5歳 騎士を目指す少女

第35話 姉の真剣な質問。

 ドン


 青天の下、轟音が大気を揺らす。

 

「ルンちゃんは、どんな子とだったら、仲良くしたいとかあるかな?」


 穏やかな声色が、真っ直ぐ俺へと届く。

 すらりと伸びた手足に、ふわりと長く伸びた茶色の髪。


 その所作は清流のように、自然で美しい。

 彼女が存在するだけで、周囲が浄化されるような。

 そんな錯覚に陥る。


「仲良く……」


 そんな美しく成長しつつある姉からの、唐突な質問に俺は戸惑う。


 姉――クーグルンの問いに答えるのは、簡単なようでいて難しい。


 仲良くしたい人。

 

 今でも心の痛む話だが、前世では、特段仲の良い人はいなかった。

 他者との距離の取り方が、わからなかったのだ。


 ……自分とこの人は、本当に友だちなのか。


 そんなことを考えれば考えるほど、口も頭も回らなくなっていって。

 気付けば友だちらしい友だちもおらず、ただ淡々と過ごす日々を送る人生となっていたのだ。


 故に仲良くしたい人に、明確な基準なんてものは、特にないのだが――


 ドン


 再びの轟音の中、姉は答えを期待するかのように、じっと俺の言葉を待っている。


 透き通った美しい黒の瞳。


 ……これに答えないのは、弟の道義に反する。


 そんな気にさせる瞳だ。


「強いて言うなら……金のある人かな。

 権力を持ってたり、魔術がすごい人でもいい。

 全部持っていたら、最高だな」 


 故に、こちらも思いつく限り、正直に答える。


 ちなみに理由としては、そういう人脈を築ければ、家族や村の人たちを守りやすくなるからだ。


 ……我ながら、非の打ちどころのない完璧な答えだと思う。


 そんな自画自賛の俺に向けられるのは、


「ルンちゃん、そういうのじゃなくて……」


 姉の呆れた目だ。


 ……そんなにダメな答えだっただろうか。

 

 姉は両手で頭を抱える。


「じゃなくて?」


 俺が尋ねながら放った火の魔術・・・・・・・を、姉は水の魔術・・・・・・で撃ち落とす・・・・・・


 ドン


 再び響く轟音。


「す、好きな女の子のタイプとか、こういう子にキュンとするとかそういうのを、お姉ちゃんは教えて欲しいかな!」


 ……何故、姉さんが少し顔を赤らめているのか。


 こういう話題に、照れる年頃なのかもしれない。


 しかし自身の両手で、真っ赤な頬を恥ずかしそうに覆いながらも、姉は魔術の制御を緩めない。


 相変わらず、鋼の制御能力だ。


 それにしても――


 ……きゅん・・・とするか。


 思うに、どうやら姉が聞きたかったのは、恋愛とかそういう類の話だったらしい。


 魔術を放ちながら、じっくりと考える。


 前世での恋愛を思い出そうとして、遮断した止めた


 ……よくよく考えれば、友人付き合いすらなかったのに、恋愛そういう関係があるはずもない。


 心に無駄な――そして不毛な痛みを負う。


「いや、そんな真剣に考え過ぎなくて良いんだよ?

 思うままに、こんな子好きだなあとか!

 可愛いなあとかでも!」


 俺の真剣な表情を、姉は難しく考えているのだと思ったらしい。

 感覚的な言葉を並べて、俺の反応を探っている。


 ……さて、どうしたものか。


 好きなタイプ。


 ドン


 魔術のぶつかり合う音が、俺の胸を叩く。


 かなりの難題だ。

 できるなら、好きなタイプという言葉の定義から話したいくらいに。


 でも、姉の望んでいるのは、そんな考察を伴うものではないのだろう。


 なんとなく。

 それくらいの好みでいいのだと思う。


 であれば――


「まあ、無いなら仕方ない――」


「あるよ、姉さん。タイプだよな?」


 俺のその言葉に、姉は安堵の表情を取る。


「良かった! どんな子が良い?」


「そうだな。敢えて言うならだが――」と少し溜めを作って、一気に言い切る。


「金持ちで、貴族で、魔術が使える人だな」


「さっきと同じじゃない!」


 一際大きな魔術が、空中でぶつかり合う。


「姉さん、危ない。急に何するんだ?」


 そんな俺の言葉に姉は答えず、


「ダメよルンちゃん! それはお金と権力と魔術が好きなだけで、好きな子とは言えないよ!」


 どこか当たりの強い魔術を放ちながら、姉は青臭いことを叫ぶ。


「心から、相手自身の事を好きにならなくちゃ!」


 しかし、その一生懸命な顔は、とても魅力的だ。


 ……ふと。


 好きな人――好きなタイプの話題に、これほど必死な姉相手だからこそ、逆に同じ問いを差し向けたくなる。


「好きなタイプはあるのか」という問いだ。


 言いたいことを言い切って胸を張る姉に、その問いを投げかける。


「じゃあ、姉さんはどんな人がタイプなんだ?」


「え? 私のタイプ?」


 姉は一瞬きょとんとして、すぐに答える。


格好いい人イケメン……かな!」


 姉と俺の答えに、どの程度の差があるのか、今の俺には残念ながらわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る