第75話 師を見下ろす。

「ねえ! クーねえ! きょうはなにするの?」


「うーん、そうだねえ――」


 教導園の庭に、子どもたちの楽しそうな声が響く。


 授業の合間の休み時間。


 陽光の下ではしゃぎまわる子どもたちの体力は、無尽蔵にも等しく、ちょろちょろと動き回っている。


 そんな彼らの中心では、姉ことクーグルンが、淑やかな笑顔で子どもたちとのやり取りを楽しんでいた。


 現在12歳。

 元々持つ美しさには更に磨きがかかり、どこに出しても恥ずかしくない自慢の姉へと成長している。


 そんな姉は、今年が魔術学校へ入学する年にあたるはずだ。


 魔術学校は教育公爵領の中でも、端――王都と隣接した場所にあるらしい。

 つまりあの麗しき姉は進学後、実家を離れ寮生活となる予定である。


 ……そのせいなのだろうか。


 最近の父は、夜な夜な滂沱の涙を流している。


 ……まあ、気持ちは分からなくもない。


 我が家どころか、村のアイドルの旅立ち。

 寂しくない者は、アンファング村ここにはいないだろう。


 そんな天使の様な姉から、視線を足元へ・・・と移す。


「それで……師匠はいつまで、そこに倒れている・・・・・・・・つもりなんですか? 

 邪魔で仕方ないのですが」


 俺の視線の先には、哀れな魔術師が1人、木陰でうつ伏せに横たわっている。


 華奢な手足は地面に投げ出され、桜色の髪は汗と砂まみれ。

 真っ黒なローブの背には、王宮魔術師を示す紋章――見事な猫の刺繍があるのだが、それも砂ぼこりによって、くすんでしまっていた。

 

 我が師こと、王宮魔術師レーリン様の、燃え尽きた姿である。


 しばらく無言で見つめていると、哀れな屍が語り始めた。


「……子どもたちを私にけしかけておいて、よくそんな酷い事言えますね」


 息も絶え絶えに、もごもご・・・・と恨み言を呟くが、全く怖くない。


「仕方ないでしょう。

 子どもたちには、もし『力・金・権力』を持つ人や貴族に会ったら、全力で媚びろと教育してありますから」


 そういう意味で、師匠は素晴らしい教材であり格好の獲物だった。

「力・金・権力」を持つ王宮魔術師であり、どの家門かまでは聞けていないが、貴族令嬢。


 どんぴしゃりの人材だったのだ。 


「媚びるにしても、やり方ってものがあるでしょう!

 庭を引きずり回す媚び方なんて、聞いたことないですよ⁉

 そもそも、どうして子ども相手に、そんな教育をしてるのかって話ですよ!」


 ゴロリ


 うつ伏せの状態から、大の字で仰向けに寝そべり直すという、貴族令嬢らしからぬ態度で師匠は顔を上に向ける。


 桜色の頬が砂で汚れているのが、また哀愁を誘う。


「どうして、こんな教育をしてるか……ですか?

 貴族に気に入ってもらうため……というより、人脈確保・・・・のためですね」


 アンファング村での生活は悪くない。

 村民も優しいし、最近は都会の物資も出回る様になってきている。


 生きるだけ・・・・・なら、申し分のない環境だ。


 ……しかし、それでも。


 選択肢が狭いことに、変わりはない。


 勿論姉の様に、絶対的な才能を持っているのなら話は別だ。

 どこに居ようと、そういう人種は自身の才を以って目標――望む夢を目指すことができる。


 実際姉は、王宮魔術師総任や、俺たちの特別家庭教師枠を許可してくれた教育公爵によって、魔術学校への入学を急かされているとも聞く。


 ……おそらく姉さんなら。


 どこに居ようと、王宮魔術師を目指せる。


 しかし、そんな抜けた才能を持つのは、ほんの一部だけだ。


 大半の平民の選べる未来は少ない。


 村を出るか出ないか。


 ここが、最大の分岐点となる。


 村を出ないのであれば、そこまで問題はない。


 しかし、村を出るのなら。


 初めての環境、何も知らない状況の中で、生きていくこととなる。

 その中で、最も難しいものは何か。


 ……人間関係。


 少なくとも、俺は・・そう思う。


 だからこそ、貴族との人脈――コネづくりの練習を子どもたちにさせることで、未来に備えさせようとしているのだが、師の反応は芳しくない。

 

「私の弟子、夢も希望もないんですけど。酷い現実主義なんですけど。

 ……そもそも貴方、9歳ですよね?

