第76話 魔力の目覚めに関する考察。

 魔術師は貴族にしか生まれず、魔術師の血族の中から誕生することが多い。


 その定説は、姉と俺の存在によって覆された。

 平民から魔術の才を持つ者が誕生したことで、その定説の信憑性が崩れたのだ。


 師の話を聞く限り、俺たちの存在は研究者たちにとって劇薬だったらしく、魔術師の誕生や発生及び魔力の目覚め関連の研究は、焼け野原状態となり、混迷を極めたらしい。


 魔術は力であり、魔術師は国力。

 魔術師の増加は、単なる人口の増加に留まらない。


 だからこそ、国は総力を挙げて魔術師誕生の仕組みを解明しようと、その研究に注力していたはずなのだが、前提が崩れたことにより、あらゆる部分で見直しが行われたそうだ。


 しかし、事態はそれどころでは収まらなかった。


 アンファング村で、新たに魔力に目覚める者が出始めたのである。


 研究は混迷から、更なる混沌の渦へ。

 

「姉弟が特別な平民であり、やはり従来通り貴族を中心に魔術師を探すべきでは」


 そんな玉虫色の案は見事に踏みにじられ、無に帰すこととなった。


 俺たちを特別な存在だと仮定し、研究方針を変えた学者たちは血の涙を流しながら、再び研究の指針を見失い、方位の分からない航海を余儀なくされたと、王宮魔術師レーリン様は腹を抱えながら笑っていた。


「アンファング村の祖に、魔術師や貴族がいたのではないか」


「アンファング村の土地に、魔力と関わりの深い何かが存在するのではないか」


「土地ではなく食べ物に――」


 そんな意見が飛び交い続けていたある日のこと。


「これ、面白い!」


 渦中のアンファング村で、子どもたちの魔力操作を姉と指導していると、彼女は何かに気付いたように目を見開く。


「どうした? 姉さん」

 

「ルンちゃん、皆の魔力操作って、結構個人差大きくない?」


 姉は自身の発見を、心から嬉しそうに語る。


 ……確かに。


 あっさりと魔力から魔術に変換できそうな子から、魔力を見るのがやっとの子まで。

 魔力に目覚めた人数は片手に収まる程度。

 しかしその少人数の中でも、進捗には大きな差があった。


「言われてみればそうだな。

 何か大きなきっかけがあって、一斉に魔力に目覚めたというわけでもないから、当然といえば当然なんだが」


 目覚めるタイミングもバラバラ。

 前日まで何も見えなかった子どもが、翌日なぜか見えるようになっていたなんて事例すらある。


 そんな魔力に目覚めた者の共通点として、辛うじて見出せたのは、子どもであること。

 他の体格や性別等といった要素に、分かりやすい類似点はなかった。


「そうだよね……皆まばら・・・なんだよね」


 ……まばら?


 姉のポツリと呟いた言葉に、仄かな気付きを得る。


「姉さん、これってヴァイに似てないか・・・・・・・・・?」


「ヴァイに……あっ!」


 俺の言葉で、姉も同様に思い至ったらしい。


「もしかして……あのヴァイ?

 大気を魔力・・・・・で満たして・・・・・育ててみたヴァイ・・・・・・・・のことだよね?

 売り物にならなかったやつ!」


 数年前――リッチェンと魔物を倒し、王宮魔術師レーリン様が俺たちの師匠となった年。


 その時に、実験で育てていたヴァイだ。


 大気の魔力を吸収し、魔力を宿したヴァイが育つか。


 そんな研究目的の下、魔術をぶつけ合い、大気を魔力で満たし続けたヴァイ。

 そして途中から、無詠唱魔術と詠唱魔術の2区画で分けたヴァイでもある。


 その実験結果もまた、まばらだったのだ。


 魔力を宿すヴァイと、宿さないヴァイの両方が育ったのである。

 そして魔力を宿したヴァイも、保有する魔力の濃さは様々。


 結局魔力の濃さそれが統一できていないヴァイを、売り物として扱うことはできず、家族で美味しくいただくこととなった。


 ……あの時の考察は確か――


「魔力で満たした大気にも、魔力の分布に偏りがあったのかもしれない」


 あるいは――


「ヴァイにも個体差があり、大気中の魔力を吸収しやすい個体としにくい個体があるのかもしれない」


 その片方あるいは両方の理由で、ヴァイの宿す魔力量がまばらになったのではないかというものだったのだが。


 姉が輝く瞳をこちらに向ける。


もしかして人間も・・・・・・・・ヴァイに似・・・・・てるのかな・・・・・?」


 姉の情熱に溢れた言葉を、確認がてら補足する。


「それは大気中に魔力があれば、人間もヴァイ同様に魔力を宿す――あるいは扱いやすくなるんじゃないかって話か?」


「うん! ありそうじゃない?」


 ……十分あり得る話だ。


 姉の発想に大きく頷く。


 アンファング村は、魔力で満ちている。

 原因は置いておく・・・・・・・・として、俺の誕生時と比べれば、雲泥の差があるくらいには満ち満ちている。

 

