12歳 入学前後

第96話 少年の成長と軌道調整魔術。

 優しい陽光が大地を照らし、春の息吹が吹き始めている昼下がり。


 領主用邸宅マナーハウスの庭には、2人の少年の魔術が飛び交っていた。




「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』!」


 紅の髪と瞳を持つ貴族然とした少年――アンスの詠唱と同時に、魔法円が展開する。


 ……巨大だ。


 思わず見上げてしまう程、大規模な魔法円。

 一目で、強力な魔術が発動するのだとわかる。


 魔法円は空中へと展開した直後、大いなる輝きを放つ。


 強く輝くのは魔力の満ちた証。

 膨大な魔力が魔法円から感じられた直後に――


 灼熱が顕現する。


 一見すると円形の柱。

 両腕で抱えきれない太さを誇る円柱だ。


 しかしその先端は、鋭く尖っている。


 槍だ。

 炎が模っているのは巨大な槍。


 鋭利な部分は槍の刃の先端、すなわち穂先だ。


 槍は煌々と燃え輝き、周囲に炎を振りまいている。


 中級攻撃魔術『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』。


 顕現した炎槍は、その穂先をこちらに向け、射出される。


 放たれた巨槍は獣の様な唸り声を上げ、空を切り裂く。


 その軌跡には、足跡代わりの炎が残っている。


 存在感と熱量。

 速度と威力。


 自身の背丈を遥かに超える武具が、高速で迫りくる恐怖。


「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」


 しかしそれを振り払い、も同様の槍を顕現させる。


 アンスの魔法円の情報量が多すぎて見えない部分はあるが、あの槍はおそらく直線軌道・・・・・・・・を描くはずだ・・・・・・


 自身のそんな予想を元に、アンスの槍の着弾点から、逆走するようにこちらの炎槍を放つ。


 ……これで槍同士は正面衝突。


 互いの威力で消滅するはずだ。


 しかし――


「ふふ……」


 俺の巨槍が放たれたにも関わらず、アンスの顔にあるのは勝ち誇った笑みだ。


 漠然とした不安が、胸中に広がる。


 ……何故だ? 考えろ。


 致命的な読み違い。


 放置すれば、即座にこちらの喉元を貫かれる。


 そんな予感が確かに在った。


 見る。視る。観る。診る。


 隈なく世界を観察し、ナニカを探す。


 ……何だ? 何を見落としている?


 アンスと巨大な魔法円・・・・・・を視界で捉えて―― 


「⁉」


 轟!


 アンスの槍が1度咆哮を上げ、軌道を変える・・・・・・


 直線の運動には変わりない。

 しかし先程の咆哮により、穂先が少し上にずれ・・・・・・・・・、こちらの迎撃の槍とは衝突せず、すれ違う軌道へと変化していたのだ。


「魔法円を、書き換えていたのか⁉」


「よし!」


 視界の端で紅の少年が、勝利を確信して握り拳を作る。


 しかし――


「させるか。『曲がれエーゲン』」


 ……ほんの少しの、しかし確かな敗北感・・・・・・と共に――


 俺は新たな魔法円を展開する。

 掌程度の小規模魔法円。


 本来なら、恐れる様な魔術を発動できないはずのそれを見て、


 バッ


 紅の少年は身構える。


 ……素晴らしい心がけだ。


 だが、もう遅い。


 アンスが身構えた理由は明白だった。


 俺の展開した魔法円の位置がおかしい・・・・・・・からだ。


 本来の詠唱魔術なら、展開した魔法円から・・・・・魔術を放つ・・・・・

 故に魔術師は、魔法円を手元で展開する・・・・・・・ことが多い。


 しかし、今回の俺の魔術――魔法円は手元にはない。


 魔法円の展・・・・・開した位置は・・・・・・槍の穂先・・・・

 俺の放った炎槍の穂先である。


 鋭い穂先が魔法円に触れ、通り抜けた瞬間――


「何⁉」


 アンスが驚きの声を上げる。



 発動した魔術は、魔法円に記された術式通りの軌道を描く。


 故に俺の発動した「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」は、軌道を変えたアンスの「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」を迎撃できないはずだった・・・


 アンスは、2年の付き合いから、俺の性格を見抜いていたのだ。


 俺はアンスと同じ魔術で迎撃してくると。

 この魔術なら、直線軌道と判断すると。


 寒気すら感じさせる鋭い読み。

 

