第59話 王宮魔術師は手数で勝負する

「では、私が爆発を起こしたその話は置いておくとして――」


「置いておかないよ? ちゃんと始末書は出しなよ?」


 総任のニコニコとした微笑みの裏には、確かな圧力が存在していました。

 これが老獪さというものなのかもしれません。


「置いておくとして! なんで私が家庭教師をしなきゃいけないんですか⁉」


 腹黒い老人に、至極尤もな疑問を投げかけます。


「いくつか理由はあるが……どうしてそこまで嫌がるのかね?」


 ……はあぁぁぁ⁉


 大人の淡々とした物言いは、私の神経を逆なでするのに十分でした。


「そもそも私、研究で忙しいんですよ?」


 国のため(という名目で)、王宮魔術師たちは日夜魔術の研究に打ち込んでいます。

 私たちが(好奇心のままに)研究し、明らかになった魔術理論が、(偶然必然問わず)結果的に国力へと還元されていくのです。

 

 そんな私たちのために、国からも研究費やらなにやらが支払われています。


 故に結果を出すためにも、子どもの家庭教師なんてやってる暇はないのです。


 そんな私の必死の訴えに、総任は分かりやすくため息を吐きました。


「それは皆同じだ。理由にはならないよ」


 ……いや、それはまあ、そうかもしれませんが。


「だとしても! 子ども相手なら、もっと適任の人がいるでしょう?」


 ……この方向性ならいけますかね?


 私である必然性はないはず。

 他の王宮魔術師なら、まだ何人も候補が――


「いると思うかね? 教えてくれないかな?」


 総任の問いかけに、頭を巡らせます。

 

 ……うん。はい。


「どいつもこいつも……狂人だらけ……」


 王宮魔術師。

 それは魔術師なら、誰もが憧れる職です。

 給料も高く、世間からも尊敬され、その上研究に打ち込んでも、基本的に(成果をある程度出せば)文句は言われません。


 しかしその代償として、成り上がる道中は当然ながら狭き門。

 並の天才程度では、その門を叩くことすらままならない、ある種の蟲毒の体を成しています。


 そんな中で生き残ることができるのは、天才の中でも狂気猛毒を孕んだ天才。

 

 バカと紙一重の天才ばかりなのです。


 そんな倫理観の狂った連中が、子どもの家庭教師なんてやったら――


「人体実験に……魔改造。

 子どもが正気を保っていれば、御の字ですかね……」


 ……間違いなく、無事では済まないでしょう。


「レーリン君?

 君は、王宮魔術師の先輩たちを何だと思っているのかな?」


 ……事実でしょうに。


「……でも確かに。人柄で考えれば、私が1番の人格者適任なのは否定できませんね。

 やれやれ……こういう組織では、穏健派のまともな人ほど、苦労するのですね」


「研究室を吹き飛ばしておいて、どの口が言うんだね。正気を疑うよ」


 目の前の老人の辛辣な言葉に、心の涙が止まりません。

 このやり取りはきちんとレポートに残し、いずれ陛下に奏上しましょう。

 

 ……それにしても。


 これでも駄目ですか。

 むしろ、まともな人間が私しかいないという点で、尚更追いつめられたようにも感じます。


 ……他の王宮魔術師、使えませんね。


 ですがここで、私の頭に稲妻の如き閃きが走りました。


「大体ですね! この命令書、『8歳と5歳』と書いてあるんですが!」


 王宮魔術師狂人たちの非によって、私にその役割を回すのであれば。

 非があれば、特別家庭教師枠そのものを否定しても良いはずです。


「ああ……2人だね。可愛らしい姉弟みたいだよ? 良かったね」


 総任は珍しく裏のない、好々爺の様な笑みを浮かべました。


 ……しかし私の言いたいのは、そういうことじゃありません。


「なにが『良かったね』ですか!

 これ、規定違反ですよね? 特別家庭教師枠は『10歳・・』からのはずです!」


 私の鋭い指摘に、総任は目を丸くします。


「おや? よく知っていたね」


 ……そりゃあ、私も特別家庭教師枠を利用しましたからね。


 実家にお金はありましたが、王宮魔術師に教えを請える機会なんて、基本的にありません。


 故に私も、この制度を利用して、王宮魔術師に手ほどきをしてもらったのです。


「私ですら10歳からなのに、この子たち早すぎませんか?

 それも平民・・なんですよね?」


 ……平民を見下す気はありません。

 

 基本的に人間なんて、皆同じだと思っています。

 動物ですから。


 しかし私は、自身の利のためならば多少の泥も被る所存です。


 基本的に魔術師は、貴族からしか・・・・・・生まれません・・・・・・

 血なのか、環境なのか。

 理由はまだ判明していませんが、そう言われています。


 加えて、貴族が魔術に目覚めれば、例外なく英才教育が始まります。


 魔術は力。

 幼少期から鍛えておいて、損はありません。

 魔術師になれたのなら、家門を飾る箔としては十分なのです。


 もしその魔術師が家を継ぐのなら、政治や軍事の面で大きな力となります。


 私の場合も、英才教育が始まり、特別家庭教師枠を頂いた時には、既に一般的な術式・・は網羅していました。


 つまり魔術師としての基礎教育は、終わっていたということです。

 だからこそ・・・・・、担当の王宮魔術師と丁々発止渡り合い、衝突や協力を繰り返しながら切磋琢磨できたのでしょう。


 ……ちなみにですが。


 私を指導した王宮魔術師というのが、今よりも多少若かった目の前の老人だったりします。

 その頃から、この泰然とした雰囲気は変わっていません。


 ……まあ、とりあえず。


 担当の子どもたちが平民ということは、私のように魔術の基礎教育を受けている可能性は非常に低いです。


 それなら――


「それなら最初に、魔術の基礎を教えられる魔術師を派遣すべきでは?

 それからの伸び次第で、王宮魔術師私たちの派遣を検討すべきだと思います!」


 こうして私は、恐るべきアドリブ能力を以って、業務命令の穴――弱点を突く、真っ当な意見を述べたのでした。

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