第65話 王宮魔術師の魔術は面白い。
「うわ⁉ 熱っ⁉ リッチェン大丈夫か⁉」
「だいじょうぶ! それよりおとうさん、けむりがすごいわ!」
紅蓮の炎と轟く咆哮。
それによって舞い上った土煙の中、村長
「ルンちゃん……今のって何かな⁉」
烈火の残り火の熱さ故か、姉も少し高揚気味だ。
……もう少し、レーリン様の心配をしても良いのではないか。
そう思わなくもない。
しかし姉に、魔術師の安否を気にしている様子はない。
その瞳にあるのは、純粋な好奇心。
魔術師が発動した、初見の魔術に対する関心のみだ。
「姉さん、まずはレーリン様の心配からだろう?」
俺の指摘も、姉に効果はない。
「ええー、それは大丈夫じゃない?
ルンちゃんも見てたでしょ?
先生、明らかに魔術で防御してたし!」
……恐ろしい観察力。
瞬刻の魔術のせめぎ合いを、見事に姉は看破したらしい。
「……声を合図に、
仕方なく、レーリン様の魔術で気になった部分を口にする。
彼女の声が響いた直後に、魔力が刹那で展開された様に見えた。
場所は地面、形は円。
その中心に、件の王宮魔術師は佇んでいたはずだが。
「うん! 足元に円が広がって、その直後にボンって大爆発!
凄かったよね! 格好良いよね!」
……その魔術の結果、起きたのは爆発だ。
姉の放った炎にものを燃やす力はあれども、爆発を起こす意図はなかった。
そして、俺の土槍に至っては言うまでもない。
つまるところ、爆発と土煙は、俺たちの魔術ではなく――
「先生の魔術、凄い威力だったよね!」
王宮魔術師レーリン様によって、引き起こされたものだ。
彼女の魔術で、姉の炎はかき消され、俺の無数の土の槍は瓦解した。
その爪痕が、この土煙である。
だが特筆すべきは、その威力だけではない。
「……発動速度も段違いだったな」
俺たちの魔術に対して、後出しでも間に合う速さ。
レーリン様の魔力が魔術へと移行する過程は、集中していても
……移行できたのか? それとも省いたのか?
仮にあの短時間で移行できたのなら、その処理速度は脅威的だ。
どんな鍛錬を経れば、その領域に至れるのか想像もつかない。
そして省いたのであれば、その手段が気になる。
加えて魔術の発動速度の短さが、嘘のような破壊力。
発動速度と威力。
俺の求めるものが、レーリン様の魔術に凝縮されていたように思う。
……知りたい。
あの魔術について、心底知りたい。
「ルンちゃん……楽しそうだね」
「ん? そう――」
『
再び声が響き、魔力が円形に広がる。
瞬間の開花。
空中に咲いた美しい円は先程とは異なり、こちらへと向いている。
……円の中に描かれているのは文字か?
もう少し観察したかったが、その時間はない。
姉と共に身構え、これから起きるであろう何かに対して、魔力を練り上げる。
……何が起きる?
攻撃か?
それなら、俺たちの採るべき選択肢は――
しかし、そんな警戒の必要はなかったようだ。
起きたのは風。
それも、木の葉を浮かせる程度のそよ風だったからだ。
軽やかな風は、ふわりと土煙を連れて行く。
「ほら! やっぱり先生無事だった!」
「そうだな」
「それに、また面白そうな魔術だね! 効率良さそう!」
「こんな感じかなー」と、姉は風を起こした円を、自身の風の魔術で再現しようとする。
その間も魔力の円はその形を保ち、一定の出力で風を生み出し続けていた。
「出力の維持は、どうなっている?」
円に夢中な姉同様に、俺の心もまた、その魔術に囚われていた。
……どうしてここまで、安定して出力できる?
