第74話 王宮魔術師は実験台になる
「
思わず乗り込んでしまった室内に、まだ声変わり前の可愛らしい声が響きます。
黒髪に茶色の瞳。
授業はしているものの、まだまだ小柄な体格。
外見だけなら可愛らしく、天使の様な子どもです。
しかし、その内実は可愛らしさ、あどけなさなど皆無の狂気の魔術師。
今も私たちを、何を考えているのか分からない無愛想な表情で、見つめています。
……言いたいことは山ほどありますが、抑えましょう。
ひょっとすると、すべて私たちの勘違いかもしれません。
道徳の授業ではなく、腐敗した歴史の授業をしていた可能性も……あるといいなあ。
先程
……そうでしょう? そうですよね? そうであってください。
心の中で弟子に懇願して、言葉を選びます。
「ねえ、ルング? 今、何の授業をしていたんですか?」
私の問いに、彼はいけしゃあしゃあと言い放ちました。
「
「「「うん!」」」
「……嘘でしょう?」
……これ、絶対洗脳教育ですって。
ルングが道徳の授業なんて、あり得ないとは思っていました。
ですがこれは、予想を更に下回る結果でした。
「……ちなみにクーグは、今の授業についてどう思ってるんですか?」
言外に「弟の蛮行を、姉としてどう思っているのか」と尋ねます。
彼女も今は私と同様に、ルングの「力・金・権力」という洗脳教育の目撃者です。
きっと彼女なら、弟の過ちを正し、良い方向に導いてくれるに違いありません。
すると弟子の少女は、澄んだ黒の瞳で言い放ちます。
「ルンちゃん! やっぱりイケメンも入れようよ!」
「正気ですか⁉」
……このおバカさんたちは、いずれ国を亡ぼすでしょう。
現代教育の敗北を、これ程感じたのは初めてかもしれません。
「いや、姉さん。イケメンは個人の主観が大きすぎる。
それに、時代によってイケメンの定義自体にも変動がある。
安定した価値観でなければ、教育として落とし込むのは難しいと思うのだが」
「でも、それを言うならお金――貨幣だって、時代や歴史次第で変化するじゃない?
これまで流通してた貨幣の価値が、国の衰退によって変動したりするし。
それに権力も、力に含めようと思えばできるんじゃない?」
そんな2人の教師(変人たち)の話し合いが、子どもたちにも波及していきます。
「わたしはクー姉に賛成かな! イケメン好き!」
「でも、ふたりのはなしだと、イケメンもちからにふくまれるんじゃないか?」
「それならまずは、ちからのていぎからしようよ」
「だとすると――」
数人の子どもたちが、話し合いを以って論を次々と展開していきます。
それも理屈や仮定、根拠を交えながら、割と建設的に。
私の受けていた授業とはまた違う、子どもの積極性を重んじた授業が行われているのでしょう。
羨ましいような、末恐ろしいような。
……まあ問題は、論じている内容が頭のおかしい事なんですけどね。
ルングはクーグと議論しながらも、その様子を観察していたようで、丁度区切りの良さそうな所で、手を叩きます。
「皆、授業時間も残り少ない。このテーマはまた後日議論するとしよう」
……後日も何も、半永久的にしないで欲しい。
そんな私の心の声は、子どもたちの声によって掻き消されます。
「ええぇぇぇ⁉ じゃあ、残りの時間は何するの?」
「おもしろそうだったのに!」
あの議論の、何がお気に召したのかはわかりません。
ですが、教え子たちからは小さくない不満の声が上がります。
しかし、ルングも手慣れたもの。
既に残りの時間で、何をするのか決めていたようです。
「
ルングの言葉に、子どもたちは顔を見合わせて、
こくり
首を縦に振ります。
「あの
「「「やったああぁぁぁ!」」」
子どもたちの歓喜の声の前に、聞き捨てならない台詞があったような……。
……
これではまるで、教材が生きているかのような物言いです。
ほんの少しだけ嫌な予感。
後ずさりしようとして――
ガシッ
両肩を、
「クーグ? どうして全力で、私を捕まえているのですか?」
……背後を取られた⁉ これはまずい!
予感は確信へと変わり、私の焦りが加速します。
「先生、子どもたちにもいい体験になるから、よろしくね」
1番弟子が浮かべているのは、朗らかな笑顔。
しかしその笑顔に、私は恐怖を覚えました。
……絶対に何か企んでいる。
それも、私に被害が及ぶようなことを。
「皆、こちらに居る御方は、王宮魔術師レーリン様だ。挨拶を」
……紹介なんかしてる場合ですか⁉
私の必死の抵抗は、弟子の身体強化魔術の前に、徒労に終わります。
「「「レーリン様、おはようございます!」」」
「ルング! 私を解放しなさい! 師匠命令!」
私の叫びも、姉弟は聞く耳を持ちません。
「レーリン様は、
……あっ。
なるほど。
この弟子、授業の邪魔をされたことを、割と怒っていたようです。
そして同時に悟ります。
……彼は私を助ける気など、最初から更々ありませんでした。
「さて、前回の授業の確認だ。高貴な人が来たら――」
そんなルングの後を継いで、子どもたちは応えます。
「「「全力で媚びる!」」」
子どもたちは、楽しそうに腕を突き上げます。
そんな子どもたちを、ルングはほんの少しだけ優しげな目で見つめて、
「素晴らしい。復習は欠かしていないようだな。
今日は君たちの研鑽が、日の目を見る良き日となることだろう。
……失敗してもいい。
私を実験台にする許可を、子どもたちに出しました。
それも、私が反抗できないような言葉を添えて。
「だから今日は――レーリン様に全力の媚びをお見舞いしてやれ!」
「「「おおぉぉぉ!」」」
「や、止めてください! 全力の媚びって何ですかあぁ⁉」
私の言葉は子どもたちの熱意に呑まれ……もみくちゃにされたのでした。
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