 生物が環境に適応して生きていくように。

 魔力に満ちた環境に・・・・・・・・・適応する人間がいる・・・・・・・・・のだとしたら。


 その適応した人間は、魔力を扱える人間――魔術の才のある人間になるのかもしれない。



 そしてこの仮説は、これまでの定説に対しても矛盾がない。


 魔術師の血族の中に、魔術師が生まれやすい理由。


 それは、そのまま魔術師がいるからだ・・・・・・・・・


 魔術師が魔術を使用することで、場の魔力は当然満ちていく。

 なんなら魔術師の場合、存在するだけで場の魔力濃度が増加する。


 血族――特に家族なら、そんな魔術師と共にいる機会も多い。

 そうなると必然、魔術師の家族が魔力に触れる機会も多くなる。


 そうやって大気の魔力に触れ続け、その魔力に適応した人間が新たに魔力に目覚める――魔術師となると考えれば、定説が生まれたのも必定といえよう。


 同様に、貴族から魔術師が誕生する理由も、説明できてしまう。


 ……これは、魔術師と接する機会・・・・・・・・・の多さに起因する・・・・・・・・のではないかと。


 王宮魔術師を筆頭に、魔術師は基本的に貴族だ。

 そして貴族は、家門同士の付き合いが多々ある。


 師匠の様な常識の枠外の者以外は、そんな付き合いによって仲を深めていく。


 それは当然、血族の者とまではいかないものの、魔力に触れる機会が増えることを意味する。

 その結果、魔力に反応の良い個体――貴族が、魔力に目覚める可能性は大いにある。


 つまり、立場でも経済力でも血統でもなく、大気中の魔力に触れる機会が多ければ多いほど、魔力への適応が進み、魔術師としての覚醒が促されるのではないかという話だ。


 そして、それを前提とするのであれば。


 平民に魔術師が生まれなかったのも、ある意味当然といえる。


 前述したように、魔術師は貴族ばかり。

 つまり平民の生活する場所で、魔術師も生活するような機会は少ない。


 そうなると魔力が満ちる特定の場所が生まれるようなことはなく、あまつさえ平民が魔力に触れる機会なんて皆無。


 だから、平民から魔術師が誕生しなかったのではないか。

 そんな考察が、並行して成り立つ。


 つまり今回、アンファング村の子どもたちが魔力に目覚めたのは、村に満ちる魔力に触れ、子どもたちがそれに適応したから。


 そう仮説を立てることが可能なのだ。


 ……そして。


 この仮説が正しかった場合、ちょっと困った問題がある。


 ……この現象は、俺たちの責任なのだろうか?


 アンファング村に魔力が満ちた理由はおそらく……俺たち自身と姉弟で育てたヴァイ。


 特に魔力を宿したヴァイは、年中存在することによって、村内の魔力濃度の大幅な上昇に貢献したことだろう。


 そういう意味では、俺たちが原因で子どもたちが魔力に目覚めたと言えなくもない。


 ……しかしだ。


 自らを庇うわけではないが、俺たちはこれを狙って起こしたわけではない。


 偶然なのだ。

 偶然、魔術で楽しく実験していたら、こうなっただけなのだ。


 そんな無邪気な子どもの好奇心を責め立てていいのだろうか。

 非はあるのだろうか……。


 結局姉弟で立てた仮説と責任回避の意見は、レポートでまとめることとなったのだが――


 そんな長い思考から帰還し、木陰で未だ倒れている師に語りかける。


「……師匠。人は神にはなれない。

 全知全能の人間なんて、存在しないんだ」


「何を急に悟ったようなことを……」


「だからこそ、言っておくべきことがある」


 そう宣言して、魔力を扱う子どもたちを示す。


「この美しい光景に、犯人なんて居ない。

 人体実験が行われたという事実もまたない。

 敢えて言うなればこれは……秘書がやったことであると」


 俺の言葉に、師弟の間にある空気は静まり、姉と子どもたちの声が聞こえる。


 そんな沈黙の中、師匠の爆音が轟いた。


「そもそも貴方たちに秘書なんていませんし、そんなテキトーなノリで魔術師学会や常識をひっくり返さないでもらえますかね! このバカ弟子たち!」


「誰がバカですか。身を挺して魔術師誕生の新説を打ち出した俺たちに向かって!」


「やっぱり人体実験じゃないですか! 大体貴方たちはですね――」


 こうして俺たちは、ほんの少しだけ世界の不思議を明らかにしたのであった。

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