俺たちの魔術は、自身のイメージを元に顕現し、制御している。
少し発動に時間はかかるが、その分発生した
「うーん、こうかなあ?」
実際、姉が円と内部の文様を、風の魔術でなぞることが出来ているのは、発生させた風を姉の意志で操っているからである。
しかし代わりに、
魔術を制御しているのは、あくまで人間の意志であり。
故に、同じ挙動をさせているつもりでも、どこかで齟齬が生じてしまうのだ。
例えば、姉があの円を完璧に再現できたとする。
しかしその後に、同様の円を描こうとしても、
魔術に使用する魔力量や、制御する意識、疲労といった様々な要因によって、その場その場で魔術の規模や出力が、少なからず変化してしまうためだ。
そういう意味で、俺たち姉弟が扱う魔術は生物的といえるのかもしれない。
少しの要因で、すぐに変化してしまう。
それに対して、この円の魔術は機械的――あるいは自動的。
一定の魔力量で、一定の時間、一定の出力で常に魔術を発動し続けている。
どちらにも長短がありそうで、優劣はよくわからない。
しかし、俺たちの魔術とは異なる技術で稼働しているのは、間違いないだろう。
「できた!」
遂に姉の風が、円と中の文様を再現する。
「うーん、何も出ないね……」
しかし、何も起こらない。
「少しこの辺りが違うんじゃないか?」
「ええ、そうかなあ? こうだと思うんだけど……」
話し合って、少しずつ修正。
そんな姉との楽しい語らいの中に、桜色の声が差し込まれる。
「魔法円を
……ああ、怖かった。死ぬかと思いました。
土煙を晴らすと、姉弟が見えてきました。
どうやら私の魔術を、再現しようとしているようです。
「魔法円を魔術で再現しても、発動しませんよ?」
そんな助言を与えると、2人は再び考え始めました。
……それにしても。
「全力で撃ち込んできてください」
そんなことを言った先刻の自分に、上級魔術をぶち込みたくなります。
口は禍の元。
後悔先に立たず。
こうして驕った結果、人間というのはあっさりと死んでしまうのでしょう。
少女と少年――クーグルンさんとルング君の魔術。
逸材というのは理解していたつもりでしたが、それでも私は彼らを甘く見積もっていました。
たとえ天才であろうと、まだ魔術の基礎教育を終えていないヒヨッコだろうと。
だからこその、調子に乗ったあの発言です。
心から後悔しました。
自身の見通しの甘さを、私は反省しなければなりません。
姉弟から放たれたのは、無詠唱の火と土の魔術。
火――炎は威力重視。
爆発的な魔力がつぎ込まれた劫火。
その火力は凄まじく、敵を焼き払う強い意志が感じられました。
それに対して、土槍は速度と制御重視。
場に存在する自身の魔力を操作した、不意打ち特化の槍でした。
恐るべき制御能力によって、私の死角である真下と後方から突き崩す算段だったのでしょう。
……どこが
どちらも私の命を奪いかねない、強力な無詠唱魔術でした。
この練度の無詠唱魔術を目にするのは、
少なくとも、今の私にはできません。
そしてその計算外が、私の予定を全て狂わせました。
……まったく。本当は初級防御魔術で、颯爽と防ぐつもりだったのに。
予想外の威力と的確な制御を見て、咄嗟に中級防御魔術『
でなければ、無事では済まなかったかもしれません。
「魔術では発動できない……それなら魔力か?」
「あっ! そういうこと⁉ 私もやる!」
恐るべき魔術を放った姉弟は、私のヒントを元に、やはり楽しそうに魔法円を再現しようとしています。
……こういうところも、逸材ですね。
人を殺しかけておいて、その事実よりも魔術が大事。
頭のネジが、緩んでいるのかもしれません。
だからこそ、心配になります。
……この子たちが、真っ当な道を外れないようにしなければ。
そのためにも、王宮魔術師随一の人格者である私が、面倒を見るべきでしょう。
やれやれ……常識人は苦労します。
そんなことを考えていると、
「あの……先生!」
少女の声が響きました。
魔法円の再現がどうなったのかはわかりませんが、何故か少女の身体が魔力光に輝きます。
その視線の先には私。
……何⁉
ビクリと反応する体。
どうやら、先程の出来事がトラウマになってしまったようです。
そして――
チラリ
少女に気を配りつつ、少年の動きにも注意します。
目立つ姉を目くらましに、致命の一撃を狙う。
……厄介極まりない姉弟でした。
しかし今回は、少年に動く様子がありません。
じっと2人に注目していると、少女――正確にはその魔力――に動きアリ。
全身から立ち上っていた魔力が、その小さい身体に収まり、少女自身の肉体が白色の輝きを放ち始めたのです。
……これって、身体強化魔術では⁉
魔力制御による、身体能力の強化。
魔術師よりも、騎士や兵士に使い手が多い特殊属性魔術です。
ぐっ
対峙する少女が、足元の大地を強く踏もうとします。
目的はおそらく移動でしょう。
……遠距離戦を避け、近距離戦を仕掛けるつもりですか⁉
私、インドア派なんですけど……。
とりあえずの対応ができるように、腰を落とします。
……結果から話してしまうと――
少女と近距離戦をすることには、なりませんでした。
少女の全力の踏み込みは、庭の表面を大きく削り、新たな土煙を上げると――
グシャ
「へぶっ⁉」
その場で転んでしまったのでした。
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