第56話 切っ掛け。

「なるほど。それでお前たちは魔術の可能性を探るために、リッチェンの身体能力を試していたと」


 リッチェンが折った土の塔を、村長は複雑そうな表情で眺めている。


「そういうことだ。リッチェンは立派に役目を果たしたんだ。

 良かったな村長。村長の娘は凄まじい力の持ち主だぞ」


「凄いよね! 速かったよね! めっちゃ格好良くない?」


「え……えへへへ」


 塔を砕いた凄まじい1撃を興奮気味に絶賛する姉弟俺たちと、褒め殺しに照れる本人。


 そんな幸せな子どもたちに向ける村長の視線は、対照的に少し冷めている。


「お前たちは……いつも実験ばかりか⁉ しかもウチの娘で!」


「おとうさん。ルングもクーねえも、わるぎはないから」


 リッチェンのフォローは、俺たちに褒められたことが嬉しかったからだろうか。

 怒れる村長を止めようとするその姿は、健気で涙を誘う。


「ところで村長」


「何だ、マッドサイエンティスト」


 村長は、恨みがましい目と口調を向ける。

 ただでさえ顔が怖いのだから、止めた方が良いと思う。


「リッチェンは、元からこんなに身・・・・・・・・体能力が高かったか・・・・・・・・・?」


 俺の質問に、村長の顔が思案するそれに変化する。


「……そういえば最近急に、リッチェンの動きが良くなった気がするな。

 毎朝の訓練でも、俺の動きに対応できるようになってるし。

 元から子どもにしては身体能力が高かったが、特にここ1、2週間くらいで見違えて動けるようになってる気がする……」


「うーん? どういうことなの?」


「リっちゃんが、凄いってことだよ!」


「ええっ⁉ クーねえ。もしかしてわたし、ルングにほめられてる?」


「うん! ルンちゃん大絶賛!」


「やったわ! クーねえ!」


 女子陣がきゃっきゃとはしゃぐ。

 

 ……俺というより、村長が大絶賛なわけだが。


 村長は娘の口から自身の名前が出ないことに、衝撃を隠せず涙ぐんでいる。


「リッチェンの動きが良くなったのは、本当にここ最近なんだな?」


「ああ……丁度お前らが、魔物を狩った前後・・・・・・・・くらいだと思うぞ?」


 涙を堪えた村長のその言葉に、僅かばかりの思考の取っ掛かりを得る。

 

 ……ひょっとすると。


 魔物を倒したあの日が、切っ掛けになったのかもしれない。


 魔物との戦いがそう・・だったのかもしれないし。

 あるいは……俺の治癒魔術・・・・・・がそうだったのかもしれない。


 リッチェンは、あの命懸けの戦いの中で無意識に掴んだのだ。

 自身の身体と魔力の使い方を。


 掴んだ自身の身体と魔力の感覚を下地に、魔物を止められると判断し、実際にやり遂げたのだろう。


「ということはわたし、もっとつよくなったのね!

 みんなをまもれるさいきょうのきしに、なれるかしら?」


 村長の言葉に、少女は弾ける様な笑顔を浮かべ、白光が胸元で燃え上がる。


 彼女は、何もかもが眩しい。


 そんな輝く少女の問いに、俺たちは微笑みながら答える。


「ああ……なれるさ」


「なれるに決まってるよ!」


「そう? ルングもクーねえも、ありがとう!」

 

 リッチェンは、嬉しそうに自身の気持ちを表現する。

 そんな娘の献身的な熱意に絆されたのだろうか。


「本当は、リッチェンに騎士になって欲しくないんだけどなあ……」などと、村長もまた嬉しそうに・・・・・呟きながら、話題を変える。


「……それで2人とも。俺が頼んだ庭の掃除は終わったんだろうな?」


 ……やれやれだ。


 俺は村長の愚問に、ジトっとした視線を向ける。

 隣でリッチェンとじゃれていた姉もまた、呆れ果てた表情だ。



「村長、見て分からないの?」



 姉はそう言うと、くいっと親指で庭を指し示す。

 村長はその親指の導くままに、視線を庭へと向けた。


 そこにあったのは、土の魔術の激突によって、荒野と化した庭だ。

 周辺には魔術の残骸。

 庭の中心だったと思しき場所には、無残に横たわる折れた塔。

 心なし吹く寂寥の風。



「終わっているわけがないだろう」



「何でお前たちはそんなに自信満々なんだ⁉ もっと悪びれろよ!

 もう時間もないんだぞ⁉」

 

 村長は嘆く様に頭を抱える。


 ……仕方ないな。


 リッチェンとの実験と観察で忙しかったとはいえ、一応頼まれた仕事だ。

 そろそろ終わらせるとしよう。


「姉さん、土もある程度掌握できたし、やろう」


「そうだねえ。魔力も行き渡ったみたいだし」


 俺たちの言葉を合図に、荒れ果てていたはずの庭が淡く輝き始める。


 次に起きたのは――


「お⁉」


「うわあ⁉」


 驚きの声を上げる父娘おやこ共々、庭全体を揺らすかのような地鳴り。


 所々に残骸が残っていた土の槍や動物創作物たち、そしてリッチェンの破壊した土の塔も大地へと呑み込まれ、あっという間に均されていく。


「おおお!」


「すっごいわね!」


 畑仕事で土を扱うことの多い姉や俺からすれば、見慣れた光景だが、村長とリッチェンには新鮮な光景だったらしい。


 あっという間に荒れ果てた庭は、元の――あるいはそれ以上の――美しく整備された姿を取り戻した。


「どう? 村長! 私たちは、やればできる子なの!」


「そうだ。色々と試さあそばなければ、これくらい直ぐにできる」


「……とりあえず今までは、その気じゃなかったってことだけは分かったよ。

 このガキども!」


「はあ」と村長は自身の額に手を遣ると、俺たちに尋ねた。


「そもそも、新しい魔術の可能性探しをするって言ってたが、何のためにここの掃除をお前たちに任せたのかわかってるのか?」

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