第52話 少年と騎士。
「そういやあ、ルング」
村長と母の説教も終わり、
それまで何も言わなかった父が、こっそりと俺を呼ぶ。
「何だ、父さん」
「何だじゃねえよ」
父は村長たちの後姿に視線を向けながら、俺に告げる。
「お前、ちゃんとリッチェンに礼は言ったのか?」
「……あっ」
リッチェンを助けるつもりで、割って入って。
結果的に、リッチェンのおかげで勝つことができたというのに。
それに対して、自身が礼をしていなかったことを思い出す。
……危なかった。
「父さん、ありがとう。偶には良いこと言うな」
「バッカお前。俺はいつも良いことしか言わねえだろ?」
にっと父は不敵に笑う。
「……そうだな。父さんはいつも良いことしか言わない」
「そうだろうそうだろう! もっとこの父を褒め称えろ!」
豪快に笑う父がまた、悔しいことに格好良いのだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「おうよ。俺の息子らしく、ガツンと決めてこい!」
……息子らしくはともかく、何を決めてこいなのかは、よく分からないが。
それでも、リッチェンに伝えたいことは確かにある。
そんな父の後押しを受けて、俺は1歩踏み出したのであった。
「リッチェン! ちょっと待ってくれ」
俺の声の先で、朝日の輝きを浴びながら振り向く
仲良く手を繋いでいる2人の顔は、共に目元が真っ赤である。
……
「な、なに? ルング」
父親と手を繋いでいることが照れくさかったのか、村長から手を放し、こちらへと向き直る赤毛の少女。
生命力に溢れた赤毛の尻尾が、嬉しそうに揺れる。
そしてそんな娘の対応に、寂しそうにしている村長。
熊みたいな体躯が嘘の様に、しょぼくれていた。
……ただ声をかけただけなのだが。
ほんの少しだけ、村長に申し訳なく思う。
足を止めた2人に追いつくと、少女に礼を伝える。
「リッチェン、ありがとう。
君は立派な村の騎士だ。
俺たちの畑を――俺を、守ってくれて本当にありがとう」
瞼に焼き付いているのは、震えながらも立ち上がる少女の姿だ。
血まみれの中、不安もあっただろうに。
それでも恐怖に打ち勝ち、魔物と刺し違えようとした闘志。
暗幕の中、輝く白光と鋭く振るわれた剣戟。
そして勝利の笑顔。
彼女の熱意を。
献身を。
奮闘を。
俺は決して忘れないだろう。
「格好良かった。
姉さんと同じくらい……ひょっとすると姉さんよりも、格好良かった!」
彼女の懸命な姿を、俺は自信が苦しい時にきっと思い出すに違いない。
いつでも俺たちを守ってくれる小さい騎士の姿を。
俺の感謝の言葉が予想外だったのか、小さな騎士は目を丸くしたかと思うと、そのバラのような頬に再び雫が伝い始める。
「ルングこそ、かっこよかったわ。わたしをまもってくれて、ありがとう」
目前の小さい騎士は、たどたどしく俺に礼を返す。
泣き虫の騎士だ。
今日だけで何回泣いているのか分からないくらい、情緒の変わりやすい騎士様。
……それでも――いや。
「ああ……そうだ。騎士リッチェン。忘れない内に、これを渡しておく」
そう言って、彼女のすぐ傍に寄り、少女の両手を握る。
華奢な外見に比べて、柔らかさと硬さの同居する手。
父とはまた異なる硬さ。
けれど俺の大好きな
「な、なに?」
手をまさぐられてくすぐったかったのか、少女は恥ずかしそうに身をよじる。
そんな彼女に俺は両の掌を、空に向けて開かせる。
自身の片手は少女の両手の甲に添えて。
もう片方の手は、開かれた掌の上に拳のまま乗せる。
少女の両手を挟む様に、俺の手を配置し終えると、ゆっくりと自身の拳を開く。
少女に俺の感謝の念が伝わればいいと。
そんな期待を込めて。
「わああ!」
少女の掌に乗ったのは、くすんだ赤銅のコイン。
決して特別なものではない。
昨日、村医者アーツトから貰った
「働いた分の報酬は払わなくてはな。騎士様」
報酬を受け取った少女は、俺の言葉を噛みしめると、朝日にも負けない笑顔を浮かべた。
「バイトってやつね! はじめてのおきゅうりょうだわ!」
少女は渡した銅貨を器用に片手へと移し、1枚だけ空いた手で摘まみ上げて太陽にかざす。
陽光に輝く銅貨を、目を細めて嬉しそうに見つめる少女。
「……そうかもな」
……バイトとはやはり少し違う気もするが。
今の少女相手に水を差す気はない。
彼女が満足しているのなら、それでいいのだ。
「ありがとう、ルング! だいじにするわ」
「いや、使え。金は使うものだ」
「うふふ」
快活な少女の仄かな笑みは、普段との落差もあって、とても可愛らしい。
「ルング!」
「ルンちゃん!」
そして――
「いくらお前がリッチェンを助けたからといって、お前に娘はやらないからな⁉
分かってるか⁉ 分かったなら早くその添えた手を離せ!」
「ルンちゃん、確かにリっちゃんは格好良かったかもしれないけど、お姉ちゃんの方がずっと格好良いんだからね⁉
お姉ちゃんが最強なんだからね⁉」
村長と姉の必死な声が、朝の畑に木霊する。
……まったく。
ああ、今日は本当に。
幸せな朝だ。
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