第33話 素材の販路。

 村長のあまりにも滑らかな魔物の解体に注目してたせいで、すっかり話の途中だったことを忘れていた。


 村の誰にも取り扱えない魔石。


 それを誰に売ることができるのか、気になっていたのだ。


「ああ、そうだな――」と村長は少しだけ考えて、言葉を続ける。


「偶に来る行商人だったり、希少なものなら領主様にってパターンも多いな。

 村じゃあまり使わないが、貨幣も得られるし、領主様次第では恩も売れるし」


 ……行商人。それに領主か。


 姉の育てた、魔力を宿すヴァイもそうだったが。

 基本的に有益なものや、物珍しいものがアンファング村で手に入ると、村長から領主の元へと持っていくらしい。


「かへい?」


 初めての単語に、チンプンカンプンな様子の姉に、


「たべものとか、ヴァイとか、いろいろなものとこうかんできるものだよ」


「ええ⁉ そんな夢のアイテムがあるの⁉ 私、それ欲しい!」


 俺がざっくりと答える。


 だが、姉が知らないのも無理はない。


 村内は基本的に物々交換で、生活が成立している。

 

 その村社会の中で生活している子どもからすれば、貨幣の存在を知らないのも当然なのだ。


「ああ、そうか! お前らと話してると忘れちまうが、まだ村の教導園・・・に通ってないんだもんな。

 金のことは知らなくても仕方ない――ってなんでルングは知ってるんだよ!」


 何故知っているかといえば、前世の経験があるからだが、そんなことを迂闊に言うことはできない。


 だから、


「すきなんだ、おかね」


 包み隠さず本心を伝えると、


「3歳にして、なんて俗物的な子どもなんだ……。

 ツーリンダーとゾーレは、どんな教育をしてやがる……」


 村長は呆れた目を俺に向けている。

 

 ちなみに村の教導園とは、正式名称アンファング教導園。


 この中央広場にある建物のことだ。

 木材や粘土で固められた家が多い中、白い壁で覆われた尖塔。

 一見すると、前世でいうところの、教会のようにも見える――というよりほぼ教会の役割も果たしている――場所だ。


 この世界における神と建国の王の関係性の話やら、それっぽい説法もあるとのことだが、このアンファング村では形骸化しており、神の教えを受ける場というよりも、どちらかというと、ものの読み書きや世間一般の常識などを学ぶ教育の場としての機能が主となっているらしい。


 ……「早く通いたい」って、父さんに言ったら驚かれたな。


 最終的には「ルング……熱でもあるのか? 村医者のアーツトに言って、薬貰ってきてやる!」と駆けだした父を止めるのに、手間がかかったのは、今も記憶に新しい。


 ちなみに、正式な入園は8歳から。

 姉はまだ6歳。俺に至っては3歳。

 通い始めるのは、まだもう少し先のこととなりそうだ。


「まあ、でも……お金を好きなのは悪い事じゃない。

 村から出るときには入用になるし、持ってるに越したことはないしな。

 ちなみに俺も、貯蓄している」


 そう言って村長は、自慢げに自身の分厚い胸板を叩く。


 この様子……村長はどうやら、ある程度貯め込んでいるらしい。


 ……いずれ、どうにかして巻き上げる手段を考えなければ。


「ルング……お前、何かあくどいこと考えてるだろ? 言っておくがやらないからな?」


「そんちょー。おれがそんなやつにみえるか?」


 上目遣いで村長を見つめる。


 外見だけなら、姉に何度も可愛いと褒められる俺だ。

 村長もきっと、この可愛らしさにメロメロに違いない。


「見える。胡散臭いし不気味だ」


「しつれいな」


 しかし、村長は騙されない。


 ……さすが村長。


 人の中身をきちんと見抜いているらしい。


「村長! 優しいルンちゃんが、そんな悪い事考えるわけないでしょ?

 こーんなに可愛いのに!」


 俺をけなされたと思った姉は、俺に抱き付きながら、村長を注意する。


 騙されている姉は、見事に世間慣れしていない。

 そんな彼女の先行きは心配なので、是非とも教導園で色々と学んでから、社会に出て欲しいと切に願う。


 それはそれとして――


「そうだぞ、そんちょう。いくらおれでも、きずついたぞ」


 姉の言い分には乗っておこう。


「お、おう……3歳の子どもに、俺も言い過ぎたぜ。悪かったな」


「だから、いしゃりょうよこせ」


「こんなこと言うやつが優しいわけあるかあ!」


 ……ちっ、駄目だったか。


 お人好しの村長なら、これで強請れると思ったのに。

 

「まあ、とりあえずこの魔石は売れるからな。

 それに他の素材類も。

 領主様か行商人たちに売って、金が手に入ったらお前らに……ゾーレに渡しておこう」


 子どもに預けるのを躊躇う倫理観。

 父ではなく母に預けるという、素晴らしい判断力。


 村長が村長としてやってこれたのは、このあたりのバランス感覚の良さが起因しているのだろう。


「それじゃあ、二人とも! 次の魔石の場所も教えてくれ!」


「「はーい!」」


 再び俺たちは魔物の魔力から、次の魔石の場所を示し始める。

 その案内に沿って、手際よく捌いていく村長。

 

 こうして俺たち姉弟は、魔物の解体と素材の入手に、無事協力できたのであった。

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