第40話 村長の娘。
「……これで良しと」
教導園へと連行された姉の畑で起動している魔術や、自身の畑の魔力の確認を終えて、これから何をするか考える。
……時間は結構あるしな。
まだ昼過ぎだが、両親も今日の分の畑作業は終えたらしく、手伝うこともどうやらなさそうだ。
そうなると、田舎でできることなど限られてくる。
「魔術の練習をするか、
……この力も、大分馴染んできたな。
相も変わらず世界は美しく、魔力の満ちるこの村は、七夕の空の様に輝いている。
そんな風に、自身の故郷であるアンファング村に見惚れていると――
「ルンちゃん」
美しい声に呼ばれる。
振り向くとそこには、黒髪黒目の女性――母が、何か困っているような表情で立っていた。
「どうした、母さん。何か作業でもあるのか?
それなら、遠慮なく言ってくれ」
そんな俺の発言に対して、母はどこか渋い顔をしている。
……何かやらかしてしまっただろうか。
今の発言に、問題はなかったはずだし。
……母さんに叱られるのは怖いし。
「手伝って欲しいことはないんだけど……ルンちゃん?
ここ最近ずっとだけど、
……
母の表現は、そこそこ曖昧な色を含んでいたが、言いたいことは伝わっている。
確認。
これはあくまで、俺と母の間で交わされる確認作業に過ぎない。
「何に」という対象を示す言葉がなくとも、共通理解さえあればいいのだ。
そして母の考える「何か」に気付いているか否かでいえば――
「うん。気付いてはいるけど……?」
そう答えると、母は真面目くさった顔で、俺を軽く叱る。
「ルンちゃん、ダメよ?
話しかけたくても、話しかけられない。
どうしようって悩みながらも、気になる子の周囲になんとなく居てしまうものなの」
「いや、
「ルンちゃん! 5歳といっても女の子なの!
それはいくつになっても変わらないの!
私だって、女の子!」
「てへ」っと、姉と同じくウインクをパチンと放つ母。
若々しい母のその仕草は、あざとさも垣間見えるにも関わらず、よく似合っている。
そして似合っているからこそ、息子としては反応に困る。
固まっている息子に、母は告げる。
「だから、立ち止まっている子がいれば、ルンちゃんも手を差し伸べなきゃ。
クーちゃんや私を助けてくれるのはいいけれど、他の子にも同じように優しく接してあげてね」
「じゃあ、後は頑張ってねー」と、母は自身の言いたいことを言い終えると、家へと帰って行く。
……難しい。
いつも放任してくれている母の助言だからこそ、聞きたい気持ちは大きい。
だが、
……頭が痛くなってきた。
姉が助けてくれないだろうかと考え、彼女は俺の手引きで村長に連行されたことを思い出す。
……自分で蒔いた種か。
仕方ない……やるか。
俺は意を決して、我が家の方向へと歩き出す。
そして一言、
「
家の陰から、ずっと俺を睨みつけている少女に、声をかける。
本人なりに隠れていたつもりなのかもしれないが、そこはまだまだ子ども。
服の端が丸見えだった。
その服もまた、村では珍しい、ひらひらとしたフリルのついたスカート。
この村で、そんな服装をしているのは、
「みつかったなら、しかたないわね!」
声と同時に、陰から出てきたのは、赤毛を1つ結びにした少女だ。
身長は俺と同程度。
茶色の瞳の力強さは、
服装は一見、深窓の令嬢と言われても違和感のないほど可愛らしい。
だがその端々は土で汚れ、少女の日頃の行いがよくわかる具合となっている。
……間違いなく、お嬢様などではない。
一言でまとめるなら、快活。
悪く言うならば、お転婆。
全身から溢れる、ギラギラとした夏の陽光のような力強さ。
姉の天真爛漫な様子とは、また違った明るさが、少女にはあった。
村長ブーガの娘だ。
少女は腕を組み、仁王立ちで俺の前に立ち塞がる。
「それと、またわたしのなまえ、わすれたの?
リッチェン! ほら、よんで!」
「……」
相手は子どもだ。
呼べばきっと満足するのだろう。
だが――
……人に強制されるのは嫌いだ。
大人げないかもしれない。
それでも、嫌なものは嫌なのだ。
彼女にはそういう人間もいるのだということを、是非とも学んで今後に活かして欲しい。
だから俺は、少女を無視して歩き始める。
「ほら! はやくよん――ってどこいくの⁉」
最近、ずっとここら辺をうろうろしている少女。
……別にどこでも構わないだろうに。
少女を置いて行こうとするが――
「ルング! これ、おいかけっこ?」
追いかけて来る上に、振り切れない。
……速い。
こちらは肩で息をする程、本気で動いている。
それなのに、少女は全く息を乱していない。
……基礎体力が違い過ぎる。化物か。
何なら、少し魔術を使ったのに。
家の周囲を逃げ回っても、即座に追跡してくる。
……この体力お化けが。
「どうして付いて来る?」
「えっ⁉ お、おもしろくない?」
少し噛みながらも、ケラケラと笑う赤毛の少女。
……面白くなどない。むしろ恐怖だ。
そのまま彼女がウチの農地に居座る気なら、間違いなく集中を欠く。
魔術の練習なんて、できなくなってしまうだろう。
それなら――
「母さん、バイトに行ってくる!」
我が家の中にいる母の返事を待たずに、中央広場へと駆け出す。
「ちょっと、まってよ!」
俺の急な方向転換にも、難なく対応する、身体能力お化け。
こうして俺は、不本意ながら村長の娘を連れて、村の中央広場へと向かうことになったのだった。
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