第104話 魔術師との対話。
魔術戦が、渾身の1撃によって一段落した後。
「そもそもの話として、転生自体は特別なことではない」
「えっ⁉」
陽光に輝く銀髪と、黄金の瞳。
淡白な語り口に、持ち前の無表情。
少女――トラ先生は俺にとって衝撃の事実を、当然の様に語り出す。
少し裂けた白ローブの肩部分からチラリと見えるのは、
俺が付けた傷を、彼女はいつの間にか治癒魔術で癒し終えていた。
「転生が……特別なことじゃない?」
「ああ。転生者というのは、割といるものだ。
お前たちの世界でも……輪廻転生だったか? そんな考えがあるだろう?
まあ、異世界が出自の魂は少し珍しいが、それでもいないことはない。
ただし――」
チロリと少女は、
「異世界云々関係なく、
研究対象に指定してもいいか?」
今の言葉に、何故だか寒気が走る。
「……お断りします。魔術師の玩具になるのはごめんですから。
俺にも、健康かつ幸せに生きる権利……人権があるので」
「……安心しろ、冗談だ」
……嘘だ。絶対に本気だった。
仮に冗談だとしても、最強クラスの魔術師に淡々と言われると、洒落に聞こえない。
「お前の今言った人権の概念も、元はそっちの世界から伝わってきたんだぞ?
おかげで私の嫌いな奴隷制が、この国から消えてくれたから万々歳だが」
そう言うと魔術師は、俺が吹き飛ばした木々の内2本程を引き寄せ、切り株状の椅子に加工する。
「森を吹き飛ばしたことは、反省しているか?」
「はい、勿論です」
「それならとりあえず、それに座れ。
何故、やり過ぎる魔術師は皆、正座を……ってこのやり取りも、3年ぶりだな」
「えっと……その3年前の人は――」
「勿論、
まあ、あの子の場合は燃えた木ばかりで、こんな風に座れるのは残ってなかったが……。
ちなみに、レーリンも同じことをしているな」
……やれやれ、酷い姉と師匠だ。
「環境に悪い師匠と姉弟子ですね。俺から注意しておきますよ」
「……お前も全く同じことをしている。焼いていないだけで」
最初と変わらない無表情のやり取りだが、流石にこれは分かる。
……ムッとしている。
下手したら死にかねない俺の魔術は、キラキラ笑顔で受けて立ったくせに。
森を破壊されるのは、嫌だったらしい。
「まあいい……とりあえず早く座れ」
魔術師は矛を収め、俺に今一度着席を促すと、さっさと座る。
なので俺も正座を解いて立ち上がり、魔術師の用意してくれた切り株型の椅子に腰をかけた。
……おお。
どっしりしていて、意外と座りやすい。
「……でだ。どこまで話したっけか」
……確か――
「転生は珍しくないって話です。
ただ、俺みたいに記憶を持っているのは初めてだと」
「そうだそうだ。お前みたいなタイプは初めてって話だな。
それで――」
魔術師が無感情で頷き、続けようとしたところで……俺はおずおずと手を挙げる。
「……うん? 何だ?」
「えっと、その話の前にそもそも聞きたいんですが――」
ごくりと唾を呑み込み、
「どうして、俺が異世界から転生した存在って分かったんですか?
トラ先生は当然の様に語ってますけど」
根本的な問いを魔術師に向ける。
少女は、戦う前から俺の状況を把握していた。
俺が転生者であることを前提として、話を進めていたのだ。
……何故、分かったのだろう? もしかして魔術か?
実験台にされかけていた先程とは、別の意味で胸が高鳴り始める。
そんな俺を、トラ先生は彫像の瞳で見つめると、
「悪いが、大仰な魔術とかではないぞ?
