9歳
第72話 王宮魔術師と1番弟子
目を開けるとそこは、何も見えない暗闇でした。
瞼を閉じても、これ程まで暗くはないでしょう。
黒の中の黒。
一切目視できない無。
漆黒の中に私はいました。
魔力すら感じない中、意外なことに私は恐怖を感じません。
足を1歩踏み出すと、踏みしめる大地の感触はなく、あるのは水の中を漂うかのような浮遊感。
どうやら私は、浮いているようです。
……温かいですねえ。
そのままずっとここに居てもいい。
柄にもなく、そんなことを考えてしまいます。
それにしても――
……私ってば、一体何をしてたんでしたっけ?
確か昨日はアンファング村に行き、弟子たちと――
などと考えたところで、
「先生! 起きなさい!」
大きな声によって、強制的に目覚めさせられたのでした。
「うっ……」
私が桜色の美しい目を開けると、迎えたのは再びの暗闇でした。
ただ、先程の様な心地よい浮遊感はありません。
代わりに漂うのは、紙とインクの匂い。
ここ数日、ずっと強制的に嗅ぐこととなっている匂いです。
ガサ
力強い音と共に、私の視界に陽光が差します。
そこには、紙束を持った美少女が居りました。
無造作に流された、ふわりとした長い茶髪。
服装は質素なスカート姿で、長い手足がすらりと伸びています。
紙束を持つ指は細長く真っ白。お人形さんのようでした。
顔は小さく、その中で結構な割合を占める黒色の眼は、強い輝きを宿しています。
とても清楚で愛らしい風貌の、誰もが羨む美少女ですが、なぜでしょう。
今、その少女の美しく整った眉は、吊り上がっております。
「なんで私が必死に研究報告書をまとめているのに、先生は気持ちよさそうに寝てるの?
卑怯だよ! ズルだよ! 私だって、寝てないのに!」
怒った声色すら可憐です。
この台詞を聞きたくて、私は意識を失っていたのかもしれません。
「って違いますよ、
私は寝てたんじゃなくて、失神してただけです。やはり徹夜はダメですね」
何日かの寝不足に加えて、昨夜の徹夜。
積み重なった疲労が、私を睡眠という名の誘惑に導いたのでしょう。
「弟子2人をそれに付き合わせておいて、どうして自分だけ寝てるのって話なの!」
「全くもう!」と、少女は紙束を
「あれ……クーグは今、何のレポートをまとめてるんでしたっけ?」
乗せられた紙束を下ろしながら、未だに覚醒していない脳を叩き起こすために、少女に話しかけます。
「うーん、結構前の実験だね。
ヴァイと大気の魔力の関係性のレポートだよ」
……ああ、あれですか。
私たちが初めて出会った時には、既に進められていた実験。
大気に満ちた魔力を、植物――作物は吸収するのかという疑問から生まれた実験です。
「確かヴァイごとに、魔力を宿すものと宿さないものに分かれたんですよね?」
「そうそう! なんなら魔力を宿したヴァイも、濃さが
美少女の遠くを見るような眼は、哀愁が半端ありませんね。
悲しみの嵐でした。
「……それにしても、どうして今更その実験レポートを?
他の実験だって、沢山しているでしょうに」
「そうなんだけどほら。
今、
「ああ、そういえばしてましたねえ――」
……となるとなるほど。
「今、貴女たちがしている
「そうだけどやってないよ! 私たちは断じて人体実験なんてやってないよ!」
少女は必死になって否定していますが、どうでしょう。
怪しいところです。
……私の弟子たちは、好奇心の塊。
気になることがあれば、なんだって試さずにはいられない性格です。
……私は決して忘れていません。
彼らと師弟関係を結んだ翌日、不意打ちによって酷い目にあったことを。
「……犯人は皆、そう言うんですよ?」
「だから違うってば!」
必死に否定する姿すら可憐です。
昔から可愛らしかったですが、今では気品すら感じますね。
きっと将来的には、縁談の話も1つ2つでは済まないはずです。私の様に。
そんな気の置けないやり取りをしていると、ちょっとした違和感がありました。
「そういえば、もう1人の犯人は?」
「ああ、ルンちゃんなら――」
「やっぱり犯人じゃないですか!」
言質取ったり。
これこそが、王宮魔術師の話術でした。
しかし、犯人は認める気がないどころか、師匠を無視して続けます。
「……ルンちゃんなら今は、授業中だよ。
少し前まで居たんだけど『金稼ぎの時間だ!』とかなんとか言って、出て行ったよ?」
「私の周り、変なのばっかり……」
自然と涙が流れてきます。
上司も変人。
同僚は変態揃い。
その上弟子は、マッドな魔術師2人。
常識をその辺に置いてきた人程、私みたいな普通の人間に惹かれるのでしょう。
灯に群がる虫のようなものですね、きっと。
願わくば、私と同じくらいの常識人をもう1人くらい、弟子に所望します。
このままでは、身が持たないと思うので。
「先生がその親玉なんじゃ……」
1番弟子が、すごく尊厳を傷つけるようなことを言っている気がしますが、無視します。
都合の悪いことは聞かない。
これがストレス社会を生きるコツです。
その技術を活かして、流れるように話を変えます。
「そういえば、ルングは何を教えているんでしたっけ?
無詠唱魔術を使った、詐欺のはたらき方とか?」
9歳にして、既に教導園の学習内容は全て修め、教える側に回っている2番弟子。
……優秀なのは良いことのはずなのに、なぜですかね。
「先生……そんな授業、教導園にあるわけないじゃない。
ルンちゃんは、ちゃんと村の子どもたちのために働いてるよ。
確かこの時間は……
……
「……」
こうして私は、1番弟子のクーグと共に、アンファング村教導園へ(
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