第44話 村長と子ども。

「よし、リッチェン! 来い!」


 村長は、嬉しそうに自身の娘を抱き上げようとする。


「もうわたし、こどもじゃないから!」


 しかし、当の娘はそれを拒否し、涙目になる村長。


 娘の頬が少し赤い。


 どうやら、同級生の俺の前で父親に甘えるのが恥ずかしいようだ。


「いやでも、実際に村長のしている仕事は、すごいと思うんだが」


 俺が父と娘のやり取りを無視して話を進めると、すぐに切り替えて村長は答える。


「つっても、俺は国の法とか規則に沿って、仕事内容通りにやっているだけだぞ?」


 村長の言葉通りに捉えるなら、お役所仕事のようにも聞こえるが――


 ……実際は全然違うのだろうな。


 確かに村長は、まじめに仕事をしているだけのつもりかもしれない。

 だが、自身の仕事の重要性や意味を、強く理解している気がする。


 例えば思い当たるのは――


「今回の、姉さんへの……俺たちへの特別家庭教師制度の適用とかは、仕事なのか?」


「ああ、あれはまあ仕事というか……偶々知ってた制度だな。

 村長の目を利用して、早くから才能を見つけようって国の方針は聞いてたし」


「とくべつかていきょうし?」と首を傾げる娘を尻目に、少し照れくさそうに笑う村長。


 仕事ではなくとも、使える制度を把握し、村民――今回は姉や俺――のために用いることができる。


 これ以上に理想の首長なんていないだろう。


 ……その上で――


 村長に、人を見る目と村民を大事にする人柄があるのも素晴らしいことだが、子どもの可能性を伸ばそうとする制度自体の存在もまた、進んだ・・・考え方だと思う。


 無論、上手くいかないこともあるはずなのだ。

 子どもには多様な個性があって、同じ性格や才能の子どもなんていない。


 言ってしまえば、成否のない――将来の確定しない存在が子どもなのだ。


 ……しかし、それでも。


 大切に育てた子どもが、将来国を救う存在へと成長するかもしれない。

 あるいは、国どころか世界を支えるような存在になるかもしれない。


 そんな不確定な存在子どもを大切にすることへの投資の意味を、国が理解しているのだ。


 それはやはり――


 ……アンファング村だけでなく、国そのものが教育に力を入れていることを指している。


「……こういう制度とか法律とか、村長の仕事とかって、いつから・・・・決まってるんだ?」


 そんな俺の質問に、村長は申し訳なさそうに答える。


「悪い……ちょっとわからないな。

 少なくとも俺が物心つく頃には、もう既にそんな感じだったし」


「となると、50年前くらいか……」


「えっ……おとうさん、50さいだったの……?」


「おい! 俺は20代だ! リッチェンに嘘を教えるんじゃねえよルング!

 ……ったく、変な所ばかりツーリンダーに似やがって!」


 少しお冠の村長が、そのまま俺に尋ねる。


「なんだ? ルングは歴史に興味あるのか?」


「……うん。国の成り立ちとか興味ある」


 ……正確に言えば、この国の価値観がどうして転生前の世界に似通っているのかを知りたいのだが。


 そんな俺の言葉に、村長は感心して頭を撫でる。


「国を知ることは良いことだ。それで、自分のやりたいことや、やるべきことが見つかる時もあるしな」


 そんな村長の言葉に、娘である赤毛の少女が手を挙げる。


「はいはい! わたしはきしになりたいわ! おとうさん!」


 そんな娘の飾りのない宣言に、村長は困惑した様子だ。 


「いや、リッチェン? リッチェンにはもっと安全で幸せな道が――」


「ええええ⁉ いやだあ! きしになるの!

 おとうさんみたいな、かっこいいきしに!」


 その言葉に、苦さと嬉しさが大きくブレンドされた表情を浮かべる村長。


 騎士が危険な職業だというのは百も承知。


 だからこそ絶対に娘にはさせたくないという父としての思いと、自身に憧れて目指してくれている娘への喜びが、村長の中で葛藤している。


 そんな村長に、俺は語りかける。


「まあ、目指す分には良いんじゃないか? 村長だって立派な騎士だったんだろう?」


 村長として村民に接する様子と、そして何よりもその立派な肉体を見る限り、おそらく優秀な騎士だったに違いない。


「立派かどうかはわからないけど、一応騎士ではあったが……なあ」


 やはり村長の心境は複雑なようだ。

 父の心境にまるで気付かない娘は、父に自身の心の内を語る。


「わたし、すごいきしになって、むらのみんなをまもるの! もちろんおとうさんもね!」


 にっと不敵に笑う少女の姿は、瑞々しい生命力と輝く未来に満ちていて、美しい。


「リッチェン……大きくなったな」


 そんな娘の成長が感慨深いのか、村長は少し涙ぐみながら、胸を張る少女の頭を、巨大な手で撫でる。


 愛しくて大切だと、娘に伝えるかのように。


 きっと村長から多くの愛情を受けて、この少女もまた大きく成長していくのだろう。 


 村長の手を気持ちよさそうに受け入れながら、少女は自身の目標を重ねて宣言する。


「そして、わたしよりつよいおむこさんをゲットするの!」


 ピキリ


 世界にひびが入るような音が、聞こえた気がした。


 村長は妙な緊張感の中、娘の発言に対する答えを告げる。


「……それは、許さん」


「ええええ⁉ どうしてなの⁉」


 笑顔の裏に、大きな憤りを抱える村長と、その村長の憤りに気がつかない赤毛の少女。


 その姿は今朝の父と姉のようで微笑ましい。


 ……どうやら。


 娘を持つ親というのは、皆似た考えを持っている様だ。

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