 ……何でそんな人が面接官に。


 そしてそれ以前に、彼女はこの魔術学校において学長――最も偉い地位ポジションにいる人だというのだから、驚きである。


 ……改めて、何でそんな人が面接官に。


 加えて、我らが特別家庭教師である師匠から、トラーシュ先生の話を聞いたことはない。


 それどころか、あの王宮魔術師と出会って7年程の付き合いになるが、彼女から魔術師の歴史や偉人の講義を受けたことは1度たりともないのだ。


 師弟の間にあるのは、基本的に魔術を使用した実験、研究、演習ばかり。


「歴史など、私たちの後に勝手に付いてくるものです!」

 

 そんな訳の分からない主張を持つ王宮魔術師こそが、我らの師匠――レーリン・フォン・アオスビルドゥングである。


 ……少しでもトラーシュ先生のことを知っていたら、面接時間をもっと引き延ばしていたのに。


 魔術について、もっと深く聞いていたのに。

 なんならあの森に泊まって、一緒に魔術の話や実験に明け暮れたかったのに。


 ……これだから師匠は。


 ほんと魔術以外は、どうしようもない師匠である。



 ……それにしても。


 この世界に「勇者」や「魔王」なんて存在が、500年前とはいえ、いたことにも驚いた。

 現存している魔物たちは、その滅ぼされた魔王の置き土産として位置付けられているらしい。


 ……魔王がいたとなると、その血を引く魔族なんかも存在するのだろうか?


 創作では割と鉄板の設定だった気もするが。


 しかし、魔王の滅びた後の歴史に、そんな種族がいるという記述はなかった。

 絶滅したのか、隠れているだけなのかはわからない。

 このことについては、今後調べてみてもいいかもしれない。



 さて、魔王と勇者一行との戦いが終わった後の500年間を、トラーシュ様はずっと見守ってきたようだ。


 そんな寿命の長い少女について、この本では長命種と定義している。

 長命種――またの名をエルフ・・・と。


 ……この呼び名も、勿論聞き覚えがあった。


 創作及びゲーム作品において、長生きする種族。

 寿命がほぼなく、魔法――魔術の得意な人を超えた存在。


 トラーシュ様は、その定義に見事合致したことから、長命種エルフとされたのだろう。


 ……耳は長くも尖ってもいなかったが。

 

 このエルフという呼び名は、500年前から広まったとされている。


 おそらく、トラーシュ様の友人の様な異世界転移者たちが、その名を広めたのかもしれない。


 ……ひょっとすると――


 この国の価値観にも、彼あるいは彼女らは影響を与えたのかもしれない。


 僻地の村なのに、衛生観念や教育意識が妙に高かったりするのは、転移者からもたらされた知識や情報を基礎として、国家を運営してきた結果である可能性がある。


 ……そして――


 トラーシュ様の友人。

「転生」の能力フェイを持っていたという、大切な友人。


 この書物の情報が確かなら、その人は多分……魔王を倒した勇者。

 魔王と相打った勇者・・・・・・・・・ではなかろうか。


「……歴史も面白いな。そのまま読書でもするか?」


 考察が進めば進むほど、謎も増えていく。


 ……どうする。このまま今日は、図書館にいるか・・・・・・・

 

 今日の魔術学校での予定は、入学式とオリエンテーションのみ。

 

 楽な日程だ。


 そして、入学式の時間は・・・・・・・とうに過ぎている・・・・・・・・

 今頃は中位クラス、高位クラス、大位クラスの入学式が、講堂だかどこかで行われているはずだ。


 アオスビルドゥング公爵家を示す紋章が刺繍された、赤のローブを羽織るアンスが、いつもよりも勇ましい表情で「また後でな」と言っていたが、それはまあ良いとして。


 今の論点は、既に入学式にはない。


 オリエンテーションもサボるかどうか。

 そこにある。


 好奇心と義務感の狭間で悩んでいると――


「あっ! ルンちゃん! やっぱりここにいた」


 緩やかな茶髪に、吸い込まれるような黒の瞳。

 瞳と同色のローブから伸びる長い手足が眩しい美少女に、声をかけられる。


「姉さん……クーグルン先輩、よくわかったな」


 姉のクーグルンだ。


「ふふふ……そりゃあ分かるよ! お姉ちゃんは先輩だからね!」


 誇らしげに「ブイッ」と二本の指を立てる姉。

 俺とお揃いの黒ローブは、その大袈裟な動きに賛成するように、バサバサと音を立てている。


 ……長年の付き合いで、俺の考えを読まれたのだろうか?


 だとすれば、流石と言わざるを得ない。 

 姉弟での繋がりの深さを感じ――


「私もサボりそうだったからね!」


 ……これはこれで、深い姉弟の繋がりを感じる。


「……それで、俺に何か用か?」


「うん! 入学式終わったよって教えてあげようと思って!

