第58話 王宮魔術師は流されない

総任・・! どういうつもりですか⁉」


 普段であれば、多少物怖じする重厚な木の扉を、私は蹴破りました。

 乾いた木の砕けた音が聞こえた気もしますが、知ったこっちゃありません。


 中には、お客様をもてなす為のソファーと、美しい装飾によって飾られたテーブル。

 そのテーブルの上には、美味しそうなお茶菓子が乗っています。


 更に奥には、大きな執務机と高そうな肘掛けのついた椅子。

 そしてその椅子には、1人の老人が座っていました。


「王宮魔術師レーリン君? どういうつもりは、こちらの台詞なのだが?」


 少し癖のある白髪に、威厳のあるカイゼル髭。

 全てを見通す様な青い瞳の老人が、青筋を立てていました。


 王宮魔術師総任・・シャイテル・ドライエック。

 王宮魔術師の頂点・・

 我が国で最強の魔術師は誰かと問われれば、真っ先に挙げられる内の1人ですが、そんなことは気にしません。


 王宮魔術師の常識。

 肩書やレッテルは無視して、自身の感覚に基づいて判断せよ。


 なので私にとってあの老人は、多少腕が立ち、性格が悪い人くらいの認識です。


 私は蹴破った勢いのままに、老人の居る机へと詰め寄ります。


「どういうつもりかというと、抗議をしに来ました!

 気に食わないことに対して抗議ができるのは、現場の権利ですから!」


 私の憤懣ふんまん遣る方ない様子を見ても、総任に慌てる気配はありません。


「……だとしても、扉を蹴破る必要はなかったのではないかね?」


 嫌味な程、冷静な指摘でした。


 ……確かに、それもそうですね。


 落ち着いて考えれば、やり過ぎてしまったかもしれません。

 反省反省。

 ここは上司の顔を立てて、私の反省の意を示すべきでしょう。

 

 いそいそと外に出て、扉を閉め、ノックからやり直します。


 コンコンコン、ガチャリ


「では、失礼しますね!」


「まだ返事すらしていないのだがね……」


 ……それこそ、知ったこっちゃありません。


 私には、総任の意志を確認する時間なんてないのです。

 再び詰め寄り、私の不満を老人へとぶつけます。


「それで、どういうつもりですか? なんかこんなのが研究室に届いてたんですけど!」


  私は何度か握りつぶしたクシャクシャの紙を、総任へと突き出します。


 そこに書いてあったのは業務命令でした。


「どうして私が、特別家庭教・・・・・師枠の講師・・・・・に任命されてるんですか⁉」


 私の心からの叫びが、静かな室内に響き渡ります。

 しかし残念ながら、私の燃える様な憎しみは、この老人に届いていないようでした。


「レーリン君、それ……1ヶ月前には届い・・・・・・・・ていたはずなのだが・・・・・・・・・?」


「……そんなの気付くわけないじゃないですか!

 こっちは寝食も忘れて、魔術開発に打ち込んでたんですから!」


 ……仮に。あくまで仮にの話ですが。


 自身に非がある場合、誤魔化すのに大切なのは勢いだと考えます。

 猛烈な勢いで敵を責めることによって、動揺を誘い、そこから突き崩す。


 主導権を敵に握らせないことによって、自身の非を責められないようにするわけです。


 攻撃は最大の防御。


 これこそが齢18歳にして、私が編み出した最良の処世術。


「ふむ……ではちなみに」


 そう言うと老人は、机の上でその両手を組みます。


「2週間程前に確か君は、その開発中の魔術とやらで、研究室を木っ端微塵に吹き飛ばしたはずだが……。

 そのことは覚えているかね? 始末書は出した?」


 ぎくり


「総任! 過去に何があろうと、大切なのは今でしょう?

 過去の過ちがあり、それを積み重ねているからこそ、現在の成功があるんです!


 勿論、総任はお年を召していますから、ご自身の遥か昔過去の全盛期を懐かしく思う気持ちは理解できますが、その価値観を若者に押し付けるのはよくありません!」


 そうです。


 過去――経験――を積み重ねただけで、なんだったらあの大爆発は、決して失敗ではないと言っても良いでしょう。


 術式における規模計算を少し間違えたことと、記述位置がズレていたこと。

 その2つが重なったことによる、不幸な事故だったのです。

 

 更に付け加えるのであれば、規模を示す数値と記述位置が少し異なるだけで、意図した結果とはまるで違う現象を起こす魔術の多様性を発見できたのです。


 心の中で自己弁護をする私を、総任は見透かす様にじっと見つめています。


「……まあ、レーリン君の意見にも、多少正しい側面があることは認めるとも。


 無論、王宮魔術師が規模計算や記述位置を誤るなどという、うっかりミスをするはずもないだろうし。


 それに君も知っての通り、私の全盛期は過去ではなく、現在だがね」


 目の前の老人は、にやりと癇に障る笑みを浮かべます。


 ……しつこく、くどい老人でした。部下に嫌われるタイプの。

 

 そしてその上、まだ報告書――あるいは始末書――も提出していないのに、何故か既に私のへまの原因を把握しているようです。

 

 ……嫌な千里眼。


 ひょっとすると、魔術による効果でしょうか?

 私の知らない魔術の中に、そういうものが存在するのかもしれません。


 正直、ワクワクします。

 魔術の無限の可能性、万歳。


 ですが、誠に遺憾ながら。

 どうやらこの狸老人相手では、煙に巻いて嫌な業務家庭教師から逃げることはできなさそうでした。


 めっちゃ睨んでますし。

 視線に物理的な圧を感じます。


 私の様な今時の若者に、上司としてもっと思いやりの心を持つべきだと思います。

 パワーハラスメント反対。


 それはそれとして――


 ……さて、どうしましょうか。


 とりあえず、攻撃の方向性を変えるべきですかね?

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