第42話 洗濯。
「来たねえ、ルング」
村長の娘と共に、アンファング村の中央広場に辿り着くと、以前父の怪我の時に世話になった村医者――アーツトに声をかけられる。
のんびりとした口調に柔和な振る舞い。
これが患者を前にすると、テキパキと処置をしていくのだというから驚きだ。
そんなアーツトは今、
「こんにちは、アーツト。今日はまた大量だな」
アーツトの引く荷車には、大量の衣類や寝具が乗せられている。
「まあ、
アーツトが職務に忠実なのは知っているが、それにしても大量である。
……これから、怪我人が沢山出る様なことでもあるのだろうか。
「何か……あるのか?」
自身の表情が曇っているのが分かる。
それを和らげるかのように、アーツトは微笑む。
「ルング、そんな顔しなくても大丈夫だよ。
ただ最近、近隣の村で畑を荒らす動物が出て、少し怪我人がでたって話があったから。
あくまで念の為だよ。何か起きたってわけじゃない」
「……それならいいが」
……気になるものは気になる。
「まあまあ。起きていないことを、気にしすぎるのも良くないからね。
できる準備をしておくってだけさ」
アーツトは穏やかに告げると、
「じゃあ、いつも通りよろしくね」
場の空気を入れ替えるようにそう言って、荷車を丸々こちらに渡し、
「……毎度あり」
それをいつも通り受け取る。
「本当に、ルングは子どもらしくないなあ。ねえ、リッチェン?」
「ほんとそうね! しょうらいがしんぱいだわ!」
アーツトの言葉に、赤毛の少女が大きく頷く。
……どこが子どもらしくなくて、どこが心配だというんだ。
まさか中身ではないだろうな?
前世も加算すれば、目の前の二人を合わせても、俺の方が年上のはずだ。
その上俺は、真面目に生きている。
まあ、子どもらしさはないかもしれないが、将来の心配までされるのは意味が分からない。
そんな2人への不満を募らせながら、魔術を発動させる。
「ああ! それがさっきのれんしゅうのやつね!」
「その通りだ。大きさは違うがな」
荷車の
顕現したのは、
水の球の中には既に、荷車に積まれていた荷物が取り込まれている。
ふわり
水と風の魔術の塊が、宙へと浮かぶ。
するとすぐに――
「わああ! まわってるわ!」
風が渦を巻き、中心の水が回転を始めた。
その回転により、玉の内部では強い水流が生まれ、荷物の汚れをみるみる落としていく。
それはまるで、転生前でいうところの洗濯機のような挙動。
俺の
「すごい! ルングはやっぱりすごいわね!」
「そ、そうか? ありがとう」
……少女の真っ直ぐな誉め言葉が、素直に嬉しい。
中の洗濯物が程よく洗われたところで、アーツトに尋ねる。
「匂い付けまでするか?」
「ああ、よろしく頼むよ。良い香りが更に強くなるしね」
それならと、洗濯物を洗う役目を終えた水の球を消す。
空中に残ったのは風の魔術と、水が消えて乾いた洗濯物たち。
その洗濯物たちを周囲の風の魔術で覆い、念押しとして回転させ始める。
水で洗浄し、風で完全な乾燥と匂い付け。
可能な限り洗濯物を傷めないように気をつけながら、ふわふわに仕上げていく。
青空に揺れる衣類と寝具。
「わあ! ふわふわ! きもちよさそう!」
それを赤毛の少女は、楽しそうに見上げる。
「そろそろいいか」
ふわり
洗濯を終えた積荷を、再び荷車へ戻す。
風の魔術でゆっくりと降ろされた洗濯物は、パサリと乾いた音を立てた。
アーツトは荷車の中身を確認して、
「うん、バッチリだ。ありがとう。
それにすごく良い匂いだけど……少し匂いが変わったかい?」
「ああ。少しさっぱりした匂いの方が良いかと思って。
前の方が良かったか?」
イメージとしては、柑橘系の匂い。
赤毛の少女に見せた時の様な洗剤や柔軟剤も悪くないが、医者の所ならそちらの方が良いかと思ったのだが。
「いや、すごく良いよ! 次も同じのでお願いしたいくらいだ!」
「それなら、次からはコースに入れるか。今回はサービスにしておく」
俺の言葉に、アーツトは吹き出す。
「抜け目ないなあ。次の洗濯が怖い怖い」
アーツトは、やれやれと少し呆れたような視線を俺に向けている。
……何だ。文句か?
これ以上は、おまけする気はないぞ?
「それじゃあ、これを。今回もありがとう」
そういってアーツトから渡されるのは、20枚ほどの銅貨だ。
「毎度」
銅貨を受け取ると、チャリチャリと音が鳴る。
冷たく硬いコインの感触に、心が躍動する。
非常に魅力的だ。
「ルングはほんとお金が好きだなあ」と、アーツトは苦笑いを浮かべて告げる。
「それじゃあ、
「もちろんだ」
俺の返事を聞くと、安心した様な笑顔を浮かべて、アーツトは荷車を引いて去って行く。
「ああ! ズルい! ルングいいなあ!」
俺が受け取った銅貨を見て、羨望を言葉にする少女。
「ズルくないぞ、村長の娘。これが働く――バイトするということだ。
達成した仕事の分だけ報酬を得る。君の父親である村長も、こうして君を養っている」
「むう……」
村長の話を出したことで、少女はそれ以上不満を口にしない。
「それなら――」と、打って変わって明るい口調で告げる。
「それなら、わたしがおとうさんみたいに、むらをまもれば、もらえるのね!」
「ああ……そうかもしれないな」
村を守るという村長の仕事。
それは勿論、村民の生活に責任を負い、村民たちをあらゆる面で助けることだ。
……他の村と比べたわけではないが。
その仕事に関して、
……だが、おそらく。
「なら、わたしは、おとうさんみたいな、つよい
村長が村長になる前の職業――騎士。
その騎士として、外敵と戦って村を守りたいと、少女は言っているのだろう。
……騎士だったということは、村長は誰かに仕えていたのだろうか。
そんな疑問はあるが、兎にも角にも。
村長は以前、アンファング村出身の騎士だったらしい。
思い出すのは、姉の仕留めた魔獣を捌いていた姿。
日頃のお人好しが嘘のように流麗なナイフ捌き。
あれは、実戦で鍛え上げられたものだったのだ。
……ということは、あの隆々の肉体もまた、騎士だったころの名残なのだろう。
「君……あんなムキムキになれるのか?」
ふと浮かんだ疑問に、少女は答える。
「なれるんじゃなくて、なるわ! いまでもムキムキ!」
赤毛の少女は腕をぐっと曲げるが、もちろんまだまだ子ども。
ムキムキのムの字もない。
それでも――
「そうか……まあ、頑張れ」
子どもの夢くらい、応援してあげても良いだろう。
「うん! がんばるね! ルングもむらも、ぜんぶまもってあげるんだから!」
「ああ、期待しているぞ」
弾けるような笑顔の少女。
それを見て、
……安く済めばありがたいな。
そう思ったのは、秘密だ。
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