第54話 実験対象。

「あれ、クーねえとルング。もうにわのそうじ、おわったの?」


 姉と新たな魔術の実験に思いを馳せていると、丁度タイミングよく実験対象・・・・が通りがかる。


「あっ! リっちゃん!」


 どうやら自身の仕事を終えたらしい、村長の娘――リッチェンだ。

 今日も1つ結びの赤毛が、楽しそうに揺れている。


「いいや、終わっていないが」


「ええっ⁉ それならはやくしないといけないわ!」


 俺の言葉に焦るリッチェン。

 村長に任された仕事を、一生懸命全うしている少女の生真面目さは、さすがあの村長の娘といったところであろうか。

 

「いや、リッチェン落ち着け。そんなこと・・・・・よりもお願いしたいことがあるんだ」


 ぽんとリッチェンの肩に手を乗せる。


「そんなことじゃないとおもうけど……にわのそうじより、だいじなことなの?」


「ああ。村の未来に関わる大事なことなんだ」


「ええっ⁉ ほんとうに?」


「本当だ。嘘などついたこともない」


 ……それこそ嘘だが。


「……それならしかたないわね」


 少女は俺の言葉を少々怪しみながらも、耳を傾ける。


 ……お人好しだ。

 

 あの・・村長の血を引き、その上溺愛されているだけあって、少女は純粋過ぎる。

 彼女がいつか、他の誰かに騙されないか心配だ。


「それで、おねがいって?」


「簡単なお願いなんだが、その前に。

 姉さん! ここに魔術で土の塔を作ってくれ。

 形は円柱が良いな。強度はそこそこで頼む」


「うん? よく分からないけど……良いよ!」


 快い了承を合図に――


 にょきにょき


 そこそこ太い木の幹くらいの黒い土の塔・・・・・が、勢いよく地面から生えてくる。

 そのまま天まで伸びるかと思われたが、丁度俺とリッチェンの背丈くらいで、その成長は止まった。


 コンコン


 ノックの要領で塔を試しに叩いてみると、硬い石を叩くような音が響く。

 姉は注文通り、そこそこの強度に仕上げてくれたようだ。


「ではリッチェン、この土の塔を殴り割れるか・・・・・・?」


 俺のその言葉に、赤毛の少女ではなく、塔の製作者である姉が驚く。


「いや、ルンちゃん⁉ そこそこって言っても、野生動物の突撃くらいは耐えられる強度にしたつもりなんだよ?

 いくらリっちゃんでもそれは……」


 ちらりと姉は、赤毛の少女に黒い瞳を向ける。


 身長は俺と同程度。

 それにフリフリのスカート姿。

 一見すると、可愛らしくお淑やかそうに見える少女リッチェン。


 ……そんな子ができるわけない。


 姉はきっとそう考えているのだろう。

 

 しかし当のリッチェンは、姉の言葉に珍しくむっとした表情を浮かべる。


「クーねえ! わたしできるわ! わたしのぜんりょくは、いわをもくだくの!」


 ぐっとその拳を姉に見せて、天に向けて力強く右拳を突き上げる少女。

 その姿は、子どもの強がりのようにも見えるし、歴戦のボクサーのようにも見える。


 ……騎士を目指す者が、それでいいのか。


 そんなことを思わなくもない。


「うーん。でも……拳を痛めちゃうかもよ?」


 姉の瞳は憂いの色を帯び、真剣に少女の身を案じている。


 ……まあ、姉さんの心配も当然だ。


 この土の塔の強度ならば、おそらく大人が本気で殴っても、ヒビすら入らないだろう。

 そんなものを子どもが殴るとなれば、拳をケガしてもおかしくない。


 ……その子どもが、普通なら・・・・の話だが。


「やってみたい!」


 そんな姉の心配を知ってか知らずか、それでもリッチェンの決意は固い。


 少女の瞳は挑戦の意志で、既に燃え上がっている。


「……じゃあ、リっちゃん。約束して。

 少しでも危ないとか痛いって思ったら、止めること。いい?」


 そんな赤毛の少女のやる気に、遂に姉は根負けし、その挑戦を認めた。


「うん!」


 言うや否や、リッチェンは土の塔から少し距離を取り、スカートを翻す。

 左足は塔に向けて大きく踏み出し、広げた歩幅の分、腰を低く落とす。


 弓を引き絞るかのように、右拳が引かれ、スカートの上部――腰へとマウントされる。


 対照的に左手は軽く開かれた状態だ。

 進行方向の塔へと、照準を合わせるかのように向けられている。

 

 その様はまるで、獲物を狙う猛獣。

 あるいは、標的を狙う狙撃手か。


「ふうううう」


 リッチェンの一呼吸で、大気に緊張感が満ちる。


「えっ⁉ これって――」


 リッチェンの深い呼吸に、姉の端正な顔が愕然とした表情に染まった。


 ……姉さんにも、見えたみたいだな。


 リッチェンの胸元にある白光魔力

 それが、爆発的に燃え上がっている。

 少女の呼吸がそれを循環させるかのように、白い炎は少女の身体をみるみるうちに満たしていく。


 指の先まで充満した白の輝きは少女を美しく彩り、その存在感を極限まで高める。


 ……綺麗だな。


 世界を照らすような白い炎。

 あの夜・・・彼女の背中・・・・・に見た・・・命の輝きだ。


「ルング! くーねえ! いくよ・・・!」


 ドン


 少女の強い踏み込みが大地に響くや否や、彼女の身体が霞む。

 その場に残ったのは、踏み割られた大地と舞い上がる土煙。


「速い⁉」


 驚嘆の溢れた言葉は、姉と俺どちらのものか。


 明らかに子どもの域を超えた速力。

 それをリッチェンは、天性の身体操作能力を以って見事に制御する。


「はああああああ!」


 助走で積み上げた速力を、全て乗せた最後の1歩左足

 爆発的な踏み込みと共に、少女の身体が躍動する。

 軸として残した右足が回転し、その回転が腰・胸・肩へと連動していく。

 その連動の力が解き放たれるのは、腰から引き抜かれた右の拳。

 

 最も眩く輝く・・・・、白の拳だ。


 少女の右拳は衝突の轟音と共に、黒の塔へと着弾し、砕き割る。

 それでも拳の勢いは殺せず、土の塔はバキンと音を立てて根元から折れ、転がったのであった。

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