第62話 王宮魔術師は運命と出会う

「約束では、こちらに案内係の方がいるらしいですが……」


 そんなことを言いながら馬車を降りて、キョロキョロと村の中央広場を見回すと、私に近付く人影が1つありました。


 素朴なこの村では珍しいドレス姿の女の子。


 その首には何故か、銅貨に紐を通したネックレスが飾られています。


 小麦色の手足が動くたびに、ひらりと揺れるフリル。

 1つ結びにされた髪は、燃えるように華やかな赤色です。


「えっと、おうきゅうまじゅつしのレーリンさまですか?」


 可愛らしい鈴の音が、響きます。


 緊張の面持ちながら、自身の役割を必死にこなそうとするその姿は正に可憐。

 精霊と言われても、受け入れてしまいそうでした。


「はい、私は王宮魔術師レーリンと言います。

 可愛らしいお嬢さん。貴女のお名前を聞いても?」


 私の肯定の言葉に安心したのでしょう。

 少女の頬の強張りは徐々に解けて、輝くような笑顔が浮かびました。


 ……眩しい。眩し過ぎます。


 心情的にも、魔術的にも・・・・・


 ……この子ひょっとして・・・・・・――


 私が思考を進める中で、少女は少し不思議そうな顔をすると、ニパっと私に名乗りました。


「わたしはアンファングむらそんちょう――ブーガのむすめ、リッチェンといいます!

 きょうはわたしが、あんないします!

 きれいなまじゅつしさまにあえて、うれしいです!」


 ……あら、とってもいい子!


 などと一瞬考えて、少女の言葉をようやく咀嚼します。


 ……あれ?


 予想が外れ・・・・・ていました・・・・・


 私はてっきり、この少女をクーグルンさん――魔術の使える姉だと思っていました。


 その理由は魔力量。

 溢れんばかりの魔力が少女を包んでいて、てっきり魔術師だと思い込んでいたのです。


 ……まだまだ鍛錬は足りませんが、量はかなりのもの。


 鍛えればこの子も、いい線いくかもしれません。


「どうかしましたか?」


 固まっている私を不思議に思ったのか、村長の娘――リッチェンさんは、つぶらな瞳をこちらに向けています。


「いいえ、何でもないですよー。

 案内を是非よろしくお願いしますね?」


 勘違いを誤魔化すように、少女に告げます。


「わかりました! おまかせあれです!」


 ゴキゲンの表情はちょっと眩し過ぎて、インドア派の私は穴に潜りたくなりました。




「えーっと……リッチェンさんが固い棒を殴り折ったのですか? なぜ?」


 どうやら少女は、例の姉弟と仲良しのようです。

 これ幸いにと、先導する少女に姉弟について尋ねていたのですが――


「うーんと……クーねえとルングは、まりょくのじっけんって、いってました」


 自慢げに胸を張る少女には申し訳ありませんが、わけがわかりません。


 ……まりょく――魔力。

 

 それは勿論理解しています。


 しかし、少女が棒を殴ることと、魔力に何の関わりが?

 

 ……滅茶苦茶気になりますね。


 理由わけの分からない実験程、興味が出てきます。


 保有魔力量と身体能力の関係性?

 それとも魔力を用いた打撃の威力測定?

 

 現段階で思いつくのは、その2つくらいですが、どちらであってもなくても・・・・興味深い。

 

 そして少女の語り口を聞く限り、姉弟は他にも面白そうな実験をしているみたいです。


「リッチェンさん、他にも2人のしていた実験を知る限りで良いので、教えてくれますか?」


「もちろんです!」


 少女は姉弟のことを、自慢気に話します。

 魅力的な笑顔は、彼らのことが大好きな証でしょう。


 案内の道中は、思いの外楽しいものとなりました。




「レーリンさま、もうつきますよ!」


 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうもの。

 少女の可愛らしい声によって、私の意識は魔術実験と考察の深みから引き上げられました。

 

