第68話 姉弟は少々変わっているようだ。

「理解の深さが魔術に繋がるって意味では、珍しいんですよ?

 あなたたちみたいな、高レベルの無詠唱魔術って。


 形や法則が、魔法円によってある程度定められている詠唱魔術と違って、形も法則も無い状態から始めるのが、無詠唱魔術ですから。


 発動する感覚を理解し辛いし、掴みにくいんですよ。


 何もない所に、新しい世界を作っていくようなものです。

 ……というか、よくここまで子どもだけで、積み重ねられましたね?」


 俺たちの無詠唱魔術について、レーリン様は熱弁をふるう。


 どうやら、俺たちのこれまでの魔術生活は、ほんの少し王道を外れたものらしい。

 姉の才能と、俺の前世の知識。


 その2つが奇跡的に合わさった結果、獣道を突き進んでいたようだ。


「じゃあ……先生。

 普通は、どうやって魔力とか魔術を使えるようになるの?」


 姉の無邪気な質問に、レーリン様は話すのを止め、申し訳なさそうに答える。


「2人にこれを告げるのは心苦しいですが、まず貴族以外の――平民の方々・・・・・は除外するこ・・・・・・とになります・・・・・・


「ええっ⁉ どうして⁉」


「……なぜですか?」


 少し険のある物言いに、なってしまったかもしれない。

 だが、納得はいかない。


 貴族であろうが、平民だろうが、人は人。

 世界に生まれ、生活を営む点においては、変わらないはずだ。


 ……平民と貴族に、何か違いでもあるのだろうか。


 立場か。

 経済力か。

 それとも血統か。


「……ルング君。そんなに睨まないでください。怖いですよ?」


 そう言って、レーリン様は淡々と続ける。


「理由は単純です。

 

 単に建国以来・・・・平民の中から魔・・・・・・・術の素質のある子は・・・・・・・・・生まれたことが・・・・・・・なかったから・・・・・・です。

 魔術師が生まれるのは貴族……それも、魔術師のいる家門ばかり。

 なので、定説として魔術師は貴族の――それも魔術師の血族から、生まれやすいとされてきました。


 ……あなたたちが現れるまでは、ですが」


 それを聞いた姉の声量が跳ね上がる。


「え、ということは……お母さんってお姫様だったってことだよね⁉

 それなら……私もお姫様⁉」


 姉は両手で口元を隠し、驚きのポーズをとる。

 貴族しか魔術師は生まれないという話から、母が貴族――それも王族――だと飛躍したらしい。


「だとすると……俺は王子様か。白馬とかに乗らないとな」


「ああ! ルンちゃんなら似合いそう! ポニーとか!」


 姉弟の盛り上がりを、レーリン様は否定する。


「いいえ。


 ご両親やあなたたちが、王家や貴族の血を引いているというのは、あり得ません。


 それに、あなたたちが川からドンブラコしてきたなんて事実もありませんし、ご両親の素行にも問題ありませんでした。


 (昨日)調べましたので。

 正真正銘あなたたちは、平民です」


 ……別に、本気でそんな期待をしていたわけではないのだが。


 こう断言されると、姉共々少し複雑な気分になる。


「……話が逸れましたね。


 それで魔術や魔力を、普通はどのように扱えるようになるかという話ですが。


 魔力に関しては、自然な目覚めを待つほかありません。


 物心つく前から魔力を制御できる人もいれば、10代前半くらいにようやく感知できるようになる人まで、個々人でそのタイミングは異なります。

 

 ただ、魔力に目覚めていると判断されれば、例外なく魔法円に触・・・・・れさせます・・・・・


そよ風よ、吹けブレーゼ


 レーリン様は、再びそよ風の魔術を展開させると、風が吹き始める。


「例えば『そよ風よ、吹けブレーゼ』も、当然ながら魔法円を持つ魔術の1つです。

 初級魔術で、属性は風。基礎的な魔術ではありますが……」


 レーリン様の言葉を合図に、風がピタリと止まる。

 しかし、魔術の全てが無くなったわけではない。


 残った魔法円が、展開された状態で維持されていた。


「なんか……暗い?」


 姉の言葉で気が付く。

 魔法円の存在自体は安定しているのに、魔力の輝きは薄れているのだ。


「では、クーグルンさん。この魔法円に触れてみてください」


「いいの⁉ やった!」


 姉は物怖じせず、魔法円に手をかざす。


「姉さん平気か? 痛くないか?」


 魔法円自体は、魔力で出来ていて、実体がない。

 更にいえば、魔術の発動も止まっている。


 それでも、今日初めて見たもの――見た現象だ。

 

 王宮魔術師の許可が出たとはいえ、心配なものは心配なのである。


「ううん……今のところ痛くも痒くもないかな。あったかいかも!」


 ゆっくりと姉が、魔法円に手を近づけていくと、


「にょわ!」


 驚きの声と共に、魔法円が輝く・・・・・・


 すると、魔法円から再び風が吹き始めた。


「姉さん、どうした⁉ 平気か⁉」


 心配をよそに、声を上げた張本人である少女は、魔法円を眺めて笑っている。


「ぷぷぷ……あははは!

 魔法円が、私の魔力吸ってる! くすぐったい!」


 朗らかに笑う姉の魔力の動きを見ると、微量だが確かに、魔法円に魔力を吸われていた。

 

「レーリン様、これってもしかして、姉さんの魔力で魔術を発動しているのですか?」


「ええ。その通りです」


 レーリン様は頷くと魔法円を消す。


「クーグルンさんの魔力で魔法円が起動したので、彼女は風属性の魔術に適性があると判断できるわけです。


 魔力に目覚めた貴族の子息と令嬢たちも同様に、これを全属性受けてもらって、適性判断をするというのが、一般的な流れになりますね」


「その後は、貴族の繋がりコネと金を積んで、適性に合った魔術を習っていくと」


「ルング君? そうですけど……もっと言い方を選んでくださいよ。

 貴方、本当に子どもですか」


 考えを口にすると、レーリン様は物言いたげな目をこちらへ向ける。


 姉はそんな俺たちを気にせず、魔法円の消えた場所で、空を掴んだり放したりすると、


「じゃあ、私は風の適性持ちだね! えっへん!」


 鼻高々に胸を張った。


 ……いや、誇らしい気持ちは分からないでもないが。


 少女は嬉しさのあまり、自身の扱える魔術を忘れているらしい。


「姉さん……俺たちは、他の属性の魔術も扱えるだろう?」


「あっ! そうだった!」


 俺の言葉に、レーリン様が尋ねる。


「……ちなみにですが、他にどんな属性の魔術を?」


「風以外にも、火と水と土は使えます。

 後は……治癒の魔術くらいでしょうか」


「私も! でも、リっちゃんのやつも入れたら、もう1個増えるね!」


 姉のリッチェンの真似身体強化は、魔術と定義して良いのか怪しいと思うのだが。

 若干失敗してたし。


 そんな俺たちの言葉を聞いて、レーリン様の笑顔が心なし引きつる。


「4属性ならいざ知らず、特殊属性まで……。


 ……あのですねえ。

 断っておきますけど、複数の属性に適性がある人は珍しいんですよ?


 1属性の人が大多数で、2属性持ちは貴重。

 3属性以上となると、珍獣扱いなんですよ? ハントされるんですよ?


 それなのにあなたたち……盛り過ぎでしょう」


「私たち、貴族様を超えた大貴族様⁉」


 レーリン様の話を聞いて、調子に乗る姉に釘を刺す。


「姉さん、そんなこと言ってると、即刻処刑だぞ。

 レーリン様だって、貴族だろうし」


 すると姉はレーリン様に視線を向け、ゆっくりとその場に正座する。


 ……小刻みに震えているように見えるのは、気のせいだろうか。


「レーリン王宮先生魔術師様、私は処刑しても美味しくありませんことよです!」


「……こんなことで処刑しませんし、食べませんよ。言葉遣いも変ですし」


 レーリン様はため息を吐くと、姉弟2人に視線を戻す。


「あなた達は色々な意味で、本当に異質で謎だらけなのです。


 魔術の扱える初めての平民で、無詠唱魔術の使い手で、複数の属性適性持ち。


 魔術師界の中でも、異端といっていいでしょう」


 そういうとレーリン様は、目線を俺たちに合わせる。

 その瞳には、知的探求心の色が強く輝いている。


「どうですか? 面白くないですか・・・・・・・・?」


 王宮魔術師は、そう言って笑みをこぼす。


 ……「面白くないか」だって?


 平民なのに、何故か魔術を使えて。

 現代魔術とは異なる、無詠唱魔術を扱えるようになっていて。

 貴族でも持てない、多数の適性を持つ。


 学びたいことも、してみたいことも、考察したいことも。

 聞きたいことも、調べたいことも、実験したいことも無数にある。


 そんなの――


「面白いに決まってるよ! 先生!」


「レーリン様、面白いに決まっているでしょう」


 そんな姉弟の答えに、レーリン様は満足そうに笑ったのだった。

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