第73話 王宮魔術師は教導園を探検する

 アンファング村教導園は、アンファング村中央広場にある教導園です。

 真っ白な壁に、お洒落なとんがり帽子型の尖塔。

 清潔感と可愛らしさがハイブリットされた、モノトーン調の建物です。


「中は……私が間借りしている領主用邸宅マナーハウスに、似てますね」


 あの領主用邸宅は、元々教導園だったそうです。

 お引っ越しの際に、同じ間取りの建物を建て直したことで、内部構造もほぼ同じ。


 初訪問でも部屋の位置が把握できる程度には、既視感があります。


「間借り? 違法占拠の間違いじゃ……。

 それにそっくりでもないよね。

 領主用邸宅は、片付いてない資料と書きかけの書類の山で――」


「悪い子は、魔物に食べられちゃいますよ?」


 子どもへの脅し文句に、しかし私の弟子は大らかな笑顔で返します。


「私は悪い子じゃないから、大丈夫だね!


 ……それにしても、シスター・フローインはすごいなあ。

 先生みたいな不審者を、あっさり教導園に入れるなんて」


「誰が不審者ですか誰が。

 見る目のある、素晴らしい人じゃないですか」


 教導園は、女神信奉の国――聖教国ゲルディによって、布教と学び舎を兼ねて運営されています。


 要するに教会(聖教国本国では教会、他国では教導園と呼称されています)兼学校というわけですね。


 よってそこに勤めている人たちは、例外なくゲルディから派遣されたシスター。

 すなわち、女神様に尽くす聖職者たちです。


 彼女たちは清廉にして潔白。

 私の様に、穏やかで優しい人しかなれないと、もっぱらの噂です。


 ……噂といえば。


 弟子たちと同年代で、聖女が誕生したというのは事実なのでしょうか。


 ……先程シスターと面会・・・・・・・した際に、聞いておけばよかった……。



 さて、そんなシスターたちが運営する教導園は、前述したように入園する際、シスターとの面会があります。

 

 聖職者の鋭い目が、防犯の観点的に必要なのでしょう。

 子どもたちを、危険に晒すわけにはいきませんからね。


 そして現在、私が教導園内部にいるということは、無事シスターの目を掻い潜れたこと・・・・・・・を意味します。


 とどのつまり、シスターの極めて優れた慧眼によって、私の素晴らしい人柄が証明されたということでしょう。


「それで、ルングはどこで授業してるんですか? 私の・・執務室ですか?」


「そもそもここは教導園で、先生の執務室はないし……。

 今の時間だと、向こうの教室で授業中かな」


 ルングと同じく、今では教える側に回っているクーグが、弟の居場所に案内します。


 勝手知ったる教導園ということでしょうか。


 私を先導する少女の歩みには、迷いがありません。


 白塗りの壁に囲われた廊下を進み、その角を颯爽と曲がります。

 少女からふわりと香る、柑橘系の匂い。


 その香りを追う私の気分はすっかり、花へと一目散に飛ぶ蝶でした。


「先生、あの教室だよ」


 少女の指し示す先には、木で出来た扉がありました。


 茶系の色で塗装された扉は、来訪者の歓迎を喜ぶように明るい色合いです。


 きっと、子ども達が通いやすくなるための工夫なのでしょう。


 ……どっかの総任の部屋も、こんな感じのデザインにしてくれませんかね?


 あの部屋の扉、無駄に重いし色も暗いしで、蹴破るのが大変なのですよ。


「――」


 中からは扉の防御をものともしない、活気のある声が響いています。


 ……とりあえずは、大丈夫そうですね。


 私の弟子の授業は、存外ちゃんとしているのかもしれません。

 

 少なくとも私が幼少期に受けた、ひたすら自分のドヤ経験と歴史を垂れ流す様な、つまらないものではないようです。


「先生、盛り上がってるみたいだし、もういいじゃない?

 私、授業の邪魔してルンちゃんに怒られたくないんだけど……」


「何を怖気づいているんですか! 大事なのは内容ですよ!

 昔みたいに『世界を支配する』とか言ってたら、どうするんですか!」


「いや、あれも冗談だったような――」


「そんな冗談を真顔で言う人を、信じていいのかという話です。

 大体誰ですか? あんな危険分子に、道徳の授業を担当させたのは」


 この人事には、苦言を呈さずにはいられません。

 ルングにさせるくらいなら、村長ブーガあたりにさせた方がずっといいに決まっています。


 するとクーグが、呆れたように答えました。


「シスター・フローイン」


「へ?」


「だからシスター・フローインが、ルンちゃんを道徳担当にしたの。

 先生の入園・・・・・を許可した・・・・・シスターが」


 沈黙が場を支配します。


「……さて、とりあえず授業を確認しましょうか」


「何も言えないんだね……先生」


 ……よく分からない弟子の言葉は、無視するとして。


 1番簡単なのは、風の魔術で中の様子を確認することです。


 しかし敵は――

 

 ……ルングですからね。


 魔力量はクーグと同等。

 発想力では多少クーグに劣りますが、洞察力や感知能力は非常に高い。


 そんな少年なら、魔術を使用した段階で、私の存在がバレてしまうはずです。

 

 ……であれば、私の採るべき選択肢は。


 静かにドアノブを握ります。


 古典的覗き。

 垣間見かいまみでしょう。


 私の緊張が伝播しているのか、クーグもまた息を呑みます。


 カチャリ


 ゆっくり扉を開いていくと、中の声が鮮明に聞こえ始めました。



「よし。今から俺が言うことを繰り返せ!

 これが、世の中で生きていくために大事なことだ。

 忘れるなよ? いいな? リピート・アフター・ミー!」


「はーい!」

「オッケー!」

「がんばる!」


 3人程の子どもたちが楽しそうに、返事をします。

 それに満足して頷くと、ルングは大きく言い放ちました。


「いくぞ!

 力! 金! 権力! はい!」


「「「力! 金! 権力!」」」


「ちょっと! 子どもに何を教えてるんですか⁉」


 静かに授業を見守ろうとしていた私の策略は、卑怯にもルングの不意打ちによって、脆くも崩れ去ったのでした。

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