第100話 姉のクラス説明。

 コツコツコツ


 静かな建物の中に、3つの足音が響く。


「ルンちゃんは大位クラスだっけ?」


 先頭を歩くのは、久しぶりに会った姉だ。


 軽やかな足取り。

 黒いローブからすらりと伸びる長い脚は、薄暗い廊下の中にあって白く輝き、軽快にステップを踏んでいる。


「ああ。姉さんも手紙で言ってたろう? 『大位クラスは面白いよ』って。

 どんな研究をしてるかまでは、教えてくれなかったが……」


「仕方ないでしょ? 守秘義務があるんだから!

 お姉ちゃんはそのあたり、成長したのです」 


 少女は、ムフンと誇らしげに胸を張る。


 外見の成長は分かりやすいが、中身はそんなに変わっているだろうか?

 議論の余地が残る。


「アン様は?」


 姉は初対面らしいアンスにも、物怖じせず話しかける。


「え、えっと、高位クラスです」


「そうなんだ。高位クラスも楽しそうだよねえ」


 姉は穏やかに、人好きしそうな笑顔を浮かべている。


 しかし、アンスは相変わらず緊張した面持ちを崩さない。 


「……そういえば姉さん。

 大位クラスと高位クラスって、何が違うんだ?」


 ……魔術さえ学べれば何でもいい。


 そんな考えと師の「貴方は絶対に大位クラスですよ。絶対」という(強制的)薦めにより、大位クラスを選んだのだが、よくよく考えれば違いが分からない。


 ……まあ、しかし。


 中位クラス、高位クラス、大位クラス。


 という並びでクラス分けがされているあたり、予想がつかない・・・・・・・わけではないが・・・・・・・


「うーん、詳しい説明は受かった後にあるだろうけど……ざっくり言うと自由度の差かな?」


 姉はくるくると回りながらも、歩を進める速度は緩めない。


大位クラスは・・・・・・自由度が高い・・・・・・の。

 授業もある程度自由に選択できて、自分の好みで時間割を組めるかな?

 ただやりたい事がないと、宙ぶらりんになっちゃう感じ?」


 ぶらーんぶらーん


 姉は人差し指と親指で、何かを摘まむ様な仕草をすると、そこから糸状のが垂れていき、その先端に重そうな火の球体・・・・・・・・が形成される。


 火で作られた振り子・・・・・・・・・

 摘まんでいる火糸ひいとは、姉が手首を回すと、大きく左右に揺れる。


 ……素晴らしい。


「す、すごい……」


 アンスが姉の魔術に息を呑む。


 威力や派手さのない無詠唱魔術。

 しかし、圧倒的な想像力と制御能力に裏打ちされた魔術だ。


 繊細さを極めた魔術は美しい。

 振り子の滑らかな動作は、高火力の魔術以上に俺たちの目を奪う。


 ……手首の動きに合わせて、火の動きを制御しているのか?


 それとも、触れる火・・・・や、質量をもつ火・・・・・・でも生成できるようになったのか。


 いずれであっても、圧倒的な技量を少女が秘めていることは明白だ。


 ……今日は最高の日だな。


 ポツリと思う。


 なにせ姉に会えただけでなく、沢山の魔術に出会えた。


 空を覆うカラフルな魔術師たち。

 町で展開されていた、多種多様の魔法円。


 先程、空から落ちて来た時の姉の魔術もすごかった。


 飛び込んできたはずなのに、姉が消えてしまったかのような感触。


 おそらくこの後も、更なる魔術に触れることになるだろう。


 町の全てに魔術があって、魔術のために町がある。

 魔術特区という名は、伊達ではない。


 ふっ


「あっ」


 もう少し観察したかったのに、火の振り子が消される。


 ……残念だ。


 そんな俺を見て、姉はコロコロと笑いながら話を続けた。


「高位クラスは、大位クラスと比べて自由度は少ないかな。

 時間割が基本的に決まっていて、それに希望の授業を後付けしてくって感じ?


