第43話 抱いた疑問。

「おう、ルング! 今日も洗濯ありがとな!

 これ果物だ! 持ってけ!」


「ああ、ありがとう……美味いな」


「最近、畑が動物かなんかに荒らされる事件が起きてるらしい。

 ツーリンダーたちに注意するように伝えといてくれ」


「了解。そっちも気をつけろ」


「リッチェン? ルングの邪魔しちゃダメよ?」


「してないわよ!」


「どうだかな」


 村医者アーツトの洗濯の後に、アンファング村の家々を回り、衣類や寝具を次々と洗濯していく。


「ルング、たいへんじゃないの?」


 もぐもぐ


 俺が渡した果物を食べながら、村長の娘は共に歩く。

 本人は遠慮していたが、俺が仕事バイト中ずっと少女の腹の虫が鳴いていたので、無理矢理食べさせたのだ。


 どうやら彼女は、昼食も食べずに畑に居た俺を見張っていたらしい。


 ……この少女がそこまでして、俺を観察する意味は何だろう。


 謎は深まる。


 ちなみに、少女の食している果物を始めとした、村の人たちからの洗濯の対価である種々の戦利品たちは、風の魔術で運んでいる。


「いや、全然。

 魔術の練習もできる上に、稼げるし。

 貰える野菜や果物は、家族の食事にもなるし。

 色々な人たちと話もできる。いいことずくめだ」


 アーツトからの銅貨も勿論稼ぎになるが、貰える物資もまた馬鹿にできない。

 それだけでも、俺たち家族の食事なら、いくらか賄えるのだから。


 俺のその言葉を聞いて、赤毛の少女の手が止まる。


「このくだもの……たべちゃだめだったのよね? ごめんなさい」


 元気な少女の、悲しそうな顔。


 ……しまった。

 

 自身の鈍さを恥じる。

 別に彼女を責めるつもりはなかったのに。


 少女は既にかじってしまった果物の置き場を悩むかのように、モジモジと両手の上で転がしている。


「……俺が許可したんだ。感謝して食べろ。

 子どもが遠慮なんかするな。ムキムキになれないぞ?」


 それを聞いて、少女が応える。


「わたし、ムキムキになれるわよ!」


「それなら、尚更食べなきゃいけないだろ。

 今、食べているそれは気にしなくていい。

 代わりに将来、ムキムキの筋肉で村を守れ」


「……わかったわ」


 そのやり取りで吹っ切れたのか、少女の食事が再開すると、渡した果物をあっという間に食べ終わる。


「ルングって……ほんとに5さい?」


 食事を終えた少女から、ポツリと投げられた疑問。


 ……意外と鋭い。


「勿論だ。俺と君は同い年だろう?」


「でも、おとなとはなしてるみたいだわ」


 ……生まれ変わっているからな。


 などとは勿論言えるわけもない。

 素朴な少女からの追撃が、割と痛い。


「まあ……働いている分、ちょっとだけ俺が大人なのかもな」


「むう……そうなのね。うらやましいわ」


 苦しい言い訳に、少女は素直に頬を膨らませる。


 コロコロと表情を変え、自身の自然な感情を思うがままに周囲へと表現する少女。


 その純粋さこそが貴重なものだと、少女はいつか気付くのだろうか。


「な、なによ?」


 じっと少女を見つめていると、顔を赤らめる。


「いや……何でもない」


 少女から視線を逸らし、話を変える。



 それにしても――


「変だな……」


「へん? なにがへんなの?」


 俺の反応に、少女が食いつく。


「ああ、アンファング村が……かな?」


「ええっ⁉ おとうさんが、だめなむらをつくったっていうの⁉」


 どれ程の衝撃を受けたのか、少女の赤毛の尻尾が大袈裟に揺れる。


 ……だが、俺の言いたいのはむしろ――


「いや、違う。逆だ・・

 この村は、村として良すぎる・・・・


 ……それはもう整い過ぎていて、おかしい・・・・くらいに。


 色々なものが、ちぐはぐなのだ。


 家や家具・農具などを見る限り、前世と比べると、技術としての進みはずっと遅い。


 それは良い。理解できる。


 魔法という別体系の技術があるから、科学技術の発展が遅いのかなど、考えたいことは多々あるが、そこはこの際おいておこう。


 ……だが、それにしては価値観が前世に近い・・・・・・・・・


 姉の通っている教導園がそうだ。

 アンファング村だけでなく、各村に存在するらしい教導園。


 それらの存在はすなわち、教育に力を入れている証だ。

 そして教育に力を入れるには、生活にある程度の余裕がなければならない。


 でなければ、子どもは労働力であり、足手纏いの対象でもあるはずだからだ。


 子どもが教育を当然のように受けられるということは、少なくとも村の家々の生活に、大きな問題がない――特に死者が少ない――ということだろう。


 村長の各家を巡り、備蓄を確認する仕事も、言ってしまえば村から不用意に死者が出ないようにするシステム。


 1つが気になり始めると、他の部分も気になってくる。


 村医者が当然のように配置され、俺のバイトの様に、洗濯や風呂といった衛生観念が存在していたり。

 下水処理のシステムが、ちゃんと構築されていたり。

 小さい村にも関わらず、あらゆる職業の人が村内にいることで、基本的な生活が困らないようになっていたり。


 ……前世では、生きていることが当然だったから意識していなかったが。


 科学技術の進歩によって安定した生活を得て、ようやく重要視できるようになってきたはずの「教育」や「生きる権利」のような様々なものが、技術の進歩抜きに・・・・・・・・先取りされている・・・・・・・・ような違和感。


 こんな形になっているのは――


「そんなに褒めてくれるなよ、ルング! 嬉しくて泣いちゃうだろ?」


 考えを深める俺と、じっと俺の反応を見ていた赤毛の少女に話しかけてきたのは、


「あっ! おとうさん!」


「村長」


 姉を無事、教導園へと送り届け連行した村長だ。

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