第61話 王宮魔術師は考察する
「ああ……のどかですね」
馬車に揺られながら、窓から外の風景を見ていると、徐々に村らしきものが見えてきました。
一見すると、いかにも牧歌的で穏やかな村です。
鳥のさえずりに植物の揺れる音。
風に靡いている草花は、どことなく今の私と重なるところがあります。
良い言い方をすると、自然に溢れた平穏な村。
悪い言い方をすれば、ド田舎といったところでしょうか。
……まあ、そう感じるのも無理はありません。
言ってしまえば、私は
日頃務める王宮は王都にありますし、貴族という素性上、各地の主要都市も訪れた経験があるので。
そんな華々しい私からすると、大抵の村落を田舎に感じてしまうのは当然です。
ただ――
「
勿論、田舎っぷりがマズいわけではありません。
むしろ大都会で上から命令されることの多い私からすれば、こんな風に癒される田舎風情は大歓迎です。
故にマズいのは――
「あの村、どうしてあんなに
平穏無事のはずの村に、大量の魔力が漂っていることでした。
……総任の資料に、こんな記載はなかったはずですが……。
昨日、嫌味ったらしい老人から受け取った資料は、隈なく目を通しました。
しかし、そこには普通の村と記載されていたはずです。
……職務怠慢ですかね。
王宮魔術師総任シャイテル・ドライエックともあろう者が、こんな重要事項を欠くとは。
もう、耄碌しているのかもしれません。
きっと椅子に踏ん反り返り、現場に出ない弊害でしょう。
なので総任は、もっと馬車馬のように働くべきだと思います。
さて、その信憑性に若干の疑いがある資料には、姉弟についての情報もある程度書かれていました。
でも――
……眉唾な情報が多かったのですよね。
やれ使える魔術属性が、少なくとも基本4属性以上だの。
やれその齢で魔物を屠っただの。
やれ作物を魔術で育てて、新種のヴァイを開発しただの。
……やれやれですよね。
まず、魔術の属性についてですが。
王宮魔術師である私ですら、
……いえ、これでも優秀なのですよ?
王宮魔術師でも、1属性しか扱えない魔術師の割合は、半数を超えます。
その王宮魔術師の頂点である総任シャイテル・ドライエックですら、基本2属性と特殊属性を合わせた3属性。
それを加味すると、ぽっと出の姉弟が4属性以上扱えるなんて信じられません。
次に魔物についてですが。
可能性としてはまあ、あり得るでしょう。
魔術学校入学前でも、魔物を狩った経験のある子どもは存在します。
王宮魔術師なら大抵そうでしょうし、実際私もそうでした。
ただしそれは――
……魔術の基礎教育を、修了しているからこそですよね。
私の場合は、総任に魔術のノウハウ(物理)を叩きこまれると、直ぐに魔物と戦わされました。
強制的に。
死を覚悟し、持てる力を尽くしてようやく勝利することができたのです。
その時に、総任の止めを刺せなかったことだけが心残りですが、残念ながら余力がありませんでした。
しかしその時の経験を元に考えると、基礎教育の終えていない姉弟が魔物を倒したというのは、やはり怪しいと言わざるを得ません。
……ひょっとすると、村の大人が魔物を倒す手伝いをしたのでは?
例えば、魔術で魔物の目をくらませたとか。
それなら納得です。
小さい子どもたちが、魔物に立ち向かっただけでも素晴らしいのです。
報告の際に、大袈裟にそれを伝えてしまった可能性も、考慮すべきでしょう。
そして最後に、魔力を宿す新種のヴァイについてですが。
先にも述べた2つを考慮すると、これも誇張されている可能性はあると思います。
料理に用いるだけで、魔力を回復できるヴァイ。
世の王宮魔術師たちが、そんなものがあったのかと膝を打ったと言われる、魔力を宿すヴァイの育成。
魔術師にとっては、夢の様な代物です。
私も非常にお世話になっています。
特に徹夜の限界を超える時に。
……でもですよ。
それを、子どもたちが自力で開発したというのは、やはり無理がある気がします。
故に私が考えたのは、偶然の可能性です。
自然に存在する魔力。
それが混じった井戸や河川から汲んだ水の影響で、偶然姉弟の育てていたヴァイが、魔力を宿すことになったのではないかと。
つまり姉弟で開発したのではなく、偶然生まれたヴァイを発見したのではないかというのが、私の予測でした。
……なので。
まとめてしまいますと、書類内容は盛られたものだと考えていたわけです。
なので子どもたちにはあまり期待せず「田舎旅を楽しみますか」などと、呑気に構えていたわけですが――
「あの村の魔力量……やっぱりおかしいですよね⁉」
近付けば近付く程、アンファング村に恐ろしい量の魔力が留まっているのが見えます。
あの嫌な空気感には、この上なく馴染みがありました。
魔術師の多い実家。
魔術学校。
あるいは――
……王宮魔術師用の研究室。
変態の巣窟。
天才中の天才たちの魔境。
……恐ろしいのは、
「……ひょっとすると、ひょっとするのでしょうか?」
アンファング村にいる姉弟は、王宮魔術師にも届き得る――あるいはそれ以上の――才能を持つ可能性。
眉唾物だと考えていた報告が、全て事実である可能性があるのでしょうか。
……それはそれで、家庭教師をしないといけなくなるので、面倒臭いですね。
そんなことを考えてしまう私を、どうか許して欲しいです。
私だって研究が大好きで、本当はそれのみに打ち込みたいのですから。
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