5歳 魔術の先生

第53話 色々と足りない。

 それは村のとある場所。

 とある建物に付随する庭で行われていた。


「ちっ。やるな姉さん」


「ふふふ……お姉ちゃんを舐めてもらっては困るよ! ルンちゃん!」


 前世の学校の運動場のような庭。

 その中心で腕を組み、姉は不敵に佇んでいる。


 その胸元には、陽光並みに輝く魔力が燃え上がっていた。


「さあ、いっくよ!」


 姉の言葉をきっかけに、白光が体内を駆け巡り、その小さな足元へ移動したかと思うと、そのまま・・・・土中に放出される・・・・・・・・


 それはある意味で不思議な光景だった。

 魔術は魔力を燃料として、体外に変換・・することで現象として発現する。

 すなわち、魔術は基本的・・・に魔力を変換しなければ、魔術足り得ないはずなのだ。


 火の魔術であれば、魔力を火に。

 風や水もまた同様に魔力を変換することで、世界にその姿を現す。


 しかし、今の姉は魔力をそのまま大地へ――へと放出している。


 これに意味がないかというと……大きな意味があった。


「来るか」

 

 俺の呟きと共に、姉の足元から飛び立つのは、魔力の通った土の鳥。

 茶色の鳥が複数飛び立ったかと思うと、俺に八方からその嘴が襲い掛かる。


「甘いな……食らえ」


 しかし仕込んでいるのは、俺もまた同じ。

 既に流していた・・・・・・・魔力を用いて、土の槍・・・で迎撃する。


 魔力は源・・・・……燃料・・である。


 それさえ理解していれば、魔力を変換せずとも魔術を扱えることを、俺と姉は既に知っていた。


 互いに放出した魔力を操作し、その魔力の通った土そのものを制御し、魔術としてぶつけ合う。


 俺たちの扱っているこの魔術の長所は、その発動速度と魔力効率。

 

 別の現象や物質への変換という過程の代わりに、その場に存在する土を利用することによって、変換にかかる時間やそれに費やす魔力を抑えることができるというものなのだが――


「……これじゃあ、足りない」


「どうかしたの? ルンちゃん?」


 互いに言葉を交わしながらも、魔術の応酬は止まらない。

 姉の愉快な仲間たち(土)と、遊びのない土の槍が幾度も衝突を繰り返す。


「実はこの攻撃なんだが……魔物相手には通用しなかったんだ」


 思い返されるのは、約2週間程前のこと。

 村長の娘ことリッチェンと協力して、猪によく似た魔物を倒した時のことだ。


 魔物を仕留めるために、俺はこの土の槍魔術を放ち続けていたのだが、表皮を叩くことはできても、その躯体を貫くことは叶わなかったのだ。


「全く通用しなかったの?」


「実際はどうか分からないが、少なくとも外見上のダメージはなかったはずだ」


 弾き飛ばしてはいたので、それも込みだと多少のダメージは与えられていたのかもしれないが。


「ええ? それじゃあ、どうやって仕留めたの?」


「それはまあ、世界の魔力を使って……だな」


 自身の知らない――想像力を超えた――現象。

 それを魔術では、基本的に引き起こすことができない。


 人の走る速度に、個々の限界があるように。

 魔術にもまた、個人の想像力という限界が確実に存在する。


 だが、世界の魔力はその限界を易々と超える。

 想像力の壁を破壊すると言ってもいいかもしれない。


 結局、魔物への決め手となったのは、世界の魔力その力を用いた強大な風の斬撃だ。


 土と土のぶつかり合う音を轟かせながら、姉は尋ねる。


「うーん……それで倒せたならいいんじゃない? ダメなの?」


「駄目ってわけではないが……姉さんだって分かっているだろう?

 あの力は、負担が大きいってことを」

 

 世界の魔力は、確かに強力で便利だ。

 俺たちの実力では放てないはずの魔術を、容易に放つことができるのだから。

 便利に決まっている。


 だが、単に便利なそれだけのものでもない。


 姉や俺にかかる負担は、通常の魔術とは一線を画す。


 初めて使った時は、2人とも数日寝込んだ程だ。


 ここ1年位は世界の魔力を用いても、倒れることがなくなったとはいえ、それでも負担が大きいことに変わりない。


「でも、魔物はほっとけないもんねえ。危ないし」


「それはそうだ」


 では、世界の魔力を使いたくないから、魔物と戦わないのか。

 そう問われれば、答えは決まっている。

 俺は――俺たちは、全力を以って魔物を滅ぼすだろう。


 家族や村の人たちの安全には代えられない。


「それに、俺たち自身の魔力や魔術も、色々足りないと思わないか?」


 速さと威力、安定性に操作性、魔力効率や強度。

 挙げていけばキリがないくらい、改善点が出てくる。


「うーん……まあ、確かに。それは否定できないね」


 姉にも心当たりがあった様で、俺の言葉に素直に頷く。


「となると、また魔力や魔術の実験が必要だろう。

 色々と試してみたら、新しい魔術が見つかるかもしれない」


 実験という言葉を聞いて、姉の瞳がキラキラと輝き始める。


「実験いいね!

 魔術も結構沢山試してきたけど、また新しく探すのも面白そう!」


 互いに放った土の槍がぶつかり合い、ガラガラと崩れ落ちる。


 折角開発した土の槍魔術だが、通用しないのなら止む無し。


 ……魔物も相手取れるような魔術を、姉と実験しながら探るべきだろう。


「それなら早速、身近な実験対象から試していくか」


「イエーイ! レッツゴーだね!」


 姉弟2人で今後の実験について思いを馳せる。

 これはまた楽しくなりそうだ。

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