 後、オリエンテーションは出た方が良いよって伝えたくて!」


 浮かべるのは、天真爛漫な笑み

 幼いころの様に――幼いころ以上に輝く笑顔で、少女は答える。


 ……良い笑顔だ。


「……ありがとう。助かった」


「いえいえ! どういたしまして!」


 ガシリ


 これまた幼い頃の様に、抱き付かれる。


「……重い」


「もう! 照れない照れない!」


 ……照れる照れないは兎も角。

 

 早く解放して欲しい。


 子ども時代ならまだしも、姉はかなりの美少女へと成長している。

 おそらく魔術学校でも、目立つ存在のはずだ。


 そんな姉と一緒に居る――それも抱き付かれているなど、嫉妬の対象になってもおかしくない。

 

 ……何より、恥ずかしいし。


「……とりあえず移動するか」


「うんうん! レッツゴー!」


 首に回された腕を解こうとするが――


「姉さん、何故解放しない?」


 強い。強く俺に抱き付いている。


 ……まるで、周囲に見せつけるかのように。


「え? このままで良くない?」


「家ならともかく、ここは図書館……公共の場だぞ? ふざけるのは良くない」


「何で? 別にいいじゃない! 私たちの姉弟愛を、皆に見せつけようよ!」


 最早周囲の注目の視線で、穴が開きそうなのだ。

 

 ……一刻も早く、この場から離れたい。


「歩き難いから、早く解放してくれ」


「……もう、仕方ないなあ」


「せっかくルンちゃんを、学校でも愛でられるのになあ」と、姉は残念そうに呟きながら、俺を解放した。


 パシッ


 そしてその代わりに、手を握られる。


「じゃあ、行きましょう! ルン姫!」


「誰が姫だ誰が」


 仕方なく魔術史の書物を返し、手を引かれるままに図書館を出た。



「ここが共通塔ね。他の学校の子たち……騎士学校の子とかも偶にいたりするよ!」


「あっちが教授塔で、王宮魔術師の過ちって呼ばれる爆発跡が――」


 と姉はブンブン繋いだ手を振り回しながら、学内を紹介してくれた。


 幼少の頃に、畑や中央広場、領主用邸宅マナーハウスをこうして歩き回ったことを思い出して、懐かしい気持ちになる。


 結局姉は、俺をオリエンテーション会場に送り届けるまで、決して手を離さなかった。



「……そういえば姉さん、バイトしてたよな? どんなことをしてるんだ?」


「私は、最近だと教授たちの実験の手伝いが多いかな? 

 皆、貴族家出身だから、稼げるんだよ!」


 姉は魔術学校に来てからというもの、稼ぐと町で物資を購入し、アンファング村にいる両親へと送り続けている。

 

 昔から家族思いではあったが、魔術学校入学以来、一層磨きがかかっているように思う。


「姉さん……大きくなったな」


「あははは! ルンちゃんも大きくなったけどね!」


 自慢の姉は朗らかに答えて、空いた手を自身の頭に乗せて、俺との身長を比べている。


 大分身長も追いついた。

 それでもまだ、姉さんの方が少し大きい。


 ……いつか、この少女よりも大きくなって、家族や村を支えられるように。


 とりあえず今の内から俺も、何か稼ぐ方法を考えなければ。



「案内ありがとう。姉さん」


 姉弟で会話しながら歩いていると、あっという間にオリエンテーションの教室に辿り着く。

 

「いえいえ、どういたしまして!

 可愛い弟のために、ちゃんと案内しておかないとね」


 姉は快くそう言うと、ようやく手を離す。


 彼女はもう大位クラス4年。

 研究諸々で忙しいはずなのに、それをおくびにも出さず送ってくれた。


 感謝の気持ちで胸が一杯だったのだが――

 

「じゃあ、また家でね。ルンちゃん! 頑張ってね・・・・・!」


「え? 姉さ――」


「それじゃあね!」


 ……頑張ってね? どういう意味だ?


 不穏な言い回しだ。

 知らない内に、厄介事に巻き込まれてしまったような、不吉の匂い。


 そんな俺を差し置いて、姉は足早に去って行く。

 その顔にあるのは、新入生に負けないくらい輝く笑顔。


 いつもなら手放しで見惚れる笑顔だが、今は嫌な予感が体中を駆け巡っている。


 ……何だ? 何がある?


 大位クラスのオリエンテーションで、何かあるのか?

 全員で潰し合いをするとか?

 

 姉はご機嫌の様子で、ローブのフードをフリフリ揺らしながら、どんどん離れていく。


 ……結局俺は。


 その疑問の答えを、得ることはできなかった。




 そして、オリエンテーションが終わり――


「おい……君。ちょっと付いて来い。クーグルンさんの件で話がある」


 ……姉さん、一体何をしたんだ?


 剣呑な雰囲気の上級生に、何故か絡まれたのであった。

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