第63話 姉弟以外の魔術師。

「レーリン様、こんな田舎までお越しいただき、ありがとうございます。

 リッチェンも案内、ありがとな」


「どういたしまして! おとうさん!」


 こちらへとやって来る2つの人影に、村長は礼を伝える。


 1人は見慣れた赤毛の少女――リッチェン。

 立派に案内係の役割を果たしてくれたようで、満面の笑顔だ。


 そしてもう1人。


 村長が、レーリン様と呼びかけた人物だ。


 フード付きの長めの黒ローブ。

 顔はフードに覆われていてよく見えないが、今はそんなこと・・・・・・・どうでもいい・・・・・・


「ルンちゃん、先生凄いね!」


 姉はこそこそと俺に話しかける。


「ああ。なんて魔力制御だ」


 姉以外に、魔術を扱える人間を(自身を除けば)初めて見た。

 そういう意味で俺は、この世界の一般的な魔術師常識を知らないと言えよう。

 

 しかし、そんな俺でもわかる。

 理解できる。


 この人は、俺たちとは桁違いの魔術師だ。


 姉の様に、飛び抜けた魔力量を誇るわけでも、練度があるようにも見えない。


 自然体。

 挙動も何もかも、普通の人なのだ。


 しかしその行動の端々には、魔力が籠められている。

 繊細な魔力制御は端麗で、俺たちの知るそれと全くの別物だ。


 歩く。

 話す。

 微笑む。


 生きること全てに・・・・・・・・魔力が通っている・・・・・・・・


 ……これが魔術師。


 ひょっとすると呼吸すらも、この人にとっては、魔術の修練なのかもしれない。


「ああ……そういうことですか!

 リッチェンさんは、騎士ブーガの娘だったのですね……道理で」


 魔術師は思いの外、可愛らしい声でそう言って、フードを外す。


 中から零れ落ちたのは、桜色の髪と瞳。

 整った顔立ちの女性だ。


 ……若い。


 熟達した魔力制御に抱いた印象とは対照的に、とても若い。


 ……20代前半。ひょっとすると、10代かもしれない。


 無論、俺たち姉弟やリッチェンよりは年上だろう。


 しかし、村長と並ぶと大人と子ども。

 娘と言われても、違和感はない。


「……レーリン様。私はあくまで元騎士ですので。

 今は、アンファング村の村長でございます」


 ずっと年下の女性に、村長は随分と丁寧な口調で接している。

 いつものお人好しは鳴りを潜め、メリハリのあるやり取りは、お姫様に仕える騎士の様だ。


「そうでしたね、すみません。それで――」


 桜色の瞳が、俺たちを捉えた。

 村長はその意図を察し、すぐさま口を開く。


「ああ、すみません!

 こちらが、特別家庭教師枠でお願いしたい2人でございます」


 そう言うと村長は、目で俺たちに「挨拶しろ」と合図する。


「私は、クーグルンです! よろしくです! 先生!」


 口火を切ったのは姉だ。

 いつも以上に元気な様子で、勢いよく右腕を挙げている。


 凄い魔術師に出会えたことと、先生がかなりの美形なこと。

 おそらくそのどちらかの理由で、興奮しているのだろう。

 

 ……いや、両方か。


「はい、クーグルンさんですね」


 女性は姉に柔らかく微笑みかけ、俺へと桜色の瞳を向ける。


「……ルングです。よろしくお願いします」


「はい。ルング君ですね。

 私は王宮魔術師・・・・・のレーリンといいます。

 お2人とも、今後もよろしくお願いしますね」


 俺の挨拶を聞くと、女性――レーリン様は、丁寧に頭を下げる。

 

 ……待て待て待て待て。


 王宮魔術師?

 彼女は今、そう言ったか?


「おーきゅーまじゅつし? 村長知ってる?」


「ああ……まあ、王様のために働く魔術師って感じだな」


「偉いの?」


「ああ、俺の100倍偉い」


「ええっ⁉ 先生、凄い人⁉」


「ふふふ」


 姉と村長のそんなやり取りが可笑しかったのか、レーリン様の黒のマントがプルプル震える。


「村長? 家庭教師が王宮魔術師様だなんて、初耳なんだが……」


 そして、俺もまた怒りで震える・・・・・・


「あれ……言ってなかったか?」


 一切聞いていない。

 仮に聞いていたとしたら、もっと愛想よく徹底的に媚びている。


 王宮魔術師。


 どんな職かは、前世のニワカ知識を元にした推測になるが、先程の村長の対応も考慮すれば、国内での立場は高いはずだ。

 ある程度の権力者だと言っていいだろう。


 加えて王宮魔術師は、王に仕える魔術師というだけあって、魔術師の中でも上位の実力を持つに違いない。

 戦慄するほど自然な魔力制御能力からも、それは読み取れるし、確実に俺たちよりも魔術の造詣は深い。


 そして王に直接仕えているということは、その給金も安いことはないはずだ。


 それはつまり――


 魔術、権力、金。


 俺が村を守るために必要だと考えている3つの内、少なくとも2つ、ひょっとすると3つ全てを兼ね備えている人。

 

 そんな人とお近づきになれると事前に分かっていれば、それこそ今の100倍は愛想良くしたというのに。


 俺の怒気に、村長は申し訳なさそうに目を逸らす。


「そーんーちょーう」


「……まあまあ、落ち着けルング。人間ならこういうこともある」


 ダラダラと脂汗を流す村長から、矛先を変える。


「リッチェン、俺は村長のせいで失敗した。大失敗だ。

 故に、損害賠償を請求する。

 俺の被った被害の分、君は今後俺の手足となり働け」


「わ、わかったわ! おとうさんのぶんも、わたしがんばる!」


「おい! リッチェンを巻き込むのはひきょ――」


 いつものやり取りが始まろうとした刹那――


「あの……3人ともすみませんが、よろしいですか?」


 ピタリ


 王宮魔術師レーリン様が、それを遮る。

 ニコリと微笑んで、手を軽く上げている様は、一見お淑やかな御令嬢にしか見えない。


 しかし、その空気感は先程までと異なる。


 威圧感。


 お説教前の母のようでもあり、無茶振りを始める時の姉のようでもある。


 笑顔でこちらに爆弾を投げ込んできそうな、嫌な雰囲気だ。


 微笑みで細められた目がゆっくりと開き、同時にその口から言葉が紡がれる。


「是非クーグルンさんとルング君の実力が見たいのですが、良いですよね?」


 それは要望ではなく確認。

 言葉には有無を言わせない魔力が籠められており、その桜色の瞳には抑えきれない好奇心が灯っていた。

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