第102話 伝言相手の魔術師。

 少年あるいは少女。

 年齢は、12歳の俺と同じくらいだろうか。

 少し俺よりも小柄な体格。


 真っ白な長いローブに、長く滑らかな銀髪。

 陽光の反射で、森が白銀の輝きに照らされている。


「面接に来たんじゃないのか? お前は」


 性別不詳の落ち着き払った声色。

 待合室で俺を呼び出し、囁いた声だ。


 ……間違いない。


 この子――この人が、俺を呼び出した魔術師。

 それも、極めて強大な魔術師だ。


「おい、何か言え……」


 この魔術師から、目が離せない。

 理由は単純だ。


 他の追随を許さない魔力の輝き。


 それはまるで、地上に顕現した新たな太陽だ。

 

 全身が魔力に満ち満ちており、その質もまた極上。


 話す言葉どころか、呼気にすら魔力が込められているその姿から思い出されるのは――


 レーリン・フォン・アオスビルドゥング。

 俺たち姉弟の師匠にして、王宮魔術師。


 あの天才のあらゆる行動に、魔力が満ちていた理由はきっと――


 ……この人だ。


 直感的に確信する。

 師匠は、この強大な魔術師を模倣していたのだ。


 見れば見る程、確信が強まっていく。


 魔力の見方も流し方も扱い方も。

 全てが酷似している。


 ……おそらくだが。


 この模倣によって、更なる高みに行けるだろうと。

 師匠は、そう判断したに違いない。


 なにせ彼――あるいは彼女――の魔力の流れは、遠目でも泰然としていて美しいのだから。


 少しずつ魔術師に近づいていくと、次第にその顔が見えてくる。


 中性的な顔だ。


 ……おそらく少女だろうか?


 彫像の様に整った顔立ち。

 そしてその目には、髪色の銀と対になる黄金の輝きを湛えている。


「私の言葉を無視とは……姉弟・・揃って変わり者か?」


 無表情の顔が、物言いたげな表情へと歪む。


「すみません。魔力と森が綺麗で見惚れていました」


「……まあ、それならいい」


 少女――暫定だが――は軽く顔を背ける。


 ……照れているのだろうか。


 表情自体に変化がないので、全く分からない。


「姉弟って知ってるってことは……ひょっとして、あなたがトラ先生?」


 校内を案内した姉が、俺に言伝を頼んだ相手。

 それが、トラ先生だ。


 ……なんとなくだが。


 俺がトラ先生という人に必ず会うことを、姉は知っていたような気がする。


 だから半ば当てずっぽうで、言ってみたのだが――


「その呼び方……クーグルンだな?

 あの子は、のことについて何か言ってたか?」


 ……どうやら、正解だったらしい。


「いえ、貴女――トラ先生のことは何も。ただ、伝言がありまして」


「何て言ってた?」


「……『次は私が勝つ』だそうです」


 沈黙と共に、冷や汗が流れ落ちる。


 ……姉さん、こんな怪物相手になんて伝言を残すんだ。


 トラ先生がどんな人か知らない以上、いつ逆鱗に触れるかわからないのに。


 これから面接予定の弟を、どうしたいのだろう。

 殺す気か? 止めを刺したいのか?


 俺の心にあるのは、恐怖心だ。


 初対面でも分かる。分かってしまう・・・・・・・


 ……今の姉――師匠に匹敵するはずの姉でも、この人には勝てないだろう。


 そう断言できるくらいには、魔力の差が感じられる。


 ……そして、言うまでもなく。


 俺との差も圧倒的。

 ここで俺が失言でもしようものなら、一方的に虐殺されるに違いない。


 故の恐怖心だ。


 トラ先生はしかし、姉の宣戦布告とも取れる言葉に口元を僅かに解く。


「ここ10年程で、私にそんな口を利く魔術師は、お前の姉を含めても2人だ」


面白い・・・」と、暫定少女は無表情で呟く。


 ……大丈夫なようだ。


 安堵のままに口を開く。


「そんな命知らずが2人もいるんですね……せめて、姉だけは許してあげてください」


「……ちなみにもう1人はレーリンだ。お前の師なんだろう? ルング」


 再び顔を出す恐怖心。


 ……良くない流れだ。


 何故師弟関係を知っているのかと尋ねるのは、愚問だろう。


 姉のクーグルンから聞いたのかもしれないし、ひょっとするとこの魔術師自体、師匠と連絡を取り合っているのかもしれない。


 あるいは俺の魔力から、師匠に繋がる情報を読み取った可能性すらあり得る。


 ……それにしても。


 まさか身内に、命知らずが2人も居ようとは。

 彼女たちの自由奔放な行動の皺寄せは、1番の下っ端おれにくるのである。


 酷い。酷すぎる姉弟・師弟関係だ。

 こういうのは、どこに訴えたらいいのだろうか。


 思考の逃避に身を任せたくなるが、ここはとりあえず――


「いいえ、違います」


 俺の端的な答えうそに、魔術師はすぐさま応える。


「嘘を吐くな。魔力の動きでバレバレだぞ?

 それでどうだ……ルング。お前も私に挑んでみるか?」


 淡白かつ抑揚のない言葉に、圧はない。


 しかし、それこそが怖い。

 普通に話しているだけなのに、死線を彷徨っているような。

 地雷原を歩いているかのような、嫌な感じ。


「お断りします。俺はあの2人みたいな自信家ではないので」


 ……もし挑むとしても、まだずっと先。


 せめてあの姉と師匠かわりものたちを、倒せるようになってからにしたい。


 すると、少女――トラ先生は何故か驚く。


お前・・……珍しいな・・・・

 これまで私と出会ったヴィーション・・・・・・たちは、お前のいうところの自信家ばかりだったのだが」


 ……ヴィーション? 


 聞き覚えの無い、初めての単語だ。


「あの……ヴィーションとは何ですか?」


「そうか、これでは伝わらないのか。現代……今の言葉で言うとそうだな――」


 先生は少し考えた後、答えを口にする。


転生者・・・……つまり、生まれ変わりだな」 




 ……転生者・・・


 心臓が鷲掴みされるような感覚に襲われる。

 

 ……いや違うのだ。


 俺のような存在がいる以上、転生という概念があることは議論の余地もない。


 それは良い。

 理解している。


 だが――


お前の様な転生者・・・・・・・・……特に、異世界の転生者・・・・・・・は自信家が多いものなのだが」


 ……何故俺が転生者――それも異世界からの転生者だと知っている?


 少女の口調は確信があるかのように、揺るぎない。


 分からない。


 どうして言い切れる?

 断言できる?


「……ほおう?」


 魔術師は俺の表情かおを見て、初めて大きく表情を変える。


 笑顔だ。

 

 それも覚えのある類の笑顔だ。


 面白そうな魔術を見つけた時の姉。

 詠唱魔術を考えている時の師匠。


 つまり――


 ……研究対象を見つけた時の顔だ。


「面接だけで済ませようかとも思っていたが、気が変わった・・・・・・

 それにルング。お前も私に聞きたいことがありそうだな?」


「……ええ。今、俺も丁度トラ先生――貴女に用事ができました」


 魔術師の魔力の気配の変化と共に、穏やかだった森もまた表情を変える。

 不穏当にざわめく木々たち。


 ビリビリと肌に伝わる緊張感。


「良いだろう。お前の本気を見せてみろ。

 結果次第では、話をしてやってもいいぞ? 質問にも答えてやるかもなあ」


 ……やれやれ。


 結局こうなるのか。

 悲しいことだ。


「俺は平和主義なんですけどね……」


「そうか? 魔力と表情は・・・・・・真逆・・のように見えるが?」


 トラ先生は、間違いなく姉と師匠よりも、遥かに頂点に近い魔術師だろう。


 だがそれ以上に――この世界の深みにいる魔術師だ。

 

 俺の身に起きた現象。

 異世界転生・・・・・を、知っている魔術師・・・・・・・・


 ……見つけた。


 俺が異世界ここ転生したいること。

 それを把握しているかもしれない相手に。


 遂に出会えたのだ。


 身体が震える。


 この感情は歓喜。

 心からの喜びと嬉しさだ。


 俺の心は今、歓天喜地に打ち震えている。 


 ガサッ


 故に俺は、話していた場から即座に飛び退き、距離を取る。


 互いに既に臨戦態勢だ。

 開始の合図はいらないと、膨大な魔力が語っている。


 ……ここでどれだけ、この魔術師相手に踏み込めるか。

 

 それが俺の今後を、大きく左右するような。

 漠然とした、しかし確信めいた予感がある。


 ……初手で決める! 


「『炎の剣よ、敵を討てフラヴィアーシュン』」


 森への損害ダメージを配慮する余裕はない。


 今はただ……全霊を以って攻めるのみ!


 顕現した燃え盛る大剣が、恐るべき速度で魔術師に斬り込む。

 爆炎と煙で、魔術師の姿が見えなくなるが――


 ……油断はしない。


 未だにあの強大な魔術師は、異常な魔力を維持している。


 ……畳み掛ける!


「『炎の矢よ、敵を穿てフラプシースン』」


 視界全てを燃やし尽くす数多の矢の一斉掃射。


 そして――


「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」


 3つの火属性中級魔術による、間断なき攻撃。


 最後に放った大木ほどもある炎の槍が、先程魔術師の立っていた場所を貫く。


 ……どうだ?


 しかし――


そうじゃないだろう・・・・・・・・・? お前の本気は」


「何⁉」


 直撃したはずの巨槍が消える・・・・・・

 

 いや、それだけではない。


 中級魔術によって生じた炎と煙も、木々の燃える音すらも全て夢幻のように消えていた。


 そして、その先には――


「ちゃんと本気を見せろ。でないと何も教えんぞ?」


 不敵な笑みを浮かべて、俺の知る限り最強の魔術師は佇んでいたのであった。

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