第39話 枠は2つ。

ルングも、家庭教師枠に入っている」


 そんな村長の一言をきっかけとして始まった、姉の歓天喜地かんてんきちが収まったところで、村長に詳しく話を聞く。


「村長、もちろん嬉しいが……どうして俺も?」


 姉が8歳に対して、俺はまだ5歳。

 教導園の基礎教育すら始まっていないのに、簡単に許可が得られるとは思えないのだが。


「実はお前に関しても、クーグルンの報告と並行して伝えてはいたんだが、領主様が強く興味を持ってくれたみたいでな。

 クーグルンも居るし、研究や実験も共同なら、お前も共に受けるべきだと許可してくれたんだと」


「なるほど……俺も関与してることを伝えたら、領主様から許可が得られたってことか」


 とりあえずの話の流れが明らかとなる。


「ああ、そういうことだな。おめでとう」


 姉と同様に、頭を撫でる村長。

 父とはまた異なる、大きい手だ。


「ルンちゃん、本当におめでとうだね!」


 俺の背後に回って、抱き付きっぱなしの姉の表情なんて、見なくてもわかる。

 きっとまた、世界が晴れる様な大輪の笑顔を浮かべているのだろう。




「とりあえず、先生は半月後くらいに来るらしいからな。

 気合入れとけよ?」


「気合?」


「何しておけばいいんだ?」


 そんな俺たちの疑問に、村長もまた疑問符を浮かべる。


「……何すればいいんだろうな?

 とりあえず領主様は、『お前たちのままでいい』みたいなことを言ってたが」


 ……俺たちのままでいい?


 今まで通り、魔術で実験してて良いということだろうか。


 諸々気にかかる。


 そんな俺たち姉弟に、


「まあ、ありのままで良いんじゃないか?

 日頃のお前たちについては、俺が既に報告しちゃってるし。

 猫被っても仕方ねえだろ」


 村長はあっけらかんと告げ、


「じゃあ、俺はまだちゃんと仕事があるからそろそろ行くぜ?」


 そう言い残し、立ち去ろうとして――その大きな体の動きが、何故か止まった。


「……どうした、村長? 何か忘れ物か?」


「ルンちゃん、村長は天然さんだから。

 多分、またお仕事を忘れてたんじゃない?」


「ああ、あり得るな」


 俺たちのそんな内緒話が聞こえているのかいないのか、


「ああ、危なかった。もう1個仕事を忘れてたよ」


 そう言うや否や、村長はこちらへと振り返り、俺に抱き付く姉の腕・・・・・・・・・を摑まえる。


「あれ? 村長、どうしたの? 一緒に踊る? 喜びの舞する?」


 急に腕を取られたことに驚きながらも、姉はご機嫌の様子だ。

 家庭教師の件が、よっぽど嬉しかったらしい。


「そうじゃなくて……いや、まあエスコートするって意味では一緒なのか?」


 村長はブツブツと呟いている。


「?」


 姉は純粋無垢だ。

 呑気――能天気と言ってもいい。


 ……そして。


 時にその気性は、弱点になるということも、今後のために学んでおいた方が良い。


「……クーグルン。

 分かっていると思うが、一応聞いておく。今日は何の日だ?」


「もちろん、分かってるよ!

 私たちの魔術の先生が決まった、お祝いの日でしょ? ばんざーい!」


 快晴の笑顔で言い放つ姉。

 しかしそれは、村長が姉の腕を掴んでいる理由にはならないことに、彼女は未だ気付いていない。


「はあ……」と村長は、気が乗らなさそうにため息を吐くと、


「今日は……教導園の日だろ。行くぞ」


 姉にとっての死刑宣告を告げる。


 先程まで血色の良かった姉の顔から、徐々に血の気が引いていく。


 ……どれだけ嫌なんだ。


「そそそ村長! 私、まだルンちゃんと魔術の実験があって! だから今日は……」


「そうなのか? ルング?」


 姉の助けを求める目と、村長の確認の眼光が、同時にこちらを向く。


 姉を助けてあげたい気持ちは山々なのだが――


「いや、今日の分は終わったし、新しい実験があったとしても、教導園の後にすればいい。

 連れて行って、問題ないぞ?」


「ルンちゃあああん⁉」


 ……すまない、姉さん。


 心は多少痛む。


 でも、文字の読み書きや計算は、できた方が良いに決まってるんだ。

 将来のためにも、間違いなく。


 それに――


「姉さん、大丈夫だ。姉さんなら絶対できる。

 姉さんは賢くて、自慢の姉さんだからな」


「ルンちゃん……」


「……だから学んだ内容は、後で俺に教えてくれ。

 特に読み書きを頼む」


「ルンちゃん、絶対それが目的でしょ⁉

 私から知識を搾取するのが!」


 ……おお!


 早速教導園の成果が出ているようで、姉さんの語彙力が上がっている。

 ひょっとすると、危機に瀕することで、火事場の馬鹿力が発揮されているだけかもしれないが。


「ほら、クーグルン。行くぞ」


「いやだよおおおお! ただ席に着いて勉強するのいやああぁぁぁぁ!」


 村長に連れられながら、断末魔を上げる姉。

 

 こんな風に言っておきながらも、なんだかんだ言って、ちゃんと勉強はしてくるのだから、立派な姉である。

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