第36話 姉の好み。
「てへ」
……可愛らしいが、そんなことでは誤魔化されない。
「姉さんのそれだって、『外見が良い』って要素が好きなだけなんじゃないのか?
俺の答えと大差ない気がするが」
「え……そうかなあ?」
そう言って首を傾げる姉には、不安しかない。
……
現段階で、母と姉は瓜二つだ。
このまま成長して、姉が母のように成長していくということを考えると――
……悪い虫がつきかねない。
鋭い瞳で、姉を見つめる。
「な、なに、ルンちゃん? どうしたの? そんな怖い目で見て……」
そうやって慌てている姿すら、愛らしいのだ。
そんな姉が顔だけの奴に捕まり、苦労するなんてことは、断じて許さない。
……今の内に、正しい価値観に更新しておかなければ。
「姉さん、ただ顔が良いだけの相手じゃ、苦労するのは目に見えている。
せめてイケメンに加えて付加価値が必要だ」
……たとえ姉さんに相応しい存在なんていないとしても。
それでもせめて、足元に縋りつけるくらいには付加価値が要る。
「うーん? イケメン以外の付加価値って、例えばどんなのがあるの?」
そう聞かれると、答え辛いものがあるが――
「まあ、せめて父さんくらいの図々しさは必要――」
「誰が図々しいイケメンだ! 息子よ!」
俺の言葉に、少し離れた場所で作業をしていた父がツッコむ。
……父さんのことを、イケメンだなんて一切言っていないが。
そして、自身のことを堂々とイケメンだと呼称しているあたり、随分と図々しいとも思う。
……まあ、でも。
父の顔立ちは、実際に整っている。
粗野な話し方も、少々乱暴な部分はあれど、嫌味がないからか許せてしまう不思議な魅力もある。
ちなみにその
先程から、雑草の処理作業が全く進んでいない。
「貴方?」
「はい! すみません……」
父と共に作業をしていた母に笑顔で凄まれて、父はあっさりと作業に戻る。
……だが、丁度いい。
俺はその父を例に、姉へと語りかける。
「姉さん、見てて分かると思うが、父さんはイケメンだ。そうだな?」
姉はチラリと父を見て、
「うん、お父さん格好良いよね!」
と、大輪の花を咲かせる。
にんまりと笑う父に、再び注意する母。
「だが姉さん、考えて欲しい。
父さんがただ顔の良いだけの男だったら、母さんを落とせたかって話だ」
母は父が霞んで見える程の美人。
もし――
「もし父さんがただイケメンなだけだったなら、母さんとは結婚できていないだろう」
「ねえ、2人とも」と、両親に矛先を向けると、2人は過去を懐かしむ。
「まあ、それはそうかもな。ゾーレの人気は半端なかったし。
この辺りの村々から、縁談の話が舞い込んできててよ。
挙句の果てには領主様からも――」
「もう、恥ずかしいからやめてよ!」
そんな仲睦まじい2人を見て、姉は疑問を覚えたようだ。
「その中から、お母さんはお父さんを選んだんだよね? どうして?」
姉の真っ直ぐな質問に、母は顔を赤くしながらも答える。
「うーん、小さいころから仲も良かったし、何かと接点も多かったのよね。
それこそ、領主様のパーティーに招待された時とかは、
「不思議ねえ」と言う母は、純粋過ぎると俺は思う。
「聞いたか、姉さん。
絶対に父さんは、母さんと結ばれるために、あらゆる手段を講じているぞ」
「間違いなくそうだよね」
こそこそと、姉と話し合う。
そのパーティーの話は、絶対に偶然ではない。
きっと母を領主に奪われると考えた父が、パーティーにどうにか乗り込んだのだろう。
「つまり、父さんはその図々しさ、太々しさで、美人の母さんを落とせたわけだ!」
「なるほど、そういう付加価値ってことだね」
そう腑に落ちる姉と、
「あらもう、ルンちゃんたら!」
照れる母。
2人とも土に塗れているにも関わらず、その美しさ・可愛らしいに陰りはない。
俺が生まれて5年程。
その間ずっと、両親と姉は俺にとって眩しい存在である。
「だから――」と、俺は父に告げる。
「だから、父さんの図々しさは才能だ。
母さんを落とせたんだからな! 誇った方が良い」
「何か言いくるめられてる気もするが、反論もし辛いな……」
父はそうひとりごちると、その矛先を姉に向ける。
「クーグルン!」
「えっ? 何、お父さん」
姉の応答に、父は大きく息を吸いこんで叫んだ。
「言っておくが、お前と結婚するやつは少なくとも俺よりイケメンで、ルングより強くて賢くないとダメだからな!
お父さんは許しませんよ!」
伸びたヴァイの間を吹き抜けていく、父の心の叫び。
……珍しく正論だ。
「ええぇぇ⁉」
驚く姉に、俺も言葉を重ねる。
「父さん、それでは足りない。金と権力も必要だ」
「ふ……さすがルング。抜け目ないな」
「ええぇぇぇぇぇぇ⁉」
……姉さんに釣り合う男。
やはりそんなものが存在するとは思えないが、百歩譲って。
否、千歩譲って許せるのは、顔、権力、金、実力。
全てが揃った上で、姉を世界一大切にする男だ。
それ以外は、認める気などない。
熱量の高まる
「あらあら、2人とも? それだとクーちゃん結婚できないんじゃない?」
「「それは最悪仕方ない」」
父と重なる答え。
……無理に結婚する必要なんてない。
この世界だと、まだ結婚が重要視されているのかもしれないが、姉が不幸な結婚をするくらいなら、独身でいいと思う。
「ええぇぇぇぇぇぇ⁉ 結婚したいよ!」
姉の叫びもまた、ヴァイの畑に吸い込まれていく。
そんな俺たちの団欒に――
「……お前たちは、家族全員で何してるんだ……?」
困惑を隠せない、野太い声が割り込んできた。
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