第64話 試されている。

「いや、レーリン様! それはいくらなんでも……」


 村長は俺たちを見る。

 その目に濃く映るのは心配の色だ。


「村長ブーガ。

 実力を見ると言っても、お2人と戦うわけではないので安心してください」


 そんな心優しい村長を、王宮魔術師レーリン様が宥める。


 ……戦うわけではない。


 彼女は確かにそう言ったが、ではどうやって実力を見るのだろうか?


 ……ひょっとして――


「レーリン様。

 もしかして、人を見るだけで実力を判別できる魔術でもあるのでしょうか?

 それなら、是非教えて欲しい」


「え⁉ そんな魔術あるの⁉ 先生、私にも教えて!」


 俺と姉の言葉に、レーリン様は微笑む。


「いえ、そんな魔術はない――とは断言できませんが、少なくとも私は使えません」


「……それなら、どうやって先生は実力を見るの?」


 溢れんばかりの好奇心に押し流されて、姉の敬語は既に消え去っている。

 しかし、レーリン様にそれを気にする様子はない。


 器が大きいというよりも、姉と同様に好奇心が最優先なのだろう。

「口調などどうでもいい」と彼女も考えている気がする。


 ……好奇心のお化けが2人。まともなのは俺だけのようだ。


「単純ですよ、クーグルンさん。2人の魔術を、私に撃ち込ん・・・・・・でもらうだけです・・・・・・・・


「っ⁉」

「っ⁉」


 レーリン様の台詞と同時に、俺と姉はその場から飛びのき、距離を取る。


 全身から汗が吹き出し、鼓動が早鐘の様に胸を叩く。


「2人とも、どうしたんだ?」


「ルング? クーねえ?」


 俺たちの尋常ではない様子に、村長とリッチェンが戸惑いの声を上げる。


 ……応えたい気持ちは山々なのだが、今は――


「……素晴らしい反応です。ちゃんと見えていますね」


 膨れ上がったレーリン様の魔力から、目が離せない。

 

 魔力量は姉を優に超え、天にも届かんばかりに燃え上がっている。


 俺たちに害意があるわけではない。


 しかし、その巨大さ故に警戒せずにはいられない。


 ……だが、これだけが・・・・・――


「魔力、大きいね! すっごいね!」


 俺の思考は、姉の称賛によって遮られる。


 抗議するように視線を向けると、少女の顔には強者への挑戦の喜びが満ち満ちていた。


 その姿はまるで、遊園地のアトラクションを楽しむ子ども。


 無垢なる好奇心と、怖いもの知らずの豪胆さ。

 姉は何事にも、物怖じせず躊躇わない。


 そんな少女は興奮のままに続ける。


「でも、それで全力なのかな・・・・・・?」


 姉の疑問は、先程遮られた俺の考えと同様のものだ。

 

 見たことのない膨大な魔力。


 だが、これだけが王宮魔術師レーリン様の全力なのだろうか?


 まずあり得ない。

 これだけのはずがない。


 ……まだ隠し玉がある。


 そう考えるべきだ。

 

「さあ、どうでしょうか?

 お2人が、全力で魔術を撃ち込んできてくれれば、わかるかもしれませんよ?」


 魔力の解放によって輝く魔術師の姿は神々しく、地上に顕現した女神の様だ。


 そんな魔術師は、余裕の笑み・・・・・を浮かべている。

 俺たちの疑問に答えはない。

 けれどきっと、その表情こそが解なのだろう。



 ……全力か。


 パチッ


 姉と視線が交錯する。


 コクリ


 互いに、確認したいことは分かっている。


 ……世界の魔力・・・・・を使うかだ。

 

