第101話 数多の未知の魔術。
「――グ」
ビク
「む?」
……何か物音が聞こえた気がする。
魔術製の振り子から顔を上げると――
「誰もいない……いつの間に?」
この部屋――待合室にいたはずの貴族の子息令嬢たちが、全員いなくなっていた。
どうやら結構な時間、集中していたらしい。
「俺が最後なのか……平民いじめか?」
魔術学校は魔術が全て。
てっきりそう思っていたのだが、ひょっとすると立場の上下関係等はあるのかもしれない。
……まあ、それはそれで人脈の作り甲斐はあるか。
学校生活での言葉遣いは、精々気を付けるとしよう。
そう考え直して、再び振り子の改良に着手しようとして――
「ルング……アンファング村のルング。
平民も貴族も違いなどない。だから面接を受けに早く来い」
「む⁉」
呼び出される。
若干の矛盾を含んだ表現だが、そうとしかいえない声だった。
語り口は滔々としているにも関わらず、音量だけを間違えてしまったみたいな。
……そしてそれ以前に。
俺の呟き――平民いじめ発言が聞こえているのは、どういうことだ?
声のした出入り口と、俺のいる席では距離があるのに。
……魔術か?
思わず立ち上がろうとして――
「……危ない危ない」
手元に残っていた、水と火の振り子の存在を思い出す。
金属球の重さと、それによってピンと張った糸。
水の魔術で創り上げたそれは、実際の質感を感じさせる程の存在感を示している。
それに対して、結局火の振り子は、姉レベルのものは作れなかった。
……悔しい。
悔しくて仕方ないが、一応上達はしている。
妥協はできるレベル。
そのはずだ。
それにこの短時間でここまで上達できたのなら、十分なはず。
きっと……多分……まあ……良いということにして。
……とりあえず今は、呼び声に従おう。
振り子の魔術の完成は、この試験を乗り切ってからだ。
自身にそう言い聞かせて、2つの振り子を消し、出入り口の扉に向かう。
……それにしても――
俺を呼び出した声は、不思議な声色だった。
少年の様にも、少女の様にも聞こえる声の高さ。
しかし、幼子のような声でありながら、その口調は落ち着いた老人のようでもあった。
……どんな人が呼び出したのだろう。
少し気になる。
何より、
その人に思いを馳せながら、出入り口の扉を開ける。
ガチャリ
外気と共に、微かな魔力が室内に入って来て――
「……誰もいない?」
声の持ち主が扉の前にいるはずという、俺の思い込みは見事に外れる。
俺を迎えたのは薄暗い廊下と、大気に漂う魔力。
「気のせいだったのか?」
確かに俺は、不思議な声に早く来いと促された気がしたのだが。
ひょっとすると、入学試験の緊張感が聞かせた幻聴だったのかもしれない。
……やはり落ち着くのが重要だな。
魔術の成否も、心の在り方で変わって来るのだから。
息を深く吸って吐く。
「⁉」
直後に生じたのは、魔力の微細な変化だ。
そして次の瞬間――
「ふふふ……こっちだ」
何の気配もなかったはずの廊下。
それも
がばっ
驚きと共に、声のした方向を向くが……誰もいない。
あったのは、魔力の動きだけだ。
「……面白い」
魔力の動きと囁き声。
声の主は未だ見えないが――
……この不思議な現象は、魔術で引き起こされている。
そう考えていいだろう。
風の魔術で単純に声を届けているのか。
それとも、音を別のものに置き換えて、対象に届ける様な魔術があるのか。
……確か電話は、音を電気信号に置き換えていたはずだが。
魔術で、似たような仕組みを再現している可能性も十分あり得る。
……さて、それはそれとして。
「……綺麗な魔力だ」
振り向いた先。
そこには、魔力による見事なグラデーションが広がっていた。
魔力の濃淡の変化。
俺から離れれば離れる程、魔力の白光が色濃く廊下を飾り付けているのだ。
その結果、廊下の最奥には、異常な輝きが満ちている。
……とりあえず――
「魔力の濃い場所を目指すか」
「こっちだ」と言われたし。
……何より、面白そうだし。
好奇心を燃料に、俺は歩き始めた。
「ここか……?」
導かれるように、最も魔力の濃い場所――魔力発生の中心地となっている部屋を見つける。
……室内で、大規模魔術でも使っているのか?
それとも、別の理由があるのだろうか。
……分からないが、とりあえず。
十中八九間違いなく、面白い魔術が扱われているであろう部屋。
その部屋の、金属製と思われるドアハンドルに、ゆっくりと触れる。
……よし。
異常に熱かったり、冷たかったりということはない。
次にハンドルの付いている、両開きの扉を観察する。
ペタペタ
材質は木材で、こちらも変わったところはなさそうだ。
「よし」
であれば次はいよいよ、本番の室内。
カチャ
胸を弾ませながら、静かに扉を開けると――
「なんだ……これ」
驚愕に目を見開く。
先程の待合室の様な部屋ではなかった、という意味ではない。
何もない部屋、という意味でもない。
扉の先は
それも、
生命の息吹に溢れた森と、繋がっていたのである。
太陽は燦々と輝き、爽やかな風と木の葉の匂いが、嫌でも屋外であることを主張していた。
……どうなっている?
数歩下がって、周囲を見回す。
魔術学校の校舎に廊下。
徒歩で散策してきた場所だ。
靴で踏みしめるのも、石材か何かで出来た硬質な床。
そして俺の開けた扉は、
つまり、この扉が屋外に繋がっているのは、おかしいことになる。
しかし何度見返しても、部屋の
そして、木々全てを覆うかのような
……幻覚か?
扉の枠を潜り、恐る恐る森に踏み込む。
カサリ
……やっぱり森だ。
1歩1歩に硬さはなく。
土と草の葉の感触が、靴裏を介して俺に訴えかける。
「これは現実だ」と。
……そういえば。
疑問と共に振り向く。
……両開きの扉は、
しかし、振り向いた先には――
「
あったのは森と、その風景の
……分からないことだらけだ。
この加工されたような光景も。
声の魔術も。
溢れ出る魔力も。
扉の先の森も
何が起きているのか。
どんな魔術が使われているのか、さっぱり分からない。
……少なくとも、基本4属性の魔術ではない。
明らかに特殊属性魔術の
この森はどこだ?
空間を移動したのか?
それとも、この空間自体を室内に魔術で作ったのか?
未知の魔術に、
……
楽し過ぎるぞ、魔術学校。
そのままここに、住んでしまいたいくらいだ。
すると背後――森の更に内部から声がかけられる。
「小僧、いつまでそうしているつもりだ?」
先程聞いた声。
年齢も性別も不詳の謎の声。
しかし今回は、魔術で届けたものではなく肉声だ。
扉から再び森に視線を移すとそこには……1人の子どもが立っていた。
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