 中位クラスはそれがもっと、厳密に決まってる感じだね。


 どっちも自由行動はし難いけど、大位クラスウチとは違って連帯感があるかな。

 授業が指定だから、人間関係も自然にできることが多いみたい」


 他の魔術が見られるかと期待したが、何も起こらない。


 ……期待させておいて。


 思わせぶりな姉さんだ。


 そして姉の話から考えるに、やはり・・・魔術学校のクラスは、前世の学校制度と対応しているらしい。


 中位と高位は、中学と高校。

 そして大位は、大学。


 中学・高校の時間割の定められたクラス制度。

 大学の講義選択が可能な単位制度。


 魔術学校は、その形式を見事に踏襲しているらしい。


「それなら、貴族とのコネじんみゃくを作るなら、中位・高位クラスの方が良いのか?」


 ……大学形式は自由な分、積極的に動かなければ人脈を作れない。


 それに対して、中高の形式は良くも悪くも人間関係が定められている以上、人との繋がりを作りやすいのだ。


 ……更に言ってしまえば。


 前世との大きな違いがある。

 魔術学校ここにいるのは貴族の子息おぼっちゃん令嬢おじょうちゃんばかりという点だ。


 将来がほぼ約束された子どもきぞくたち。

 それを考えると、人脈を作っておいて損はないはず。


 そんな俺の価値観を、勿論姉は承知している。


「ルンちゃん、安心して。

 大位クラスは、高位クラスや中・・・・・・・・位クラスの授・・・・・・業も選択できる・・・・・・・から、もしそういう繋がりコネが作りたければ、作れるよ?」


 ……ほう?


 これは、前世の学校制度よりも良いかもしれない。


 つまり大位クラスだとしても、望むなら人脈作りも可能だし、中位クラスや高位クラスの学び直し・・・・すら可能だということなのだから。


「それなら良かった」


「いや、貴族の立場としてはそんな話、看過できないんですけど……」


「「まあまあ、アンスアンさま。落ち着いて」」


 俺たちに苦言を呈するアンスを宥める。


「似た者姉弟なんですね……」


 そんな途方に暮れるアンスは置いておくとして――


「姉さん、今の魔術をもう1度見せてくれ」


 今、最も気になることについて言及する。


「試験内容じゃないんだね?」


「あっ」

 

 間抜けなことに、目の前の魔術エサに気を取られて、面接のことをすっかり忘れていた。


「姉さん、今の無し。両方教えてくれ」


「ごめんね、ルンちゃん」


「ダメか? 守秘義務とか?」


「うーん、魔術の方は教えても良いんだけど、そうじゃなくて――」


 そこでようやく気が付く。

 淀みなく進んでいた姉の歩みが、止まっていたのだ。


 少女は細い指先でとある扉を示すと、


「もう着いちゃった」


 てへっと、可愛らしく報告したのであった。




「それじゃあ、ルンちゃん、アン様。またね!」


「は、はい」


「……試験を無視して、魔術を教えてくれても――」


「だーめ」


 姉は指先で可愛らしくバツを作ると、来た時同様、颯爽と去ろうとして――


「あっ、そうだった!」


 キュイ


 立ち止まって振り向く。


「どうした……姉さん? やっぱり俺に魔術を教えてくれるのか?」


「別属性ならアレくらい、もうできるでしょ?」


 そう言うと姉は俺たち・・・を激励する。


「ルンちゃん、アン様! 2人とも頑張ってね! 応援してるよ!


 それとルンちゃんは、トラ先生・・・・に伝言よろしく!

『今度は、私が勝ちますからって』」


「じゃあ、よろしくね!」と少女は微笑むと、大きく手を振り、嵐のように去って行った。




「なあ……アンス。姉さんのあの言葉ってどういう意味だと思う?」


 慎重に火の振り子を制御しながら、隣の席に座る少年に尋ねる。


 ……やはり難しい。


 そもそも、姉の生み出した振り子と比べて、明らかに俺のそれの質が低い。


 手をゆっくり振る。


 それに対して、ワンテンポ遅れて・・・・・・・・火の振り子が揺れる。


 姉にはこの時間差タイムラグがなかった。


 ……水なら簡単なのに。


 空いた手で、水の振り子を再現する。

 