 どうして師匠がこの私なのに、そんな風になっちゃったんですか?」


「因果関係が逆ですよ。

 師匠がこんなんだから、生き残るために現実主義にならざるを得なかったんです」


 ……人間は簡単に死ぬ可能性がある。


 そう教えてくれたのは、この師の魔術だ。


 俺の言葉に、師は渋い顔をする。


「それで……ここには、何しに来たんですか?」


 ぎくり


 寝そべりながら、師は顔からダラダラと脂汗を流す。

 桜色の綺麗な前髪は、べったりと額に張り付いてしまっていた。


 ……姉さんはわかるのだ。


 今はまだ休み時間中だが、彼女はこれから授業。


 しかしこの魔術師は、教導園に用などないはずだ。


「……まさかとは思いますが、レポートをサボるためではないですよね?」


 確かこの人は今、火と風属性の混合魔術についてレポートを書いていたはず。


 ……進行形でサボっているのなら、例に違わず総任に報告しなければならない。


「ま、まさか! 私がそんないい加減な人間だとでも?」


 師は自身の潔白を主張するかのように、素早く上半身を起こす。


 その桜色の瞳はキラキラと輝きを放ち、非常に綺麗なのだが――


 ……師匠がいい加減で変人なことは、この数年の所業でよく知っている。


 本人に自覚はなさそうだが。

 

 ……でもこの反応――


 レポートはまず終わっていない。

 というか、昨日今日の徹夜で終わる量ではなかったはずだ。


 しかし、教導園来訪の目的は、意外とちゃんとありそうな雰囲気である。


「ああ……もしかしてあれですか?

 姉さんと俺の研究・・・・・・・・に興味があるんですか?」


 師匠ことレーリン様は、常識皆無の社会不適合者だが、魔術に関しては鼻が利く。


 ひょっとすると、今の俺たちの研究に興味があったのかもしれない。


「えっ……あ! そ、そうでした! 興味があったんですよねえ!」


 ……嘘くさい。


 こちらの訝しむ表情に、魔術師は言い訳を続ける。


「いや! ホント! 本当ですとも!

 興味があったの、まぎれもない事実です!

 貴方たちの、人を人とも思・・・・・・わぬ人体実験・・・・・・に、私興味津々!」


「師匠は、俺たちを何だと思っているんですか……」


 ……人聞きが悪すぎる。


 そして、弟子相手にあらゆる魔術を試してきたこの人に、「人体実験」などと言われるのは、この上ない侮辱に値すると思う。


 そんな口論を続ける俺たちに構わず、姉はいよいよ授業を始める。

 

「はい、皆集まってね!


 じゃあ今日は、この前やった魔力を魔術に変換・・・・・・・・するのからやろうかな。

 まだ変換が上手くいかない人は、魔力を移動させる・・・・・・・・のの復習ね!」


 姉のその言葉と同時に、子どもたちの魔力・・・・・・・・が動き出す。

 1人1人の白光は輝きを増し、ぎこちなさを感じさせながらも、少しずつ移動していく。


 その光景を、師はぼんやり見つめると、


「……ねえ、ルング? これやっぱり人体実験の成果ですよね?

 だって、こんなに子どもたちが魔・・・・・・・力に目覚める・・・・・・なんて、前代未聞ですもんね?

 貴方たち、本当に何をやらかしてくれたんですか?」


 弟子に無実の罪を着せ始める。


 ……そう。これが俺たちの現在進行中の研究――観察だ。


 そして王宮魔術師レーリン様が、人体実験と言っているものでもある。


 俺たち以外のアンファング村の子どもたち。

 その子たちが・・・・・・魔力に目覚め始めた・・・・・・・・・ことに関する調査である。

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