第99話 魔術学校。
アンファング村を出発した俺たちは――
「それじゃあ、ルング君とリッチェン君、当分の間、よろしくね」
「……リッチェン、気を付けろ。下手したら処刑だ」
「よ、よろしくお願いしますですわ!」
「よろしくお願いします」
「……よろしくね。
ところでルング君? ちょっと話し合おうか」
入学まで泊めてくれるという公爵様と、そんな微笑ましいやり取りをして、お世話になること3日。
……いよいよ待ちに待った入学試験の日となった。
「では……父上、母上。行ってきます!」
「行ってきますわ、公爵様! 奥様!」
快活に挨拶している2人に続く。
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張ってきなさい」
「3人とも、怪我はしないように気を付けてね」
各々を眺める夫妻の表情は、緊張を和らげるためなのかいつも以上に優しい。
そして、そんな俺たちに同行し、案内係を務めるのは――
「あと、レーリン。ちゃんと案内しなかったら、どうなるか分かっているだろうね?」
「レーリン? 受験生の邪魔をしてはダメよ?」
「も、もちろん分かってますよ。私を何だと思っているんですか!」
悲しいくらい、両親からの信用がない我らが師匠。
王宮魔術師にして、アンスの姉のレーリン様だ。
……まあ。
案内係とはいっても、学校には馬車で送ってもらえるらしいので、本来なら必要ない。
これは公爵様たちの、
俺とアンスは、クラスは違えども、同じ魔術学校を受験する。
だが、リッチェンはたった1人。
土地勘もなく、1人で騎士学校を受験する少女へのせめてもの気遣いが、師匠の同行ということらしい。
しかし――
「……ふう。助かったな、アンス」
馬車の中で、正面に座るアンスに顔を近づけ、小声で話しかける。
「うん? 何がだい?」
……何がって?
チラリと一瞬だけ王宮魔術師を盗み見る。
「
「ああ……それはそうかも」
アンスも小声で賛成する。
レーリン・フォン・アオスビルドゥング――師匠は魔術師として優秀だ。
魔力制御能力、魔法円の構築力、現象の創造力。
魔術を扱うのに必要とされる能力を、全て備えているといっても過言ではない。
だが、その代償として――
「姉上は、常識がないからね」
そうなのだ。
魔術に傾倒した結果の欠落。
人としての倫理観等、欠けている部分が多いのだ。
「何もないならいいが……魔術学校の誰かと因縁があってもおかしくないもんな」
……主に教師とか。
入学試験という人生の一大事の前に、師匠の尻拭いなどやってられない。
「うーん……姉上に付けられ
「2人とも? 何か言いたい事でも?」
聞こえないように声を抑えたにも関わらず、鋭い一言を突き刺す師匠。
火の魔術師のくせに、場の空気を凍らせる。
「「……いいえ、ありません。美人の
「……それはそれで、わざとらしくて癪にさわりますが、まあ良いでしょう」
口ではそんなことを言いながらも、猜疑心は決して収まっていない。
師の鋭い目は、俺たちの一挙手一投足を見据えている。
……蛇に睨まれた蛙。
そんな言葉が脳裏を過ぎった時――車内の空気が変わる。
……いや、違う。
正確には、少しずつ変わっていたのだ。
ただ、師が怖くて気付けなかっただけで。
「ルング! 凄いですわよ!」
「見てみなさいな」と、服の袖を引くリッチェンに釣られて外――空を見ると、
ローブだ。
色とりどりのローブを着た魔術師が、編成を組んで大空を飛んでいるのだ。
魔術師たちは空中でぎゅっと塊になると、一斉に花火のように弾けて、各方位に向けて飛んで行く。
「……壮観だな」
「ええ……綺麗ですわね」
飛んで行く魔術師を目で追っていくと、広がる街並みの至る所で魔法円が展開されているのが見える。
アンファング村よりも、大気の魔力が濃い。
町全体が、濃厚な魔力で満ちているのだ。
アオスビルドゥング公爵領中心都市――教育都市アオス。
その中にある魔術特区ヴェルヒンに、俺たちは足を踏み入れたらしい。
敷き詰められて道を作っている石畳も、木やレンガ、石材といった素材で作られている建造物の数々も、それらに囲まれて歩いている人々も。
全てが魔力の美しさに輝き、至る所で魔術が扱われている。
「ホント、姉弟ですねえ」
師匠は俺を見て、しみじみ呟く。
「……何がですか?」
「クーグも、丁度3年前に似たような表情をしてたなと思いまして」
……そうか、姉さんも。
同じようにこの光景を見て、感動していたのか。
ありありと目を輝かせる姉の姿が、容易に想像できる。
……きっと今の俺も、同じ表情をしているのだろう。
美しい街並みに目を奪われていると、
「……あれは」
「うん? 何ですの……うわ! 大きいですわね!」
その大きさにも目を瞠るが、それ以上に。
魔術都市の中にあって、
白塗りの尖塔を持つ建物がいくつも並び、遠景でようやく視界に収まる規模の広さ。
「お待たせしましたね」
師匠の言葉を待たずとも、どんな場所か分かるくらい、魔術に満ちている場所。
「あれが貴方たちの学び舎になる、マギザライ魔術学校です」
魔術学校――正式名称マギザライ魔術学校。
魔術特区ヴェルヒンの中心部に位置する、魔術師を育成する場であり、俺たちがこれから受験する学校だ。
「それでは、2人ともさっさと合格してくださいね。
なにせ私の教え子なわけですから、余裕ですよね?」
「ルング、アンス様、ファイトですの!」
「了解です、師匠。リッチェン、そっちもかましてこい」
「姉上、そんな無茶を……。リッチェンさんは頑張ってね」
建物付近で俺たちを下ろすと、馬車に乗った2人はそう言い残して去って行った。
これから彼女らは、隣の地域――騎士特区にある騎士学校に向かうはずだ。
……リッチェンの健闘を祈る。
主に、
キョロキョロと、落ち着きなく周囲を見ているアンスに尋ねる。
「……それで、建物の中に入っていいんだよな?」
「そうだけど、姉上が人を手配するって言ってたような……」
「うーんと」と、師匠の手配した人とやらを探すアンスに、疑問符が浮かぶ。
……師匠は以前言っていた。
具体的には、アンファング村に魔術師を派遣してもらう時に。
「王宮魔術師は、人をどうにかできるわけではない」と。
そんな師匠が、人を手配することなど可能なのか?
そんな人徳が、あの王宮魔術師にあったのだろうか?
「⁉」
そんなことを考えていると、濃密な魔力を感じて動きを止める。
……どこだ?
殊更にその魔力を、誇示しているわけではない。
放出している魔力自体は、魔術師とは思えない程小さいのだ。
……しかし、それでも分かる。
鍛錬され、精錬された魔力。
世界を塗りつぶすような、重苦しい魔力。
今日感じた中で、唯一
「……上か⁉」
俺が気付くと同時に、
「
「『
即座に魔法円を展開する。
向きは上向だ。
少女の落下速度を和らげるために、魔術を発動する。
詠唱魔術による風で、ほんの少し少女の勢いを落とし、華奢な体を身体強化魔術で受け止める。
……衝撃がない。
受け止める際に生じるはずの衝撃が、腕には一切感じられなかった。
どうやら少女は、
風に靡く茶色の髪。
全てを吸い込む様な、黒の瞳。
整った顔立ちから漏れ出るのは、
華やかな少女が、にぱっと俺の腕の中で
「ルンちゃん、久しぶりだね!」
……まったく。
「……
師匠に手配された人こと姉――クーグルンが、隕石の様に降ってきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます