第67話 理解の重要性。
「よし、来い! リッチェン!」
「いくわよ! おとうさん!」
村長たちの訓練を背景に、
「私が扱った魔術は、詠唱魔術――魔法円展開魔術といいます」
「えいしょう?」
「言葉を使うってことだ」
「ああ、なるほど! そういえば、先生何か言ってたもんね!」
合点がいった姉に、レーリン様は微笑みかける。
……であれば、魔法円展開魔術の魔法円というのはおそらく――
「はい、例えば……『
こんな感じですかね」
レーリン様が言葉を紡ぐと、魔力が彼女の正面に広がり、空中に円が咲く。
「こうやって、魔術の名前を詠唱して発動するのが詠唱魔術です。
この魔術は先程、土煙を移動させるために使用した、そよ風を吹かせる魔術。
そして空中にあるこの円を、魔法円といいます」
「わああ! 光ってる! 可愛いね!」
円――魔法円の展開を、姉は諸手を挙げて喜んでいる。
……姉さんの感覚は、正直よく分からない。
光ってて可愛い……イルミネーション的な感覚なのだろうか。
こちらにはない面白い視点だ。
……それにしても――
「……綺麗な円だ。整っている」
瞬時に描いたとは思えない程の美しい円に、称賛がこぼれる。
そんな俺たちの様子に、レーリン様は困り顔だ。
「お2人とも珍しい感覚をお持ちのようで……。
とりあえず、この
なので私たちの魔術は、魔法円展開魔術とも呼ばれています」
……うん?
抱いた疑問を解消するために、手を挙げる。
「はい、ルング君。どうしました?」
「
レーリン様は淀みなく答える。
「ええ。この魔法円さえ展開できれば、『
……何か含みがある気もするが、だとすると――
「……それなら、詠唱する必要はないのでは?」
詠唱と魔法円。
詠唱魔術と魔法円展開魔術。
レーリン様は2つで1つの様に話しているが、彼女の説明が正しければ詠唱はいらないはずだ。
そんな俺の考察に、レーリン様は柔らかく微笑む。
「はい、必須ではありません。
そしてひょっとすると、
ただ、
レーリン様はそう言うと、
「さて、この2つの魔法円の違いが分かりますか?」
「むむむ……」
姉と2人、宙で輝く2つの大輪を見つめる。
直径はレーリン様の上半身くらい。
中の文様も似通っている……どころか、同じにしか見えない2つの円だ。
なんなら両方とも、先程の魔術――『
その魔法円と同様のもののはずだが――
「あっ! 分かった!」
しかし、姉は何かに気付いたらしい。
素早く手を挙げる。
「はい、クーグルンさん」
「円の魔力の強さが違う!」
……言われてみれば。
展開された2つの魔法円には、微妙に魔力の差がある。
そしてよくよく注目すると、
強く輝く箇所と、淡くぼんやり光る箇所で不自然なグラデーションとなっている。
「……よく気付いたな。姉さん」
「ふふふ。私、やればできる子!」
……それはやる気のない子の定番の台詞だと思う。
そして自慢の姉相手ではあるのだが、先に正解されたことが少し悔しい。
「はい、正解です。
ではこちらと比べると、どう見えますか?」
『
レーリン様の言葉と同時に、再び魔法円が展開する。
3つ目の魔法円。
しかし、先の2つとは明確に違う。
「詠唱した方が、魔法円が綺麗?」
「綺麗というより、安定してる感じじゃないか?」
先の2つと比べて、魔法円全体が均されている。
大枠の円どころか、組み込まれている文様の輝きすら全て一定だ。
「……ということは、詠唱に魔法円を安定させる効果が?」
姉と俺が、レーリン様に視線を向けると、彼女は少し考えて答える。
「……ひょっとすると、そういう効果も多少あるかもしれませんが。
どちらかというと詠唱は、魔術を教わる際の
条件反射の結果とはつまり――
「……レーリン様たちは、
「大正解!」
ポンポン
レーリン様の簡易な火の魔術が、俺の正解を祝う。
「ぜんてーじょうけんって、あれだよね?
ルンちゃんが働いてお菓子を貰ったら、私が美味しいみたいな!」
……それは違うと思うが。
そして、俺からお菓子を奪う前提なのがおかしい。
「てことは、先生の場合のぜんてーじょうけんはこんな感じかな?
詠唱したら、魔法円がパッと作れるみたいな?」
「またまた大正解です!」
「わーい! 大正解!」
詠唱と魔法円の関係性。
姉はそれを、感覚的に掴んでいるらしい。
そんな大喜びの
「先生は最初から、今みたいにできてたの?」
「まあ、私は優秀ですからね。
最初から
誇らしげに胸を張るレーリン様は、立場の割にかなり幼く見える。
「じーっ」
「……」
擬態語を言葉にする姉と、無言の俺の視線に耐えられなかったのか、レーリン様は咳払いをして話を続けた。
「……コホン。
現代魔術を学ぶ場合、まずは魔法円から覚えます。
魔法円の形状を完全に覚えたら、次はそれを魔力で描く練習ですね。
できるようになったら、
それを繰り返すことで、詠唱とほぼ同時に魔法円を展開できるようになります」
……なるほど、詠唱と魔法円が紐づけされているのか。
ここでようやく、先程の感性に任せた姉の発言を、完全に理解できた。
詠唱と並行して魔法円を展開する。
それを繰り返し練習することによって、
つまり、詠唱を前提条件とした条件反射によって、魔法円を即時展開し魔術を発動するのが、この世界における一般的な魔術――詠唱魔術らしい。
……だからこその、あの発動速度か。
数学の公式や、社会の年号を
あるいは、問題と解答を丸々暗記して、
……だとすれば――
拍子抜けと、少しの
それを隠すように、レーリン様に尋ねる。
「……つまり魔法円を覚え、安定して魔力をその形に出力できれば、レーリン様みたいな魔術――魔法円展開魔術が、扱えるってことですか?」
それに対して返ってきたのは、茶目っ気のある顔だ。
「大雑把に言うとそうですが、素養が必要になります」
「……そようって?」
「下地というか……基礎みたいな意味だな。
ちなみに、どんな素養が必要なのですか?」
……もう、さっさと詠唱魔術を使ってしまいたい。
「そもそもの話として、魔力感知の可否がありますが、お2人は問題ないので置いておくとして。
まずは
魔法円の役割と、起きる現象の把握が重要です。
魔法円を作ることができても、それが足りなければ魔術は発動しませんし。
そして魔術の威力や規模も、魔法円や魔術の理解の深さに大きく左右されます」
ゆっくりと中指が折られる。
そんなレーリン様の説明を聞いて、
……良かった。
「魔術なんてただの暗記だ」
そう言われるのが、怖かった。
前世の学生時代を思い出してしまったのだ。
何の意味も考えず、ただやり過ごすために暗記して。
無為に過ごし続けた前世の自分。
その無気力の蓄積によって生まれてしまった、全てに興味のない自分を。
もし魔術も
……本当に良かった。
魔術が、そんな単純なものじゃなくて良かった。
理解を深めることで、できることが増えて。
生まれた選択肢によって、また理解が深まっていく。
その円環が、たまらなく嬉しくて……楽しい。
少なくとも俺にとっての魔術の醍醐味は、そこにある。
……それはそれで、勉強に似ているのかもしれない。
やらされる勉強ではなく、自ら取り組む勉強だが。
歴史上の出来事をただの記号ではなく、人の営みの積み重ねと理解して楽しむように。
定理や公式に対して、自身で試行錯誤し、理解を深めていくことで、それらを単なる文字の羅列ではなく、新たな世界への足掛かりとするように。
詠唱魔術――魔法円展開魔術の巧拙もまた、理解の深度と強く繋がりがあるらしい。
「なんか、私たちの魔術――無詠唱魔術だっけ? それに似てるね!」
「言われてみると……そうだな」
姉の言葉が、ストンと胸に落ちる。
俺たちの魔術。
姉と俺は、ずっとそれを制御するために、試してきた。
どうすれば、火がもっと燃えるのか。
植物に丁度いい水の量は、どんなものか。
空を飛ぶには、風をどう吹かせればいいのか。
土の柔らかさは、どれくらいが良いのか。
自身の
先の見えない闇の中、姉弟で協力して進んできたのだ。
その結果、断言できるのは――
実験の度に――理解が深くなる度に、俺たちの魔術が自由になっていったこと。
慣れによるものだと思っていたそれが――勿論慣れもあったのだろうが――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます