第60話 王宮魔術師は逃げられない
……決まりましたね。
在野の魔術師に鍛えてもらい、その結果次第で王宮魔術師の派遣――特別家庭教師枠の使用を決める段階的魔術教育。
我ながら、完璧な理論に思えます。
当然ながら、そして残念ながら。
この世界は平等ではありません。
才能もまた同様です。
厳しい言い方になってしまいますが、王宮魔術師の数時間と、魔術に目覚めたての子どもの数時間。
比べるべくもないでしょう。
傲慢と言われようと、私には王宮魔術師として多少のプライドがあります。
だって私の研究次第で、2人どころか数百数千の――あるいはもっと多くの――命を救うことだって、できるかもしれないのですから。
「至極尤もな意見だね、レーリン君。私も君の考えは間違ってないと思うよ」
総任の言葉は私の意見を肯定するもので、私に希望の光を灯すには十分でした。
「それなら――」
「
だからこそ
レーリン
君が最初に行ってくれれば、王宮魔術師を派遣すべきか以前に、件の子どもたちが特別家庭教師枠を得るに値する者たちかなんて、簡単に見抜けるだろう?」
……ぐぬぬ。そういうことですか。
総任もまた、この話を妄信しているわけではないということなのでしょう。
今回の無茶な特別家庭教師枠の申請に対して、初っ端から
そして、どの程度の才を持っているのか。
それを私に測ってこいというわけです。
もし見込み違いであれば、家庭教師枠を他の者に充てるつもりなのでしょう。
……そしてですよ。
魔術師という人種は、基本的に頑固者ばかりです。
寛容の精神を持つ人格者なんて、私を除けば見たことありません。
魔術師は自身の描いた
優秀であればある程、その能力は高くなり、「世界が自身の思い通りになる」と錯覚する者すら出る始末。
要するに魔術師には「すべて思い通りになる」と考える我儘な者が多いのです。
私は老人に、チラリと視線を向けます。
この老人はそんな魔術師の中でも、頂点に近い老人。
言ってしまえば、偏屈で頭カッチカチなのです。
つまり総任が、私を
「……何か言いたい事でも?」
老人の顔には笑顔が張り付いています。
有無を言わせる気のない、薄っぺらの笑顔。
恰好良いお髭が台無しです。
「はあ……仕方ありませんね」
私の言葉に、総任は笑みを浮かべて頷きます。
……まあ、なんだかんだで恩師ですし。
腐っても上司でもありますし。
王宮魔術師の
その命令は、一応聞かねばなりません。
「わかればよろしい」
総任のその言葉に、私は不平不満を漏らします。
「まったく、どこの領主がこんな許可出したんですか……面倒臭い」
業務を受け入れたのだから、せめて愚痴くらいは許して欲しいものです。
そもそも8歳や5歳の子ども――それも魔術の基礎教育すら受けていない子ども――なんて、明らかに特別家庭教師枠以前の話でしょうに。
……おそらくですが。
自身の領地で、偶々魔術を扱える子どもが――それも平民から――生まれて、変にテンションが上がってしまったのでしょう。
駄目だとは思いません。
領民を大切に思う気持ちも、尊重しましょう。
それでも、仕事が増えるこちらとしては、迷惑な話です。
「……」
「総任……何ですか? その薄気味悪い笑顔は」
総任は、私の知らない事実を把握しているかのような、寒気のする笑みを浮かべています。
「……君は上司への言葉遣いを、気をつけなさいよ。
はい、とりあえず姉弟の実績についてまとめられた書類。
これを読めば、
……うん?
人格者であるという点以外で、私である必然性があるのでしょうか。
総任の差し出した書類を、ひったくるように受け取り、目を通します。
「姉弟の居住地は……アンファング村ですか」
……どこかで聞いたことがありますね。
魔術学校の歴史の授業で聞いた気もしますが、他にも心当たりが在るような無いような。
そんな私の薄い記憶に、総任は胡散臭い笑顔で応えます。
「アンファング村は確か……
「……」
我が国――アーバイツ王国では、領地毎の分業制が行われています。
地域の立地や特色を活かして、各地が得意な職業や要素に特化しているといいますか。
雨が降り、植物の育ちやすい土壌を保有する領地では農業に。
河川や海が近く、水産物の豊富な領地では漁業にといった具合です。
その中で教育公爵領とは、すなわち教育に特化した領地を指します。
ただ、
「さて、誰がこの特別家庭教師枠を申請したか……理解できたかね?
レーリン・フォン・
イタズラが成功した子どもの様な総任の顔に、魔術をお見舞いしたくなりました。
その教育公爵領の正式名称は、
つまり――
「
私の実家の領地でした。
……もう逃げ場はありませんね。
いざとなれば、バックレようなどという考えは、この時点で霧散しました。
おそらくこの総任と、お父様の狙い通りなのでしょう。
……別にお父様が怖いわけではありませんよ?
ただ――
……不真面目な者には、厳しいんですよね。
お父様のことを考えるだけで、自然と背筋が伸びます。
私は足の震えを堪え、最後の悪足搔きとして、自身の考えを主張しました。
「分かった、分かりましたよ!
ただ、子どもに才能が無ければ、忖度なしで報告しますからね?
その時は絶対に! ぜーったいに! 家庭教師なんてやりませんからね⁉」
「うん。よろしく頼むよ? レーリン君」
こうして私は不本意ながら、アンファング村に家庭教師として派遣される運びとなったのでした。
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