 だからこその軌道調整。

 俺の炎槍をギリギリで躱し、攻撃を先に届かせるための、最低限の魔法円の書き換え。


 それが今回のアンスの戦術だったのだ。



 しかし――


 隅々まで計算され、丁寧に構築されたアンスの魔術を、同様に・・・軌道を変えた・・・・・・俺の魔術が撃ち落とす。


「どうして、君の魔術も曲がるんだ⁉」


 驚愕の声が上がると同時に、


 ドンッ


 轟音が響く。

 互いの強大な炎の槍は衝突し、その衝撃は大空へと飛び立ったのであった。




「まさか君が、あの魔術・・・・を完成させてたなんて……」


 もぐもぐ


 アンスがヴァイ握りを頬張りながら、弱々しく呟く。


 魔術戦を終えての反省会。

 俺たちは、庭の木陰で腰を下ろして話し合う。


「入学試験までには、完成させるつもりだったからな。驚いたか?」


「そりゃあ、驚くさ。いきなり君の魔術の軌道が変わったんだから。

 せっかく、勝ったと思ったのに……」


 発動し終えた詠唱魔術は、魔術師の意志で制御することができない。

 その常識ルールを、魔法円を以って書き換えるのが、新しく開発した軌道調整魔術だ。


 アンスは悔しそうにこちらを睨んでいる。


 しかし、悔しいのはこ・・・・・・ちらとて同じ・・・・・・


 本来なら、軌道調整魔術なしに、アンスの「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」を、俺の「『炎の槍よ、敵を貫けフラシュドゥシュ』」が華麗に撃ち落とす予定だったのだから。


「アンスの方こそ、凄まじい魔力制御だった。

 ……よく中級魔術を軌道変化させようと思ったな。

 初級魔術とは勝手が違うだろうに」


 心からの称賛を少年に送る。


 魔法円の文様――術式を書き換えるには、高い魔力制御能力が必要となる。

 それも、自身の意図したように術式を書き換えるというのは、本来なら・・・・幾度もの検証と実験が必要なはずだ。


 加えていえば、その書き換えの難易度は、魔術の難易度が上がるにつれて当然難しくなる。


 アンスが初級魔術の軌道変化それをものにしているのは、知っていたのだが――


「初めて君と手合わせした時の、反省があるからね」


 少年は懐かしそうに微笑む。

 2年前と比べて、成長した面立ち。

 その笑顔は、公爵様によく似ている。


「君が2年前に指摘した『魔術が素直で、軌道が読みやすい』って反省点。

 今回は、それを逆に利用しようと思ったんだよ。

 

 ただ、初級魔術だと軌道変化を魔法円から、読まれるだろうからね。

 それよりもずっと難易度の高い中級魔術なら、流石の君でも軌道変化それを読めないと考えたのさ」


「そりゃあ、次期公爵様ともあろう御方が、そんな危険を冒すとは思わん」


 中級魔術の破壊力や規模は、初級魔術と比べて桁違いだ。


 それ故に、失敗した時の被害も大きい。

 手酷い目に何度もあっているからこそ、その恐ろしさはよく分かっている。


 だからこそ、まさかこちらの意表を突くためだけに、中級魔術の軌道変化なんて危険な橋を渡ってくるとは、思いもしなかったのだ。


 ……あの師匠あねにして、この弟ありか。


 魔術戦はともかく・・・・・・・・、読み合いや戦術では、完全に敗北したと言っていい。


「……それなら今回は、私の勝ちかな?」


 アンスは、イタズラ小僧の笑顔を浮かべる。


「いいや、それは認めない。俺の勝利だ」


 じっと互いに見つめ合い、小競り合いのバカバカしさに笑いだす。


「それなら仕方ないね。もう1戦やるかい?」


「もう今のパターンは覚えたぞ? 次で俺の方が完全に上だと理解させてやろう」


「私こそ、君の新魔術は頭に入れたよ。次は負けないさ」


「俺の魔術がそれだけだと思っていたら、怪我するぞ?」


 互いに茶化しながら、立ち上がる。


 こうして、再びのじゃれ合いまじゅつせんを始めようとしたところで――


「貴方たち……何やってるんですか?」


 背中越しに、明るさに満ちた女性の声が響く。

 本来なら、可愛らしく感じるはずの声色。


 ゾワッ


 しかし、俺がその声から感じたのは……一種の禍々しさ。


 圧倒的な恐怖だ。


 アンスの中級魔術以上の威圧感が、背後で蠢いている。


「アンス、任せたぞ」


「ああ⁉ 身体強化魔術はズルいよルング! 私を置いて行くな!」


 珍しく命令口調のアンスを置いて、全力で逃げの一手を指す。


 しかし踏み出そうとした所で、


「『炎の嵐よ、敵を捕らえよファブレーム』!」


 アンスと俺を取り囲むように超大型の魔法円が展開し、燃え盛る炎によって、行く手を遮られる。


「ちっ、遅かったか」


「言ってる場合じゃないよ……」


 ……仕方ないか。


 背後のアンスと共に、ゆっくりと振り向く。


 庭ごと俺たちを包囲する、炎の嵐。

 

 そして、先程俺たちが座っていた位置には――


「どうして私を差し置いて、遊んでいるんですかねえ?」


 怒りに燃える王宮魔術師――レーリン様が、仁王立ちしていたのであった。

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