 顔を上げると、そこには庭と建物。


 奥まった建物は、モノトーンのお洒落な色合いです。

 おそらく、教導園を改修したものでしょう。

 村の広場に教導園があったので、引っ越す際に領主用邸宅マナーハウスへと作り替えたのかもしれません。


 付随する庭もまた、整って美しい。

 日頃からお手入れをされているのでしょうか。

 隅々まで綺麗に均されています。


 けれどそんなことより、いくつか気になることがありました。


 1つは先述した庭。

 美しく整備されているのは良いですが、魔力に満ち・・・・・ていました・・・・・


 煌々とした魔力の輝き白色

 王宮魔術師が引く程の魔力が、この庭全体に浸透しています。


 ……そして、それ以上に目が離せないのは。


 庭の中心に3人程、人が居ることでした。


 1人は大柄な男性です。

 年齢は3,40代程でしょうか。

 少し顔が怖いですが、私たちの姿を見つけた時の安堵の笑みは、相も変わらずの・・・・・・・お人好しです。


 彼は昔からの知己であり、見知った顔。


 故に私の大きな関心は、残りの2人にありました。


 ……絶対にこの子たちですよね。


 断言できます。


 私の今回の仕事――家庭教師(仮)。

 その教え子(予定)となる姉弟。


 茶髪と黒の瞳を持つ女の子と、黒髪に茶の瞳の男の子の2人。

 

 女の子は天真爛漫な様子です。

 私たちを見つけると、瞳がキラキラと輝きだしました。

 きっと好奇心が強いのでしょう。

 案内してくれたリっチェンさんに、負けず劣らず非常に可愛らしいです。


 しかしそれ以上に目をみはるのは、練り上げられた膨大な魔力でしょうか。

 量と質共に、申し分のない密度。


 ……魔術学校の学生の域を、とうに超えちゃってますよね。これ。


 少なくとも同じ年齢――8歳時点での私は、確実に超えています。

 末恐ろしいというより、現時点で恐ろしい。


 そんな愛らしくも凄まじい少女とは対照的に――


 男の子は不気味な程落ち着き払った瞳を、こちらへと向けています。


 どこか総任にも似た、人を見透かすような茶色の瞳。


 ……子どもらしさが行方知らずとなっています。


 加えて女の子と比較すると、魔力を全然感じません・・・・・・・

 なんなら、私を案内した少女リッチェンさんよりも少ないです。


 感じられるのは、精々普通の子ども程度の魔力量でしょうか。


 ……でも、まだまだ甘いですね。


 魔力量に比べて、漏れ出る魔力の練度が違います。

 魔力の完全制御による、魔力量の偽装。

 

 普通の魔術師では難しいはずのそれを、少年は自然に体現していました。


 ひょっとすると私を偽るためというよりは、日頃の習慣なのかもしれません。

 美しさを覚えるほど、流麗な制御技術です。

 


 ……さて、どうしたものでしょう。


 試験をするまでもなくわかります。

 この2人は逸材です。間違いなく。

 特別家庭教師枠を充てるに足る人材でした。


 悔しいですが、私を派遣した総任とお父様の判断は正しかったと言えるでしょう。


 そうなると私の仕事は、もう終わったも同然です。


 今日は帰宅し、総任に報告して。

 後日、本格的な魔術教育を始めるという流れで良いと思います。


 ……でも、それでは普通ですよね。つまらないですよね・・・・・・・・・


 姉弟を見て、生まれてしまった疑問。

 心の奥底で、グツグツと知識欲が煮えたぎっているのがわかります。

 自身の強い好奇心――研究者魂を抑えきれないのは、私の数少ない弱点です。


 ……この姉弟は、現時点でどのくらいやれる・・・んですかね?


 ワクワク


 こんなに興奮するのは、少し前に研究室を吹き飛ばした時以来かもしれません。

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