 糸の細さに、質量を感じさせる美しい球体。

 隣の火の振り子とは、明らかに造りが違う。


 同時に軽く振ると、自然に揺れる水に対して、やはり遅れる火。


「そのまま受け取るなら、伝言してってことだと思うけど……。

 トラ先生って、誰なんだろうね?」


 姉の言葉に、アンスもまた謎があったらしい。


 ……トラ先生という人の話も気になるが。


 個人的には、それ以上に伝言内容が衝撃的だった。


今度は・・・私が勝つ」


 この内容が意味するのはつまり……あの姉・・・が負けたということ。

 師匠おうきゅうまじゅつしに匹敵すると感じた姉ですら、及ばない相手がいるということである。


 ……ああ、来て良かった。


 まだ合格したわけでも、入学したわけでもないのに、心からそう思う。


 ……姉さんすら超える存在。

 

 その存在なら、俺の疑問に答えてくれるかもしれない。


 俺が転生した理由と、その手段。

 まだ、糸口すら見つけられていないその謎の答えを、持っているかも。


「うわあ、君は本当に分かりやすいな……」


「何のことだ?」


 俺の顔を見ている紅の友人は、「いいや、なんでもないよ」と更に続ける。


「それにしても……周囲まわりは気にならないのかい?

 どうして君は、そんなに落ち着いていられるのさ」


 友人の発言に、周囲を見回す。

 視界にまず入ったのは、下方――斜め下方向にある大黒板。

 その黒板を正面として、段状に並んでいる長机と椅子。


 前世の教場――大学に多かった講義室に、よく似た空間である。


 姉が案内してくれた扉。

 その内部が、この部屋であった。


「落ち着く? 俺は今焦っているぞ?」


 ……入学試験が始まる前に、姉の披露した火の魔術を再現する。


 そんな目標を達成しようと試行錯誤しているのだが、糸口が見つからない。


「……とりあえず、君と私の価値観が大きく違うことは理解したよ」


 やれやれと首を振るアンス。


 試験前だというのに、既に疲れている様子だ。


「アンス、寝不足か? 治癒魔術でもかけようか?」


「いや、気疲れだから。

 そして気疲れの原因の君がその提案をするのは、おかしいと思わない?」


「何だ? 俺が何したっていうんだ?」


「何したって……どうして君は・・・・・・待合室で魔術を・・・・・・・使ってるのさ・・・・・・

 おかげで注目の的じゃないか!」


 この友人こそ何を言っているんだろうか。


「アンス。皆が注目しているのは、君のせいだろう?

 公爵家嫡男なんて、高貴な立場の人が居たら、誰でもそうなる。

 人のせいにするのは良くないぞ」


 姉の案内してくれたこの部屋は待合室。

 

 入学試験の、順番待ちをするための部屋だったのだ。


 そして入室の際、アンスは注目を集めていた。

 なんなら試験前だというのに、アンスに挨拶しに来た子息令嬢がいたぐらいだ。


「まあ、それは一理あるよ……それは認めよう。

 でもそんな耳目を集める私の隣で、一心不乱に魔術で遊んでいる人がいたら、余計に注目が集まると思わないかな?」


 ……確かに。

 

 よくよく見回すと、俺以外に魔術で遊んでいる者はいない。

 確かに、この中で魔術を扱っていては目立つかもしれない。


「……それはそうだな。悪かった」


 ……それじゃあ謝ったし、改めて実験を――


「何でまだ続けようとしてるんだ君は⁉」


「何でって……仕方ないだろう。

 このままだと、試験に集中できない」


「あのさあ――」


 そんなやり取りをしている間にも、部屋の中から1人ずつ呼び出され、退出していく。



 そして遂に――


「アンスカイト・フォン・アオスビルドゥング」


 アンスの番になった。


「じゃあ、ルング。行ってくるよ。

 とりあえず、他の人に迷惑だけはかけないようにね」


「ああ、任せろ。そっちもさっさと受かってこい」


「姉上と同じこと言わないでよ」


 周囲の視線を一身に受けながら、少年は教室から退出していく。


「……さてと」


 口うるさいアンスも行ってしまったことだし、再び実験に戻るとするか。


 ……結果的に。


 俺が呼び出されたのは、室内に他の人影が無くなってからのことだった。

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