第34話 誓いは更に大きくなって。

 村長との魔物の解体も終わり、その日の夜。

 父が狩ってきた獲物も家族で食べ終わり、そろそろ寝ようかという時間。


「おい、ルング。今、いいか?」


 父に声をかけられる。


 姉はここ数日疲れ切っていたのか、かなり早い時間に寝付き、母もその隣で既に床に就いている。


「いいよ、とーさん」


 蝋燭の灯で出来た影が立ち上がり、俺を外へと促す。

 男同士の話。


 ……1度目は、俺がまだ話すことも立つこともできない時だったっけ。


 そんな懐かしい思いを抱きながら、父の後に外へと出る。

 そのまま、裏手の父の仕事場我が家の畑へ。


 畑は放牧の影響もあって、すっかり冬の体を成していた。

 

「懐かしいな……また抱っこでもしてやろうか?」


 口から白い息を吐きだしながら、父は提案する。

 3歳児相手なら、普通といえば普通の対応ではあるのだが、父の顔に張り付いているのはいやらしい笑顔だ。


「ことわる。むしろおれがおんぶしようか?」


 そう返すと、父は快活に笑いだす。


「断るぜ。それは俺とゾーレがもっと歳食ってからだ」


「それなら、まだまださきだな」


「その通りさ。だからお前は、クーグルンが転んだ時にでも支えてやれよ」


 ……勿論そのつもりだ。


 そう俺が返す間もなく、父の言葉は続く。


「いや……違うな。もう支えてくれたのか」


 そう言う父の表情に浮かぶのは、温かい笑み。

 母にそっくりの、春の日差しのような笑顔だ。


「お前が目を覚ます前――いや覚ましても、クーグルンは元気なかったんだ。

 でも、今日は張り詰めてたのが嘘みたいに、ぐっすりだぜ。

 何かは知らねえが、助けてくれたんだろう?」


「ありがとな」と語る父の姿は大きい。


 ……姉さんがどんなことで悩んでいたのか、気にならないのだろうか。


 父はそれに何も触れない。


 ……いや、ないな。


 俺たち2人を散々溺愛している父だ。

 そんな父が、姉の悩みを気にならないはずがない。


 でも、それでも触れないのはきっと――俺たちなら自分たちで乗り越えられると信じているから。


 ……それこそが、父さんから俺たちへの信頼の表れなのだ。


「にしてもルング、お前は立派だよ。

 俺の怪我も治してくれたしな。めちゃくちゃ自慢の息子だぜ」


 大きな手で、俺の頭を撫でる。

 ガサツな撫で方だ。

 子どもの繊細さを分かっていない、大雑把な撫で方だ。


 ……でも、心地いい。


 俺は、この人を助けられたんだ。


 その誇らしさが俺の胸を満たす。

 同時に大きな手からは、その実在が感じられて、こみ上げてくるものがあった。


「おいおい、男が泣くな泣くな」


「な、ないていない」


 ……これは目にゴミが入っただけだ。


 それに泣くなと言うなら、頭を撫でるのを止めて欲しい。

 撫でられれば撫でられる程、父の温もりを感じる程、無性に泣きたくなるのだから。


「つくづくお前とクーグルンはそっくりな姉弟だな。

 アイツも目覚めた日に、こうしたら泣いてたんだぜ」


 ……その姉さんの気持ちは、よくわかる。


 姉も嬉しかったのだ。

 父が、俺たちに笑いかけてくれるのだから。

 元気に生きているのだから。

 

「お前ら2人は、ほんと自慢の子どもだよ。

 ゾーレの子どもとしては妥当だが、俺の子どもには勿体ないくらいだぜ。

 まだまだ泣き虫だけどな」


「へへっ」と父は、誇らしげに鼻の頭を指で擦る。


 ……でも、それは違う。


 笑えるほどの勘違いだ。

 これは俺が――俺たち姉弟がすごいという話ではないのだ。


 俺たちが命を懸けてでも、立派な父を助けたいだけなのだ。


「とーさんこそ、じまんのとーさんだ」


 ピタリ


 俺の言葉に、父の手の動きが止まる。

 彼の顔には、何かを噛みしめるかのような、本当に幸せそうな表情が浮かんでいた。

 

 ……ちなみにその目の端は――薄っすらと輝いている。


「おとこがなくなよ。とーさん」


 してやったりと、得意気な俺の言葉に、


「バカ、親は泣いていいんだ。

 特に、てめえの子どもの成長を感じられたらな」


 父はぐすりと鼻をすする。


 しんみりと、しかし和やかな空気が、俺たちの間に流れた。


「なんか、恥ずかしいな! とりあえず、寒いし……戻るか!」


 そう言って父は、踵を返す。


 ……格好のつかない父さんだ。


 外見はイケメンなのに。


 でも、そんな父のことが、俺は好きなのだ。

 大好きなのだ。

 大切なのだ。


 ……長生きして欲しいんだ。


 それは父だけじゃない。

 母も姉も、村長も、村の人たちも。

 皆いい人だから。


 だからこそ、今回の事が一層悔やまれる。


 もし、姉が居なければ。

 もし、俺が姉と同じように、世界の魔力を見えなければ、取り込めなければ。


 何か1つ間違えていれば、父に頭を撫でられるこの機会も、永遠に失われていただろう。


 ……嫌だ。


 父の治療をしたあの時。

 心から父の生を望んだあの日を、俺が忘れることはない。


 ……もう2度と、あんなことは繰り返さない。


 2度とごめんだ。


 足りなかった。

 何もかもが足りなかったのだ。


 先に歩く父の背中。

 帰る家。

 アンファング村。


 全てを守るには――


 俺の魔力が静かに燃え上がる。

 

 ……力が必要だ。


 金でも権力でも魔術でも。

 あるいは全てでもいい。


 俺の望む生活。

 俺が好きな人たちの全てを守ることのできる、そんな力が。


 時に敵を滅ぼす力が……必要だ。 


 姉の魔術を思い出す。

 世界を呑み込み、自身のものとする魔術。

 俺もまた、同様の事を治癒魔術で、やったのだ。


 ……アレが必要だ。


 白光魔力を見る。

 その輝きの宿る人々を見る。

 その人々がいる世界を見る。


 以前は見えなかった世界の魔力それが、今なら全て見える・・・・・・・・

 

 ……ああ、やっぱり綺麗だ。


 この村は綺麗だ。

 この世界は、とても綺麗だ。


 その全てを守るために。


 これは新たな誓いだ。

 0歳の夜、父に誓ったものよりも、更に大きな誓い。


 ……俺はこの村から何も奪わせない。


 たとえ敵が、何であろうとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る