第57話 掃除の理由。

「あれ? どうしてだっけ?」


 村長から掃除を任された理由に関して、姉が大きなクエスチョンマークを浮かべている。


「まだまだ甘いな……姉さん」


「なっ⁉ ルンちゃん、知ってるの⁉ 天才?」


 姉はキラキラと眩い笑顔を俺へと向ける。


 ……そこまで持ち上げられるのは、むず痒いが。


 その期待に応えるのは、やぶさかではない。

 

 俺の言葉に、村長は安堵の表情を浮かべる。


「ほう。ルングはちゃんと知っていたか。よか――」


「あれだろう? 貴族のお偉いさんと会ってコネを作り、村の発展に利用する。

 そのために俺たちの魔術を利用して、村長にとって有利な戦場を創り出そうとしているのだろう?」


 村長は俺の答えを聞くと、苦虫を嚙み潰したような顔をして、


「……前言撤回だ。お前は何にもわかっていない」


 そう言って俺の額を、ペシっと軽く叩く。


 ……違うのか?


 叩かれた額を擦りながら、自身の考えを村長に告げる。


「違ったのか? てっきり村に来る貴族をもてなす・・・・ために、領主用邸宅マナーハウスを掃除しているのだとばかり思っていたのだが」


 俺たち姉弟が掃除を任されているのは、アンファング村内に存在する領主用邸宅の庭・・・・・・・だ。


 その庭を突っ切った先には、大きなお屋敷が存在している。


 堅固な石造りにモノトーンのゴシックデザインの建物。

 木や粘土等を材料とした我が家とは、大きく異なる美しい外観。


 屋根は尖頭となっていて、建物の構造としては家というよりも教導園――前世の教会――に近いかもしれない。


 所々に大きな窓も配置され、その美しい建造物は陽光によって内側から輝いて見える。


 そんな麗しき領主邸宅マナーハウスに、明日お偉いさんが来るから、村長の掃除の手伝いをして来いというのが、父であるツーリンダーからのお達しだったと思うのだが。


「お前の発言に、もてなす要素なんてなかったよなあ⁉

 ……それにしても、ツーリンダーあのバカは、ちゃんと説明してないのか。

 そしてお前たちは、よく分からずに遊んでいたのか……」


 ポツリと雫の様に言葉が零れ落ち、静かに村長は頭を抱える。


 ……頭痛でもあるのだろうか。


 どこか哀愁の漂うその姿は、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「村長、疲れているのなら無理はしない方が良い。

 俺たちが、後はやっておいてもいいぞ?」


「村長大丈夫? 治癒魔術かけようか?」


「おとうさん、あたまいたいの?」


「リッチェンはともかく、頭痛の原因の2人に、そんなフォローをされるとは思わなかったよ……」


 げっそりと疲れた表情だ。

 ただでさえ年上に見られる顔が、不健康極まりないやつれ方をしているように見える。


 ……やはり、村長の仕事は大変なのだろう。


 俺たちの住むアンファング村は、のどかな村だ。

 しかしそんな村ですら、村長として治めるとなると、難儀なのかもしれない。

 村長の娘として、将来その座を継ぐ可能性の高いリッチェンが、少し心配だ。


「リッチェン……いいか?

 よく聞け。村長の仕事――村を守るのは、こんな風に大変なんだ。

 下手をすると、君の父の様にストレスで頭痛だらけだぞ?

 それでも君は、村のために戦うのか?」


「ええっ⁉ わたしもおとうさんみたいに、あたまいたくなるってこと⁉」


 ゴクリ


 少女は生唾を呑み込むと、頭を両手で覆いながら、自身の意志を告げる。


「そ、それでもわたし、がんばるわ! みんなのために!」


「……おい、テキトーなことをウチの娘に教えるな。

 そしてリッチェン、安心しろ。お前のお父さんは疲れてるだけだ……」


 ツッコミにしても力のない声が、ヒョロヒョロと届く。


 ……少し可哀想になってきた。


「……気を取り直そう。とりあえずツーリンダーのバカは後回しにするとして――」


 村長は、当然のように父への説教を、自身の予定に組み込むと、流れるように話を続ける。


「魔術……魔力の新しい可能性なんて、これからもっと探す機会が増えるだろ?」


 村長はそれが、まるで常識であるかのように告げる。


「ええ? どうしてそう言い切れるの?」


「村長、時間は有限なんだぞ? 増えるかなんて分からないだろう」


 姉の疑問と俺の指摘に、村長は心底驚いた反応を示す。


「本当に忘れたのか⁉ クーグルン! ルング! 明日が何の日か!」


 強い物言い。

 しかし、心当たりのないものはないのだ。


 キョトンと村長を、姉弟2人で見つめる。


 村長は息を大きく吸い込み、そんな俺たちがすっかり忘れていた・・・・・・・・・事実を示す。


「特別家庭教師枠……つまり魔術の先生が、明日から来てくれるんだろうが!」


 語られた内容を呑み込むのに、数秒要して、


「あ」

「あ」


 姉と共に声を上げる。


 ……そうだ。そうだった!


 猪型の魔物のどさくさと、リッチェンの観察に忙しく、すっかり忘れていたが。


 村長に特別家庭教師枠のことを伝えられて、明日で丁度2週間――半月。


 すなわち明日は、俺たちの魔術の先生が来てくれる日だったのだ。

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