第98話 少年と少女の旅立ち。
家族やリッチェン、師匠にアンス。
村の子どもや大人たちと、入学試験前の数週間を過ごす。
普段ならただの日常だ。
畑の世話をして、
リッチェンたちと協力して魔物を倒して。
時間は平等にそして当然ながら、過ぎていく。
そうしていよいよ――
俺とリッチェンが村を
中央広場で子どもたちに囲まれながら、派遣されている魔術師の先生たちや騎士への挨拶を終えると、
「リッチェン! 本当に大きくなって!」
「もう……泣かないで欲しいですの。お父様」
そんな声が聞こえてきた。
村長とリッチェンの親子だ。
村民たちに囲まれたど真ん中で、村長が娘のリッチェンを強く抱きしめながら、号泣している。
村長はいつも通りの巨躯。
熊の様に太い腕で、華奢な少女を抱きしめている。
リッチェンもまた、いつも通りのドレス姿に剣と銅貨のネックレス。
騎士姫といった様相だったはずだが、大柄の村長によって抱きしめられ、どうにか顔だけが出ている状態だ。
少女は「恥ずかしいですの」と顔を赤らめているが、満更でもなさそうである。
抱きしめられて置き所を失った両腕が、少し空を掴んだ後、村長を抱きしめ返す。
訓練の時は厳しくとも、やはり仲の良い親子。
微笑ましいやり取りだ。
そんな親子の心温まる光景に和んでいると――
「おい、ルング。羨ましいのか?」
野性的で揶揄するような台詞が、背後からかけられる。
しかし、その声色は温かみに溢れていた。
「……父さん」
振り向くと、そこに居たのは父――ツーリンダー。
そしてその傍らには――
「ルンちゃん、リっちゃんが羨ましいの?」
母のゾーレも笑顔で寄り添っている。
見慣れたいつも通りの光景。
俺の日常の象徴である2人。
この世界に生まれて約12年。
見続けてきた2人だ。
……そのはずなのに、何故だろうか。
今日の2人は普段よりも眩しく見える。
「母さん」
母の茶化す言葉もまた平常通り。
両親共に柔らかい笑顔を浮かべているあたり、おそらく俺のいつもの憎まれ口を待っているのだろう。
……しかし残念ながら。
ニヤリと口元を歪め、両親に言い放つ。
「羨ましいと言ったら、2人とも抱きしめてくれるのか?」
言って両腕を広げると――
ピタリ
2対の目――美しい茶と黒の目が、まん丸になる。
……少し、恥ずかしい。
自分で言っておいて、こそばゆい。
居心地が悪い。
早く何か
照れ臭くて、目を伏せると――
がば
筋肉質で引き締まった腕と、華奢で柔らかな腕によって、抱きしめられる。
「……冗談だったのに」
力強い。
苦しくて、少し痛くて、しょっぱくて、温かくて、嬉しい。
「バーカ。お前がどう思ってるかなんて、すぐわかるんだぞ?
父親と母親を舐めんじゃねえよ」
「そうよ、ルンちゃん。
貴方が生まれてから、ずっと見てきたんだから。バレバレよ?」
何かを堪えるように、両親の声は湿り気を帯びている。
……そうか。バレているものか。
正面から抱きしめられたはずなのに、両親の顔は
……だが。
両親を抱きしめ返すために、目一杯伸ばした腕からは、彼らの嗚咽が伝わってくる。
……そんなことが、無性に嬉しい。
「父さん、母さん、これまで俺を育ててくれて……ありがとう」
ポロリと心から零れた言葉に、2人の抱擁が強くなる。
その腕の力強さに、ふと
俺よりも先にいなくなった両親。
彼らに子どもの頃抱きしめられた記憶。
……俺は幸せ者だ。
素直にそう思える。
しかし
「ホント頭は良いのに残念だな。違うだろ? 礼を言うのは……俺たちの方だぜ」
「私たちの所に生まれて来てくれてありがとう、ルンちゃん」
感謝の言葉の温かさと、チクリと胸に刺さる
前世の両親とは、こんな話できなかった。
俺が
俺が両親にできたのは、ただ見送ることだけだったのだ。
……旅立つときに、
俺はあの両親に、感謝されるような子どもで在れたのだろうか。
残念ながら、自信はない。
今の両親の温かい腕の中で、胸に残ったこの細かい棘を忘れないでおこうと。
柄にもなく、そんなことを思った。
「じゃあ、そろそろ行きますわね?
なのでお父様! 離してくださいな!」
「リッチェン、本当に行くのか⁉」と泣き喚く村長を引きはがし、目元と鼻が真っ赤なリッチェンと共に馬車へと乗り込む。
馬車の窓から2人で顔を出すと、村長を慰めていた両親と目が合った。
「ルング、クーグルンとリッチェンを頼んだぜ!」
「ああ。任せておけ」
「リっちゃんも、ルンちゃんとクーちゃんをよろしくね!」
「勿論ですわ! 私がルングを育てますの!」
隣で踏ん反り返る友人の言葉を訂正する。
「……逆だ。俺がリッチェンを立派な淑女に育ててやる」
「ルング……貴方、淑女って言葉の意味わかっていますの?」
「無論だ」
「うふふふ、仲良しねえ」
アンファング村最後の、いつも通りのやり取りをしていると、
「そろそろお時間なので、出しますよ」
いよいよ出立の時間になったようだ。
御者から声がかかり、車輪の回る音が響く。
すると、車体が少しずつ進み始めた。
ガタ
ゆっくりと。
しかし確かに、故郷の村から離れていく馬車。
俺たちのいつもが遠ざかっていく。
するとリッチェンが、窓から顔を出したまま宣言した。
「皆! 私、立派な騎士になって帰ってきますわ!」
姉もしていた、将来の宣言。
騎士を目指す少女のとびきりの笑顔が、アンファング村を強く照らす。
そんな少女に見惚れていると、彼女は結ばれた赤毛を1度振って、
「ルング! 貴方も言いなさいな!」
俺の言葉を促す。
……仕方ないな。
大きく息を吸い、肺に空気を取り込むと、大声で俺も宣言する。
「立派な魔術師になって、がっぽり稼いで、アンファング村を買い取るからな!」
「何てこと宣言してますの⁉ 村長の座をお父様から奪う気ですの⁉」
ガタガタと、馬車内部で起きる掴み合い。
揺れの激しくなる馬車。
そんな楽し気な馬車に、村の皆からの声が届く。
「ルング、村長の座は渡さないからな! じゃあ、皆いくぞ? せーの!」
「「「いってらっしゃーい!」」」
その声に俺たちは顔を見合わせて、笑顔で応える。
「「いってきます!」」
こうして。
俺とリッチェンは、新天地に向けて旅立ったのであった。
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