第97話 友人が村にいる理由。
「姉上、すみま――」
「師匠、遊んでいないです。
魔術学校の入学試験に備えて、開発した魔術の起動実験をしていただけです」
素直に謝罪するアンスを遮り、今思いついた言い訳を述べるが――
「起動実験は私と一緒にしたでしょう?
今は、開発した軌道調整魔術の、報告書を作成する段階のはずです。
それに前にも言いましたが、入学試験に特別な準備は必要ありません」
全て封殺される。
「……じゃあ、どうしてアンスがアンファング村に長期滞在しているんですか?
やっぱり入学試験に備えて、特訓するためじゃないんですか?」
2年前の公爵様への陳情を切っ掛けに、俺の生活には多少の変化があった。
まず、
最初は毎週1泊2日の滞在から彼らのアンファング村生活が始まり、少しずつその期間は増え、今ではほぼ常駐している状態だ。
ちなみに教導園の魔術の先生は、常駐している魔術師と、週に数回派遣される各属性の魔術師でローテーションを組んで、授業をしてもらっている。
子どもたちの目覚めた属性がばらけているからこそ、全員に指導が行き渡る様にとの対応らしい。
……さすがは公爵様。
教育公爵の面目躍如といったところだろうか。
騎士は魔術師と違って、常駐の1人が精力的に働いてくれている。
噂では、こんな田舎の村行きを、自ら立候補したらしい。
ひょっとすると、村にお目当ての何かがあったのかもしれない。
……なんにせよ。
魔術師たちも騎士も、元々の村民のように、すっかり馴染んでいる。
ちなみに魔術師たちに関していえば、既に魔術の先生として、俺よりも子どもたちに慕われている。
……解せない。
そして、もう1つの変化は――
チラリと師匠に申し訳なさそうにしている少年を見る。
魔術師と騎士の初派遣の日に、彼らと共にやって来たアンスだ。
「やあ、ルング!」
公爵様の派遣してくれた魔術師と騎士を迎えるために、アンファング村の中央広場で待ち構えていると、馬車から如何にも貴族然とした少年が降りて来た。
陽光に映える紅の髪と瞳。
穏やかな笑顔は、完全無欠の貴公子だ。
「ルング! この異常にキラキラしている方はどなたですの?」
コソコソと俺に耳打ちするのは、共に迎えに出て来た騎士見習いの少女――リッチェンだ。
彼女が耳元で話す度に、チャリチャリと銅貨の揺れる音がする。
「アオスビルドゥング公爵様――領主様の息子だ。向こうで友だちになった」
その言葉に少女は驚く。
「私を置いて行った上に、そんな権力者とのコネまで作ったんですの⁉
……紹介を。私の騎士の夢の為にもコネづくりを!」
「別に構わないが……不敬を働いたら処刑だぞ?」
「……やっぱり、大人しくしておきますの。
触らぬ神になんとやらですの」
「私は、
などという微笑ましいやり取りをして久しい。
どうやらアンスは、派遣される魔術師と騎士を護衛、専属メイドをお目付け役とすることを条件に、村に行くことが許可されたらしい。
……公爵様、息子に甘々である。
そういうわけで、アンスもまた魔術師や騎士と共に、週1程度の頻度で、村を訪れるようになっていたのだが――
……ここ数日、そんな
当人に理由を聞くと、「
「いいえ? 別に入学試験の為とかでは、ありませんよ?」
「えっ⁉ 姉上、私がアンファング村に呼ばれたのって、その為じゃないんですか⁉」
師匠のしれっとした言葉に、アンスの方が驚く。
どうやら少年も、村での滞在理由を入学試験の為だと思っていたようだ。
そんな俺たちを見て、師匠がやれやれと首を左右に振っているのが、非常に腹立たしい。
「……違いますよ。言ったでしょう?
ルングも、クーグ……貴方の姉が、対策なんてしてなかったのを知っているでしょうに」
……確かに姉さんの生活は、魔術学校入学前も普段と変わりなかった。
普段通り、畑の世話や魔術の実験、子どもたちへの指導等に励んでいた。
その上、魔術学校には行かないなどと言って、入学試験前なのに俺(+リッチェン)との勝負に興じていたりしていたが。
……まさか、本当に対策していなかったのか? 何も?
そう思うと同時に、あの姉ならあり得るとも思う。
……なにせ姉さんは天才だ。
我が家自慢の姉なら、特段の対策などなくとも、入学試験くらいあっさり受かりかねない。
「……じゃあ、面接ってどんなことを聞かれるんですか?
せめてそれくらいは、教えてくださいよ」
俺の要求に、アンスも師匠を見つめる。
2人の教え子から見つめられた師匠は、ニヤリと口元を歪めた。
「
「「……」」
両手を腰に置き、空を見上げるように高笑いする王宮魔術師。
受験生である俺たちの不安を無駄に煽る、最低な師匠だった。
その人でなしは、俺たちの冷めた視線にも気付かず、思い出したように尋ねる。
「確か、ルングはクーグと同じ
そんな師匠の確認に、アンスと顔を見合わせて、師に向かって首肯を返す。
すると師匠は――
「それなら、
再び悪辣な笑顔をその顔に浮かべる。
理性と本能が、どちらも警鐘を鳴らす。
……これを放置していては、危険だと。
「師匠、もっと詳しく教えてください」
「いいえ、それ以上は教えられませーん」
語尾に音符でも付きそうな、ノリノリの拒否。
……結局。
それ以上入学試験について尋ねても、師匠は答えてくれなかった。
ちなみに――
「ではアンスは、どうしてアンファング村に呼ばれたんですか?」
アンスに勘づかれない様に、こっそり尋ねると、
「ああ、それは単純ですよ。
私の書類仕事を、手伝ってもらうためです。
貴方やアンスとの実験データも、ずっと報告してなかったんですよねえ。
いやあ、持つべきものは、素直な弟子ですねえ」
師匠はそんな
「さて、2人とも? もう遊び終わりましたし、また書類仕事に戻りますよ!」
俺たちを書類地獄へと導いたのであった。
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