さっきのお前でも、やれていたことだぞ?」
呆気なく告げる。
……確かに。
先程の魔術戦において俺は、目の前の少女の黄金と白銀の魔力から、彼女の壮大な歴史を感じとっていたのだが――
「……もしかして、トラ先生のあの黄金と白銀の魔力って――」
「ああ、私の色――魂だ。
ただ、異世界出身の魂かどうかの判断は……経験だな。
存在に、なんとなく違和感があるんだ。
まあ、当然といえば当然だ。
元々、この世界になかった存在だからな。
……ああ、安心しろ。
別に異世界の魂だから、この世界で生き辛いとかはない。
異世界出身の魂持ちは、お前以外にもいるしな。
単に
……本当は、そのまま話を聞き続けたかったのだが。
聞き捨てならない単語――数字が出てきたので、確認する。
「あの……トラ先生。
トラ先生って、
腹をくくって尋ねる。
初対面で年齢を聞くのは失礼。
だが、気になるのも事実。
外見年齢は、俺と然程変わらない。
しかし、その魔力の濃く深い色合い。
それに厳めしい物言いと、今の数字から考えると――
「うん? 私の年齢か?」
魔術師は少し考えると、珍しく自信の無い口調で続ける。
「細かい年は忘れたが……1000はいかないんじゃないか?」
……1000はいかない。
となると、500歳以上1000歳未満?
壮大な年齢に、唖然とする。
……そりゃあ、魔力も魔術も俺のとは違うわけだ。
「とりあえず
どうでもいい話だ。
そして、お前はそんな私の長い人生の中でも、初めての事例なんだぞ?
少しくらい、研究させてもらっても良いだろうに」
「本当に興味深い」と、魔術師は嘗め回す様に1対の黄金を、こちらへと向ける。
「……記憶を維持して転生できる魔術って、ないんですか?」
「私の知る限り、そんな
……この1000歳弱の魔術師が知らないとなると――
この世界で俺が転生し、記憶を維持している理由を知る者なんて、いないのではないか。
そんな懸念が頭に過ぎる。
「……ではトラ先生にも、
藁にも縋る思いで、少女に尋ねる。
「残念ながら原因は分からん」
しかし、彼女から返って来るのは、飾りのない事実のみ。
……ああ。
答えとは言わずとも、手がかりくらいは得られるかもしれないと期待してしまった分、落胆もまた大きい。
「そうですか……」
肩を落とす。
しかし、
「
少女の言葉が、俺の暗い絶望に、仄かな明かりを灯す。
「本当ですか⁉」
「ああ。
昔『転生』の
……フェイ? 異世界転移者?
俺の中を疑問符が飛び交うのを、黄金と白銀の魔術師は、見逃さない。
「お前以外にも、異世界の転生者がいると言ったが、
お前たちの世界から、呼ばれる――召喚される者たちがな」
それって――
「異世界召喚……
「……ああ。
それで、呼び出された者たちが
その者たちを、転移者と呼んでいる」
トラ先生の表情は複雑だ。
懐古と慈愛。
その温かい感情の中に、
……約1000年。
前世を含めても、半世紀程度しか生きていない俺では、遥かな時の激流を生きてきた少女の気持ちは、計り知れない。
心嬉しい事ばかりではなく、艱難辛苦もきっと少なくなかったのだろう。
複雑な色合いの黄金の瞳が閉じられ、再び開いた時には元の無表情に戻る。
「……話が逸れたな。
転移者に限らないが、多くの転移者たちは
と言ったところで、トラ先生は再びピンと来てない俺の顔を見て、言葉を付け足す。
……なんだかんだ、面倒見のいい人だ。
「
その言葉は聞き覚えがある。
前世の創作作品やゲームにあった言葉だ。
生活や戦闘に役立つ能力。
覚えてしまえば、自動あるいは任意で発動され、時に努力の壁すら飛び越える超常の力のはずだが――
「ああ……その言葉は知っているようだな。
転移者は皆、
そんなスキルについて、さらりと言い捨てる少女に驚く。
……意外だ。
てっきりこの魔術大好きなトラ先生なら、スキル――
「先生は、
素朴な問いに、魔術師は渋面を作る。
「興味がないわけではないが……その力に溺れる者が多くてな。
あまり良い印象はないというのが、正しい。
この世界で
当然だ。本来なら努力を以って得られる力が、それを省いて手に入れられることすらあるのだから。
大きな力を持って生まれて、自制して生きられる者は少ない。
大抵は身勝手で、つまらない者に育つ。
……まあ、だからこそ努力を重ね、能力を制御できる者は愛しく思えるのだが。
もしかして、お前も実は持っていたりするのか?」
黄金の瞳が、ピタリと俺に固定される。
……俺の
パッと思いつくのは、魔術だろうか?
