第79話 勝利条件。
「魔術学校に行く気はない」
姉の嘘のような意志が判明し、喧嘩を売った翌日。
アンファング村の
「ルング! がんばれえぇぇぇぇ!」
「クー姉! がんばれえぇぇぇぇ!」
「「「2人ともがんばれえぇぇぇぇ!」」」
子どもたちの描く喧騒の円の中心には、4つの人影。
2つは喧嘩の当事者である姉弟。
すなわち、俺と姉だ。
そして残りの2つは――
「ええ……では、これよりルングと――」
「クーグの姉弟喧嘩を始めます……どうして私がこんなことを」
「ルンちゃん、どうしてこんな大事にしたのかな?
いつもなら審判なんていないし、子どもたちもいないじゃない」
姉が声援に手を振りながら、疑問を口にする。
普段の喧嘩であれば、観客などなしにお互いが納得するまで話し合い、時にどつき合うのだが、今日は違う。
「……決まっている。俺の
それにせっかく魔術を扱うのだから、見てもらった方が勉強にもなるだろう」
「……そう。まあ、勝つのは私だけど」
納得のいかない表情をしながらも、姉はとりあえず頷く。
……姉さんは勘もいい。
この形式にしたことで、何かしらの罠を疑っているのかもしれない。
その証拠に少女は周囲を警戒し、常に見回している。
……まあ、冷静にさせる気などないのだが。
「ああ、もしかして姉さん……自信がないのか?
それは悪いことをした。
負ける姿を年下に見せるのは、恥ずかしいものな。
今の内に降参してくれてもいいぞ?」
「ルンちゃんこそ、よくそんな虚勢を張れるね!
相手は私だよ? 負ける姿を晒すのはそっちだと思うんだけど?」
俺の言葉に姉は熱を帯び、少女の魔力が生き生きと輝きだす。
「それはどうだろうな」
それに呼応するように、こちらの魔力も解放していく。
戦意を徐々に高めていく俺たちに、審判こと村長が口を挟む。
「……とりあえずお前たち、怪我だけはするなよ?
危ない魔術を使用した場合は、レーリン様が介入してでも止めるからな!」
「……え? 私、そんなに体を張らなきゃいけないんですか?」
村長は師匠の言葉をあっさりと流して、話を続ける。
「……それじゃあ、互いに
「勝利条件?」
突然出てきた言葉によって、姉の言葉に疑問符が付く。
「ルングから提案されたんだ。
『魔術でひたすら戦うのはキリがないから、互いにこれを達成したら勝ちという条件を決めよう』ってな」
村長の説明に、少女は疑り深い目を向ける。
「ルンちゃん……何を企んでるの?」
「さあな」
ニヤリと姉に向けて笑う。
……これで多少の警戒心を抱かせることができるのなら、儲けものだ。
「……まあ、良いよ。何を考えているのかは分かんないけど、私が勝つからね!
村長! 私の勝利条件は『私がルンちゃんを倒したら勝ち』で!」
堂々と言い放った姉に対抗するように、俺も村長に言い放つ。
「では村長。
俺の勝利条件は『
俺の条件に、村長は顔をしかめる。
「何か……あやふやじゃないか?」
「まあ、姉さんに負けを認めさせるくらいに捉えてくれればいい」
姉はそれを聞いて、声を上げる。
「ルンちゃん、それじゃあ勝負にならないよ?
私は、絶対に負けを認めないからね!」
自信満々に腕を組み、少女はこちらを鋭く睨んでいるつもりのようだ。
……全然怖くないが。
「姉さん、安心していい。それでも勝つのは俺だ」
「そう……それならお姉ちゃんに逆らったことを、後悔させてあげるよ!」
姉は好戦的に、目を大きく見開く。
それを聞き届けると、次は師匠がおもむろに口を開く。
「えっと、私から2人には……特にありま――ああ、すみません! 村長ブーガ!
謝りますから、総任に連絡だけは!」
師は村長の圧に負け、畏まった口調で仕方なさそうに言葉を紡ぐ。
「……王宮魔術師の名に懸けて、あなたたちの戦いの結果を承認します。
ただ、私からの注意としては、
師からの「やり過ぎない」との言葉。
これは要するに「世界の魔力は使うなよ」という仄めかしだろう。
喧嘩中ではあるが、姉弟で顔を見合わせ、共通の理解を得たとして頷く。
いくら争っているとはいえ、殺し合いをしたいわけではない。
それに、子どもたちにケガさせるわけにもいかないし。
喧嘩――勝負の確認を終えて、互いの視線が交錯する。
憤りはいくらかあった。
姉が俺のことを、村すら守れない甘ちゃんだと思っていること。
姉が1人で村を守っているかのような言い草。
そして、リッチェンの夢を自身の言い訳に利用したこと。
しかし、怒りというのは継続し難い。
その上、更に引っ掛かることがあって、俺の頭はそれに埋め尽くされていた。
……魔術学校に
姉はいよいよ始まる俺との魔術戦に心を焦がし、黒色の瞳は胸の炎の高ぶりを表すかのように、煌々と輝いている。
……あんな顔をしている人が、これ以上魔術を学ぶ気がないなんて嘘だ。
魔術を試したい。
撃ち合いたい。
比べたい。
少女の頭にはそれしかないのが明白。
……もしも魔術学校に行かない理由が。
本当に俺が不甲斐ないだけなら、この戦いでその認識を覆したい。
姉が魔術を安心して学べるように。
楽しめるように。
姉の強大な魔力が更に練られ、臨戦態勢へと移行していく。
……本気だ。
少女は今、本気で俺と競おうとしている。
自然と口角が上がる。
……どんな手で攻めてくるだろうか。そしてどんな応手を指そうか。
それまでの疑問や考えは頭から薄れ、これから展開されるであろう魔術の数々が、自身の脳内を占拠する。
……なんやかんや言ったものの、結局俺も魔術が好きであり――
全力の姉との真剣勝負に、心躍らせているのだ。
「この弟子たち……ホント嫌になりますよ」
「まあまあ、レーリン様。合図を」
師は村長に宥められると、手を挙げる。
「2人とも……精々楽しんでくださいね。では始め!」
師の開始の合図と共に、その手は振り下ろされる。
『
『
互いの詠唱魔術の衝突を以って、開始の火ぶたは切って落とされた。
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