第37話 村長は少し引いている。

「お前たちは、家族で何をしてるんだ……?」


 会話と魔術で温かいやり取りをしていた俺たち一家相手に、心底呆れたような声がかけられる。


「村長、見てて分からないのか? 甘いな」


「ブーガのじいさん、まだまだだな! もっと色々と観察した方が良いぜ」


「いや、わからんが……誰が甘いだと? ルング!

 そして、ツーリンダー! 俺をじいさんって呼ぶんじゃねえって何度言わせやがる!」


 お人好しの雰囲気に、熊の様な体躯。

 村長――ブーガだ。


 どうやら今日も今日とて、ウチにやって来たらしい。

 畑の外から、俺たちのやり取りを窺っていたようだ。


 ……そんな暇があるなら、働いた方が良いと思うが。


「あら、村長、こんにちは」


 母は丁寧に村長へと挨拶をして、


実験・・だよ?」


 姉だけが唯一、村長の質問に答える。


「実験?」


「うん! 空気中で魔術をぶつけながらヴァイを育てたら、魔力を宿すのかなって!」


 今回のヴァイ育てのテーマは、「大気の魔力量を増やすと、作物は魔力を宿すのか」である。


 ただ、空気中の魔力を単純に増やす方法は、姉弟俺たちの眼を以ってしても分からなかった。


 だから試しに、畑の上空で俺と姉の魔術をぶつけ合っていたのだが――


 ……良かった。成功みたいだ。


 大気中の魔力は、無事濃くなっていた。


「ああ、だからさっきからお前たち、戦ってたのか・・・・・・!」


 どうやら村長は、俺と姉が魔術で戦っていると、思っていたらしい。


「当然だ。意味もなく姉さんと魔術で戦ったりしない」


「そうだよ! お姉ちゃんとして、私もそんなことしないよ?」


「いや、お前ら姉弟喧嘩で、まあまあやってるだろ」


 俺たちの言葉に、村長はにべもない反応だ。


 ……やれやれ。


 村長が暇人なせいで、ウチの家庭事情をすべて把握されていて困る。


「村長、子どもの揚げ足を取るなんて、大人として問題あるぞ」


「揚げ足じゃねえだろ⁉」


 そんな俺と村長のやり取りを尻目に、


「よし、とりあえず魔力の濃度は、目標を達成したから、空間を覆おうかな!」


 姉は手際よく、畑に対して風の魔術を起動する。

 すると姉の畑全体を、半球形の風が覆っていく。


「ルング、これは何のためにしてるんだ?」


「魔力が拡散しないようにするためだよ。

 風で折角の魔力が、流されちゃうかもしれないからね」


 村長の疑問に端的に答えながら、姉の魔力を見る。


「姉さん、もっと使用する魔力量と、風の強さを抑えて。

 そのままだと、ヴァイが傷む」


「了解! こんな感じ?」


「ナイス」


 俺の指示に、姉は元気な返事で応える。


「いや……まあいいや。その魔術をぶつけ合ってた件はわかった。

 俺が聞きたかったのは、家族で何の話をしてんだってことだ」


 村長の次の質問に、畑で作業している父が応じる。


「ああ? 村長、聞いてなかったのか?

 ウチのクーグルンとルングの、好きなタイプの話だろうが」


「……わかった。まあ、そういう話が楽しいのは分かるしな。

 俺だって、娘のそういう話は多少気になる。

 だが、聞きたいのはその後だ」


 村長はそう言って、ゴホンと咳払いをする。


「ルング、お前の好みのタイプは?」


金持ちで、貴族で、魔術が使える人」


「短い間に進化してやがる……。クーグルンは?」


イケメン?」


「そんな単語ないよなあ⁉」


「村長、それくらいで、ごちゃごちゃいうなよ。

 クーグルンとルングにだって、希望があってしかるべきだろ?」


「俺とゾーレの子どもたちなんだからな」と、自慢げな父の言葉に、


「うん! 正確には、お父さん以上の大イケメン!」


 姉が笑顔で発言を重ねる。


「そんな奴はいませええん!」 


 泣き叫ぶ父。

 作業の手が止まっていることについて諦めたのか、母は最早何も言わない。


「それで、村長はどうしたの? お仕事大変なはずよね?」


 母はちゃんと手を動かしながら、村長に来訪理由を尋ねる。

 

 ……しかし、母のこの発言内容は怪しいものだ。


 元々村長は10日に1回は来ていたし、姉が魔力持ちのヴァイを育ててからは、少なくとも3日に1回のペースで、我が家――正確には父の農地――を訪れている。


 仕事が忙しいのなら、こんなハイペースでウチを訪れる余裕なんてないはずだし……。


 もしかしたらとは思っていたが、本当に村長という職業は、暇なのかもしれない。


「ああ……いくつか用はある・・・・・・・・が、とりあえずあれ・・だ」


 だがどうやら今日の村長は、一味違うらしい。

 今回こそは、ちゃんとした要件があって訪れたようだ。


 その真剣な声色に、家族たちは皆、村長の発言へと耳を傾ける。

 

 村長は勿体ぶる様に、少し間を置くと――


「クーグルンの魔術の先生につい・・・・・・・・ての要請が通った・・・・・・・・ぞ」


 おそらく今日1番の朗報を、真面目くさった顔で俺たちに報告したのだった。

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