一瞬そんなことを考えて、首を振る。
魔術は、姉との研鑽から始まり、積み上げてきた力だ。
最初から、自由にあっさりと扱えたものではない。
……姉さんと、何度昏睡状態に陥ったことか。
「思いつきませんね……」
「となると、異世界転移者は与えられるが、異世界転生者は確実に得られるものではないのか。
それとも、ルングが特例で持っていないだけなのか。
いずれにせよ、法則が知りたいな」
魔術師はそう呟くと、わき道に逸れた話をまとめる。
「まあ……
個人的には、それしか言えないな」
コホン
少女は咳払いをして、話を引き戻す。
「そして、転移者の中にいたんだよ。
『転生』の
あの子自身も、よく分からない能力だと笑っていたよ」
昔馴染み
竹馬の友。
朋友。
水魚の交わり。
トラ先生の顔に、強く温かい感情が宿る。
こちらも思わず笑顔になってしまいそうな、幸せそうな顔だ。
おそらく、その『転生』スキル――
「あの子って人は、お友だちですか?」
「……ああ。本当に大切で、
無感情に近いと思っていた魔術師。
魔術のみに、感情が宿る魔術師。
その印象はすっかり崩れ、心からの親しみと慈愛が、少女に満ちていた。
一瞬だけ少女は俺に向けてその顔で微笑むと、次の瞬間、魔術師の顔に戻る。
「まあ、
その分野に詳しい者はいる。教師でも生徒でもな。
世界を探せば『転生』の能力を持つ者も、いるかもしれないぞ?」
尋ねたい事も、話したい事も、まだいくらでもあったのだが。
それらを差し置いて、心中に
「トラ先生、それって――」
「トラーシュ」
少女は俺を遮ると、
「トラーシュ・Z・ズィーヴェルヒンの名において、宣言する。
ルング、お前の魔術学校入学……大位クラスへの所属を認めよう。
……私にも未だお前の転生の真相はわからん。
だが、お前が望み、臨み、励むのなら、それもいずれ明らかになるだろう。
そしてその時には、私にも真実を教えろ」
俺の
……ああ、良かった。
これで魔術の勉強に、本格的に取り組むことができる。
家族や村――大切な人たちを守る力を得ることに、傾倒できる。
そして、この少女――トラーシュ・Z・ズィーヴェルヒン様のおかげで、新たな目標もできた。
そしてその人に協力を仰ぎ、俺がこの世界に誕生することになった理由を探すのだ。
合格の喜びと、新たな目標ができたことで、闘志が燃え上がる。
まだまだ、俺のこの世界の冒険は、始まったばかりなのだ。
……さてさて。
「トラーシュ先生」
「何だ、ルング」
大切な話も終えた所で――
……折角のこの機会だ。
「とりあえず、先生が先程使った魔術についての話をしましょう!
世界の魔力を使っていたのは見えましたけど……」
俺の言葉に、魔術師の魔力が輝く。
慣れてくると、これ程分かりやすい人もいないのかもしれない。
「それは無論構わないが、代わりに私もお前が使った魔術を教えてもらうぞ?
特にこの森を吹き飛ばした速度の魔術は――」
「ああ、あれはですね――」
話は盛り上がり、真面目な話をしていた時よりも、遥かに長い時間を過ごす。
12歳であろうと、約1000歳であろうと。
結局、魔術師は魔術への興味が第1にある生き物なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます