第55話 魔力と体の関係性。
「すっごいねえ! リっちゃん!」
「でしょう!」
姉は自身の驚きを素直に表現し、赤毛の少女へと抱き付く。
姉の全力の誉め言葉に、誇らしそうに胸を張るリッチェン。
……それにしても、凄まじい威力だな。
ポッキリ折られ、殴り飛ばされた黒の塔を土の魔術で手元まで運び、よく観察する。
瞠目すべきは拳の着弾点。
そこは見事にリッチェンの拳の形に凹み、その小さい拳の跡を中心としてヒビが広がっている。
更に折れた箇所。
直接の打撃が入ったわけでもないのに、力尽くで折られた結果、断面はズタズタだ。
……加えて。
土の魔術を解き、両手で塔を持とうとして落とす。
カランと乾いた音が響く。
……重い。重すぎる。
強度はそこそこにせよ、そのそこそこなりの重量を、塔は持っていた。
この重量を殴り飛ばしたとなると、その威力は計り知れない。
少なくとも、交通事故かそれに準ずる威力はあると思う。
……この威力に、リッチェンは耐えられたのか?
最も気になるのは、リッチェン自身の拳だ。
俺の予想が正しければ、無事のはずだが……。
姉に好き放題されているリッチェンの元に行き、その右拳を掴む。
「な、なに⁉ ルング⁉」
突然手を取られて、恥ずかしがる少女に尋ねる。
「リッチェン、痛みはないか?」
「うん、ないわ……」
「そうか。握ったり開いたりしてみろ」
俺が持っている彼女の拳が、俺の望んだ挙動を始める。
ぐーぱーぐーぱー
「……うん、問題なさそうだ。
それじゃあ、次は先程殴った拳の形に」
「う、うん……」
言われるがままに拳の形を作るリッチェン。
「うーん……耐久力には自信あったけどねえ。
全くリっちゃんの拳に、歯が立たなかったね」
姉もいつの間にかリッチェンから離れ、俺と共に拳を観察している。
「拳の形も完全に一致している。ということは――」
「
俺の考察をそのまま引き継ぐ姉。
おそらく俺たちの予想は正しいはずだ。
リッチェンが、魔術を使用したわけではない。
魔術を使い、土の塔を破壊したのなら、魔術の余波が折れた塔に残っていなければならない。
しかし残っているのは、拳の跡とそれに伴った衝撃によるヒビのみ。
そうなると、当然の疑問が生じる。
魔力だ。
この小さな拳には、確かに魔力の輝きが満ちていたはずだ。
衝突の時の眩い白光。
魔術として変換されていないのならば、あの魔力は一体どこへいったのか?
……その答えはおそらく――
「魔力で、
姉がポツリと言葉を紡ぐ。
自身の発した言葉にも関わらず、姉の瞳が輝き始める。
「ああ……その可能性が高いな」
自身で見ることはできないが、姉と同様の輝きが相槌を打つ俺の瞳にもまた灯っているはずだ。
……だって、面白いのだ。
リッチェンの
結構な硬さの土の塔を、殴り壊す破壊力。
そして、これ程強固なものをあの勢いでぶん殴っておいて、一切怪我のないリッチェン。
この一連全てが、
あの夜。
俺が騎士リッチェンと、協力した夜から。
ずっと気になっていたのだ。
あれほど魔物にボロボロにされていた少女が、最後は魔物の突進を止めたことが。
燃え上がった少女の白光を、俺は自身の感覚のままに信じた。
故に「魔物の動きを止めろ」と指示を出し、少女はそれをやり遂げた。
結果的に間違いではなかったが、その因果があの時は分からなかったのだ。
実際は何が起きて、
その謎が、今、紐解かれたのである。
魔力
リッチェンの全身を包み込んだ白光は、少女の全身を強化し、魔物へと対抗できる段階まで少女の肉体のレベルを引き上げたのだ。
……なんなら。
今、衝突の瞬間、リッチェンの魔力は右拳に収束していたように見えた。
ひょっとすると、単純に全身を強化するのみならず、各部位だけを特別に強化することすら可能なのかもしれない。
顔を真っ赤にして俯いている、赤毛の少女。
そんな照れ屋の彼女が、俺たちには宝の山のように見える。
「だとすると、魔物の身体が強いのは――」
「それも多分、魔力の影響だよね?」
「ああ。少なくとも、俺の仕留めた魔物の身体には、魔力が満ちていた」
俺の普通の攻撃が、魔物に通らなかった理由。
すなわち、魔物が強固な肉体を持つ理由にも説明がつく。
……その身に満ちた魔石の魔力が、自然と肉体を強化しているのだ。
魔力の可能性に、身震いする。
魔術への変換。
物質へ流すことによる制御。
身体をそれで満たすことによる強化。
……他には、どんな使い方があるのだろうか。
「リッチェン。今、この拳に魔力を集めることは可能か?」
……折角の機会だ。派生で生まれた疑問を解消しておきたい。
そんな俺の言葉に、リッチェンは少し不思議そうな顔をする。
「まりょくをあつめる? よくわからないけど……」
拳が強く握られるが、少女の全身に魔力が満ちた先程と異なり、白光は燃え上がらず、拳にも集まらない。
……意識的に操作することはできないのか。
ひょっとすると、恣意的に
姉はリッチェンの拳を眺めながら告げる。
「面白いねえ」
「そうだな」
「あの……はずかしいんだけど……」
ペタペタと2人でリッチェンの拳や魔力を観察していると――
「2人とも掃除をサボって、ウチのリッチェンに何してやがる!」
地鳴りのような声が響く。
振り向くとそこには、リッチェンの父にして、熊のような大男。
村長だ。
村長が青筋を立てて、こちらを見ている。
「何って村長――」
「見てて分かるだろう?」
俺と姉の声が重なる。
「実験だよ?」
「観察だ」
「分かるかあぁぁぁ! 早くリッチェンを解放しろ!」
「おとうさん、おちついて!」
俺たちにここの掃除を任せていた村長はそんなことを言うと、
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