第80話 手段を選ばない魔術戦。
『
詠唱と共に、魔術が発動する。
小さい無数の魔法円が周囲に展開し、顕現するのは拳大程度の火の盾。
地を全力で駆けても、付かず離れず俺の周囲を漂う火の盾はしかし――
ボッ
爆ぜ消える。
「どんな火力をしている」
文句を吐き捨てながら軽く屈むと、消えた盾によって
姉の魔術――初級攻撃魔術『
本来なら、敵の攻撃から術者の身を守る初級防御魔術『
……正面からまともに受ければ、間違いなくこの魔術戦が終わる威力だな。
想像するだけで恐ろしい。
故に、攻撃に正対するのではなく、姉の周囲を駆け回りながら、角度を付けて攻撃を受け流すことで、どうにか立ち回っている。
「さあさあ、どうしたのかな! 私を倒すんじゃなかったのかな!」
声高らかに挑発する姉は、開始位置から動いていない。
その場から固定砲台の様に、走り回る
「……この程度の攻撃で、俺を倒せるとでも? 全て処理して――む⁉」
「『
俺が無駄口を叩く合間に、詠唱魔術が無数に放たれる。
迫りくるのは火の槍だ。
しかし、その穂先には
「甘いな。『
……狙いが正確過ぎるのだ。
迫る火の槍は、縦横無尽に宙を駆ける。
魔法円の書き換えから生じた軌道は、蛇を思わせる難解さ。
その飛び回る槍を、狙って撃ち落とすのは難しい。
しかし残念ながら、複雑怪奇な火の槍も着弾点は決まっている。
……攻撃対象。
つまりは……俺自身。
それさえ分かっていれば、事前に手を打つことが可能だ。
いくら高度な技術が使われていようと、それは脅威足り得ない。
燃え盛る複数の穂先は、俺の起こしたそよ風に煽られ、隙間が空く。
「そこだ」
大人がギリギリ通れる空所を余裕をもって通過しながら、牽制として無詠唱魔術を放つ。
しかし、姉もまた俺の攻撃を見落とすことはない。
「見えてるよ、ルンちゃん! 『
姉の直下に展開した土の槍。
不意打ちでよく使用するその攻撃を、少女は見切っている。
発動した魔術の風が姉を包み込み、空へとその細身を運ぶ。
初級移動魔術『
王宮魔術師レーリン様が、アンファング村の行き来に使用している魔術だ。
結果、こちらの土の槍は無情にも、空を貫く。
「やはり当たらないか……」
「そんなの、当たるわけないよ!」
……厄介極まりない。
互いに手の内を知っているからこその、一進一退の攻防。
魔力の使用効率では、こちらが勝り。
魔術の1撃の重さでは、姉が勝る。
すると空中に身を飛ばしている姉の気配が、膨れ上がる。
「これならどうかな! 『
今日1番の規模の魔法円が、空中に咲く。
そこに顕現したのは、炎の大剣だ。
轟轟と燃え盛り、その輝きが姉の顔を赤く照らす。
……熱い。
地上にまでその熱量を届かせるのか。
天を覆わんばかりの、巨大な炎の剣を振るう魔術だ。
「そんな魔術を使うとは……殺す気か?」
チラリと周囲を見回すと、賑やかな声が上がっている。
「わああ! すごい!」
「きれい!」
「クー姉、格好良い!」
……子どもたちには被害が出ないよう、威力や規模を調節しているようだが。
よく、こんな高威力の魔術を弟にかまそうと思ったな。
喧嘩中とはいえ、この容赦のなさ。
本当は嫌われているのではないかと、疑問が過ぎる。
そんなことを考えている間にも、炎の大剣は迫り来る。
巨剣故に遅く見えるが、
「逃げきれないか……それなら! 『
火と風の中級混合魔術。
師の得意とする魔術であり、俺たちの攻撃を防いだ懐かしい魔術だ。
炎と暴風から生じた爆風が、姉の煌々たる大剣を掻き消す。
「やっぱり! さすがルンちゃんだねえ!」
消したはずの大剣以上に輝く瞳が、俺をしかと見下ろしている。
詠唱魔術と無詠唱魔術の応酬により、
「そらをとぶクーねえ、カッコイイ!」
「ルングがんばれ! にげろ!」
子どもたちの声援が届く。
拮抗した魔術戦。
しかし、
戦いには、人となりが出る。
攻撃が得意なのか、防御が得意なのか。
罠を張るのが好きなのか、先手を取るのが好きなのか。
スポーツやゲームと同じように、魔術戦にも性格や気質は反映されるのだ。
それは例に漏れず、姉もまた同様に。
少女は魔術を、自身の感覚に沿って書き換える。
綺麗だと感じるものに。
格好良いと思えるものに。
その結果、直線軌道の火の槍を、空中で屈曲させたり。
ただでさえ規模の大きい中級魔術を、さらに巨大化させたりする。
そんなハチャメチャなことをしながらも、その狙いは正確無比。
自身の敵――今回は俺だが――を討ち、味方には被害を出さないよう綿密に計算している。
危険な魔術と安全の両立。
自身の制御能力をフルに活用した、恐るべき長所だが――
……その長所は時に、弱点ともなり得る。
「くっ⁉」
姉が空中で、
……ここか。
「どうした姉さん! もうお終いか?」
俺もまた同様に、
しかし、止まっている
「あれ? クー姉、どうしたの?」
「だいじょうぶかなあ? おなかいたいのかなあ」
俺の
高火力、正確無比を誇る
余波すら届かないよう計算し、制御している姉は疑いなく天才だが。
それは即ち、子どもたちの安全を確信できない攻撃は、仕掛けてこないことを意味する。
……子どもたちは言ってしまえば、体のいい人質にもなるのだ。
「ルンちゃん、この状況まで読んでたんだね⁉
そのために子どもたちを呼んだんだね?」
「ふふふ……何のことか分からないなあ、姉さん。
俺は全力を尽くしているだけだ」
……勝利を得るには、時に覚悟が必要だ。
自らを汚し、泥水を啜ってでも敵を倒す覚悟が。
それも敵は、この上なく天才なのだ。
凡人に手段を選んでいる余裕はない。
審判たちからは、冷めた視線が向けられている。
しかし村長はともかく、師匠にそんな目をされるいわれはない。
「ほらほら! このままでは勝ってしまうぞ?」
俺の放つ魔術に、今度は姉が防戦の状況に陥る。
しかし攻撃と比べて、防御技術は拙い。
その才の大きさ故に、守る機会が少なかったからこその弱点だ。
……このまま圧倒できるか?
そう考えたところで、姉の魔力が燃え上がる。
しかし、
……無詠唱魔術か?
徹頭徹尾制御可能な無詠唱魔術なら、被害を出さずに攻撃することは可能だろう。
しかし無詠唱魔術はその分、他の魔術を発動する余裕はなくなる。
下手を打てば、空を飛ぶための『
ここで姉の様子が、どうも違うことに気付く。
……魔力から魔術への変換がない。
姉からマグマの様に噴き出していた魔力が、その輝きを体内へと収めていく。
華奢な肉体へ集中する魔力。
姉は、煌めく星の如き輝きを帯びる。
……そういうことか!
大火力の魔術が扱い難いのなら、
すなわち発動した魔術は――
「身体強化魔術か!」
空中から魔力光に輝く流星が、尾を引いてこちらへと落ちて来る。
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