 自身に取り込めば、簡単には治らない怪我を完治させ、強固な魔物すら1撃で屠ることすら可能になる強大な力。


 それが俺たちの全力だが、問題は――


 ……それを人に向けていいのかどうか。


 レーリン様の魔力を見る限り、俺たち自身の魔力では、倒せるか怪しい。

 故に本気で倒しにいくのなら、世界の魔力を扱う選択肢もありだ。


 だが姉も俺も、この世界の魔術師の基準を知らない。


 立ち塞がる王宮魔術師が、強いのは分かる。

 しかし、そんな彼女と俺たちの差が、どの程度開いているのかはわからないのだ。


 そんな中で、俺たちの力量を超えた世界の魔力魔術を扱った場合。


 レーリン様が、見事防いでくれるのならいい。

 それなら「王宮魔術師って凄い! 格好良い!」で済む。


 だが、そうならなかった・・・・・・・・場合。

 防ぐこともままならず、万が一の――最悪の事態に陥った場合。


 姉と俺は、その罪を一生背負って生きることになる。


 ……そんなのは嫌だ。


 家族や村の一大事でもない、たかが腕試し程度で人の命を奪うなんて御免被る。


 それに、ようやく得られた念願の家庭教師――王宮魔術師の先生なのだ。

 そんな人に、火中の栗を拾わせる必要はないだろう。


 その気持ちは姉も同じだったらしく、視線アイコンタクトで俺に告げる。


「止めとこうよ、ルンちゃん! 世界の魔力アレって、私たち自身・・の全力感ないし!」


「……そうだな」


 世界の魔力を、ここでは使わないことを決める。

 この力は、レーリン様から魔術を教わりながら、少しずつ実験と考察を重ね、今後の扱い方を考えていくとしよう。 


「それに、王宮魔術師相手に隠す奥の手――秘密兵器って格好良いしな」


「秘密兵器⁉ なんか、ワクワクする響き!」


 視線で互いの意志を確認し終えると、姉は魔力を練り始める。

 表出していた魔力は密度を増し、その存在感を更に高めていく。


 ゆらり


 細い両手を姉はゆっくりと持ち上げ、魔術師の位置でピタリと止める。


 掌は標的を捉え、大きく開かれている。

 膨大な魔力は白の波濤となって、その両の手へ次々と収束していく。


「村長ブーガと、リッチェンさんは離れてください。危ないですよ」


「わかりました。行くぞ、リッチェン!」


「りょうかいですの!」


 姉の魔力の高まりを見たからか、魔術師は村長とリッチェンを遠ざける。


 姉の魔力は、未だ魔術として顕現していない。


 しかし、その強い輝きは雄弁だ。


「正面から、王宮魔術師レーリン様を打ち破る」


 本物の魔術師相手に、少女は正々堂々と正面突破を狙うつもりらしい。


 ……それなら俺はどうすべきか。


 姉と同じように正面から仕掛けるか?

 否。それでは、仕留めきれない。


 敵は王宮魔術師。

 おそらくは最高峰の魔術師のはずだ。

 そんな彼女からすれば、俺たちなどまだまだ新米に過ぎない。


 ……よし、決めた。


 姉の不足を補う魔術を以って、あの強大な魔術師の足を掬おう。


 今、自身の内を巡る魔力を操作すれば、動きを悟られる。


 故に用いるのは俺の中の魔力……ではなく、庭に満ちた魔力。

 昨日の掃除によって、庭全体に浸透させた魔力だ。

 

 それを利用し、土を制御する魔術で王宮魔術師を討つ。


 原理としては、いつも扱っている土の魔術と変わらない。

 異なるのは、魔力が既に土に宿っているか否かのみ。


 放つのは魔物を倒すには及ばずとも、人間相手なら十分な威力を誇る土の槍だ。


「行きますよ! 先生!」


 姉は律儀に声を上げると、構えた両の手から、全てを呑む烈火の海を放つ。


 前面を覆う紅蓮。


 やはり狙いは正面から。

 読み通りだ。


 ……今!


 魔術師の視界が、姉の魔術魔力白光に占められる。


 そのタイミングで、大地を制御し始める。


 姉の魔術が目くらましとなって、魔術師は俺の魔術に気付けない。


 念には念を入れて、庭の魔力を魔術師の背後と下方――死角へと集める。


 ……うん?


 何故か姉が、視線をこちらへと向けていた。


「ルンちゃん、容赦ない」


 姉の瞳が、そんなことを言っているような気がするが、おそらく勘違いだろう。 

 


 ……さあ、どう動く?


 姉弟の協力による、挟撃――多面攻撃。


 回避するのか。

 それとも、他の手段を取るのか。


 俺たちは魔術師の動きに目を凝らす。


 迫る炎と土。

 しかし、魔術師に動きはない。


 ……その場で受ける気か?


 騎士リッチェンや魔物の様に、全身に巡らせた魔力によって、俺たちの攻撃を耐えるつもりか?

 

 ……させるか!


 制御する土に、更に魔力を凝縮させる。


 魔物を討ちきれなかったのは、威力の不足が原因だが、それは魔物が高速で移動していたのも大きい。


 動く相手を捉えるために、威力よりも速度を優先したのだ。


 ……まあその結果、ダメージを与えられなかったわけだが。


 しかし魔術師は今、動かず佇んでいる。


 それなら話は別だ。

 遠慮なく威力に注力させてもらおう。


 細い土の槍を鋭く太くなるよう、制御する。

 生成するのは、ただの打撃すらも致命打となりかねない巨大な槍。


 炎と土槍は、もう魔術師の目と鼻の先に迫っている。


 ……本当に動かない気か?


 魔力を用いて魔術を発動するには、少し時間がかかる。

 魔物と対峙した時は、その僅かな時間を騎士リッチェンに稼いでもらったのだ。


 しかし魔術師は佇まいどころか、魔力にすら一切の動きがない。


 すなわち魔術の発動は、もう間に合わないはずなのだが――


 ……胸のつかえは取れない。


 魔術師の静かな笑みが、異様に気になるのだ。


 そんな魔術師相手に、炎の奔流は轟音を、土の槍は静寂を伴って襲い掛かる。


 轟音と無音による挟撃。 


 ……捉えた!


 そう確信を得た刹那――美しい声が世界を支配する。


炎の嵐よ、我を護れブーシュッツン


 その声を契機に、王宮魔術師は爆炎に包まれた。

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