第38話 特別家庭教師制度。

「ええ⁉ ホントに⁉ やったあ!」


「おお⁉ マジか! よくやったな! クーグルン!」


「おめでとう、クーちゃん!」


「流石だな、姉さん!」


 村長の報告に大きく姉が喜び、家族3人で口々にその姉を褒める。


「ということは、領主様の許可が下りたんだな?

 偶にはやるじゃねえか、ブーガ!」


「俺はいつもちゃんとやってるだろ!

 そして感謝するなら、さんを付けろ! ツーリンダー!

 ホント大変だったんだからな!」


 村長は苦笑いを浮かべてぼやく。


「特別家庭教師枠に認められるために、クーグルンのことを逐一報告し続けてきたんだからな!

 俺が! ずっと! 2年前から!

 ……マジで感謝しろよ?」


 特別家庭教師枠――特別家庭教師制度。

 それは、才能ある子どもたちを見逃さないために、定められた制度だ。

 管理下にある住民――それも子どもの中で――、首長――アンファング村では村長――がその才能を認め、領主にその実績を認められた者がいた場合、特別に国から家庭教師が派遣される制度。


 基礎的な教育を行う教導園が8歳から始まるのに対して、希望職業毎の専門的な教育が始まるのは13歳になる年から。

 しかし、この特別家庭教師枠に入ることができたなら、13歳以前から、高度な教育を受けることが可能となる。


 それも国の提供だから無料で。


 代わりにその枠を貰えるような子どもは、飛び抜けた才能でなければならないのだが、どうやら姉は、そのお眼鏡に適ったらしい。


 ……ああ、なるほど。


 村長が2年前に、魔力を宿すヴァイの量産の可否や、姉の活動を細かく確認してきたのは、そういうこと・・・・・・だったようだ。


 ……マジでちゃんと仕事だったんだな。


「村長、ヴァイの量産を確認したのは、姉さんの実績作りも兼ねてだったんだな?」


「ああ。こんなド田舎に、魔術を扱える子どもがいるなんて前代未聞だったからな。

 絶対、早く教師をつけてやりたかったんだ。

 俺たちじゃあ、教えてやれねえしな」


 胸が熱くなる。


 ……村長は、姉さんのことをこれ程考えてくれていたのか。


 姉と村長に、血の繋がりはない。

 それでも、俺たちは繋がっている。


 ……村民思いの素晴らしい村長だ。


「村長、これからは村長のことを、裏で『お人好し熊』って呼ぶの止めるよ」


「ルング! お前もあの渾名で、俺を呼んでやがったのか⁉」


 俺の言葉に、驚愕する村長。

 この怒り様なら、俺がその渾名の生みの親であることは、黙っていた方が良さそうだ。


「村長! ありがとね!」


 俺たちの嬉しさを、全身で表現するかのように、姉は風の魔術でふわふわと宙に浮いている。


「クーグルン、嬉しいのは分かるが……礼を言うなら、せめて降りろ」


「はーい!」


 と元気良く姉は村長の目の前に降りてきて、


「ありがとう」


 美しい満開の笑顔を咲かせる。


 純粋で、綺麗で、眩しい笑顔だ。


「……まあ、お前がすげえからだ。そのまま頑張れよ」


 村長はその笑顔に目を丸くすると、嬉しそうに微笑み、姉の頭を撫でる。


 ……おめでとう、姉さん。


 心から嬉しそうな姉の笑顔に、俺もまた嬉しくなる。


 ……でも。


 だけど。

 ほんの少しだけ。

 一抹の寂しさも、実は胸の内にあった。


 ……あの時みたいだ。


 思い出されるのは、姉が初めて世界の魔力を見て、大魔術を放った時。

 その力で、傷付いた父の居場所を特定した時。


 俺の手の届かない所に、姉が行ってしまうような。

 置いてきぼりにされる感覚とでもいえばいいのだろうか。


 ……いい大人が何を考えているんだか。


「ルンちゃん?」


 そんな俺の心情は、姉に見抜かれていたらしい。


 ……顔には、出してなかったはずなのにな。


 普段は呑気な姉だが、決して鈍いわけではない。

 むしろその勘は、常人よりもずっと鋭い。


 しかし今は。

 姉のその鋭さが、今だけはほんの少し憎い。


「……ああ、そうだ! 危ない危ない。

 これも言っておかなきゃな……ルング!」


 村長は俺たちのやり取りを見て、何かを思い出したのか、姉を撫でる手を止める。


「何だ? 村長」


 俺の問いに村長は、イタズラが成功したかのような笑みを浮かべて告げる。



「お前も、クーグルンと一緒に家庭教師に教えてもらえるからな」



 ……え?


「クーグルンとルング。2人セット・・・・・で特別家庭教師枠で推薦して、許可が出た。

 だから姉ちゃんと一緒に、お前も勉強しろよ?」


「ほ――」


「ルンちゃあぁぁぁぁぁぁん!

 よくやったねえ! 一緒に魔術で遊べるね! 最高だよ!

 さすが私の弟だねえ!」


 俺の声をかき消す、姉の抱擁。


 ……俺以上に、姉さんが喜んでるじゃないか。


 今は……姉の顔を見られない。

 されるがままに、姉に抱きしめられる。


 ……むず痒い。


「おい、ブーガ。珍しくルングの奴が照れてやがるぞ?」


「……ああ、こいつにもそんな感情あるんだな。

 後、さんをつけろ」


「もう2人ともからかって!

 こういう時は、おめでとうで良いのよ?

 おめでとう、ルンちゃん!」


「……ありがとう。母さん」


 ……そして、父さんと村長は後で覚えていろ。

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